73 エルフの女の子はめんどくさい
「酷いではありませんか、店長ー! 某を置いていくなんてー! 某、もう空腹で死にそうですー! 死にますー! 死にたくありませんー!」
う、うざい。
家に帰るや否や、お腹を空かせたヒオリさんが涙目で迫ってきた。
仕方がないので食べ物を出してあげると、食らいついた。
犬かっ!
たっぷり食べて冷静になったところで、おじさんのことを聞かせてもらう。
ただ、事件についての新しい情報はなかった。
ヒオリさんはおじさんの日々の生活まで報告しようとしてくるけど、さすがにそこまではいらない。
お断りすると、ヒオリさんに落ち込まれた。
「……某、店長のためにと、事件の前後だけではなく、特に興味もない中年男性の日々を詳細に聞き取り、記憶したというのに。
……この中年男性の記憶が、すべて無意味だなんて。
……某はいったい、この記憶をどうすればいいのですか」
「消せばいいと思うよ?」
「そんな簡単に消せれば苦労はしませんっ!
活用を!
せめて活用を希望しますっ! どーかどーか使ってくださいっ!」
「活用は無理だけど、うん。きっと人生の中で活きることもあるよ。大切にしていこう宝石箱のように?」
「宝石箱ではなく、ただの木箱ですこれはー!」
「木箱にはリンゴが入るからね。リンゴ入れてこ、リンゴ」
迫ってくるヒオリさんを両手で押さえつつあやしながら、いったいどうしたものかと困りつつイライラしてきた。
いやだって、私、悪くないよね?
ひたすらヒオリさんがめんどくさいだけだよね?
そこにドアが開いて、おとなりのブティックのカーディさんがやってきた。
ドレスが出来上がったそうだ。
「ドレスですか。店長は、パーティーに出られるのですか?」
「うん、大宮殿のね。初めてだから、礼儀作法の練習もしてて大変なんだー」
「それは楽しみですね。某も昔、出たことがありますが、あまりの豪華さに本気で目が眩みました」
「出たことあるんだ?」
さらっと言ったけど、すごいことではないだろうか。
「あ、店番はお任せください。店長はどうぞ、ドレスのお受け取りを」
少し不安もあったけどお店はヒオリさんに任せて、私はブティックに行った。
すべてに袖を通して問題がないことを確認する。
それからの受け取りとなったので、お昼までかかった。
「ふいー」
疲れて帰ってくると、ヒオリさんがお客さんと商談をしていた。
「店長、おかえりなさい」
「ただいまー。お客さまもいらっしゃいませー」
「彼、冒険者ギルドの受付嬢さんからの紹介で来てくださったんですよ。新人の冒険者さんです」
「おお、そうなんだ」
私より少し年上――十代後半くらいの獣人の男の子だった。
鍛えられた体をしている。
「タタっす。よろしくっす」
目が合うと、ぺこりとお辞儀をしてきた。
礼儀もよいようだ。
「とりあえず、彼の戦闘スタイルや受けるつもりの依頼の系統を聞きつつ、予算内で揃えられそうな装備を提案していました」
これです。
と、ヒオリさんが紙を渡してくれた。
文字と数字が、きちんと整った形で書かれている。
ふむ。
よくわからないけど、いいんじゃないかな。
うん。
きちんと書かれているということは、きちんとしているということだよね。
「某の知識で値段を仮付けしてしまっているので、まずはそこを店長に修正していただければと思うのですが」
「いいんじゃない? ヒオリさんの決めた価格でいいよ。でも、リリアさんの紹介だから2割引きにはしてあげてね」
「わかりました」
「どうかな? 気に入る装備にはできそう?」
男の子に聞いてみた。
「はいっ! 店員さんには完璧な提案をしてもらって感動してるっす! ぜひともすべてお任せしたいっす! あと、割引感謝っす!」
満足してもらえているようだ。
とりあえず私は、ドレスの入ったケースを抱きかかえたブティックの店員さんを連れているので、いったん失礼する。
さすがは高級店。
商業ギルドの宅配みたいに、適当に店の前に置いてサヨナラはしない。
ドレスはすべて3階の衣装部屋まで運んでくれた。
お店に戻ると、無事に商談は成立していた。
タタくんは、ダンジョンよりも商隊の護衛を中心に仕事をしたいそうなので、それにあわせて決めたそうだ。
工房に入って、さくっと生成。
「はい。どうぞ」
「え。この場で受け取れるんっすか?」
「えっと、うん、たまたま、サイズぴったりの在庫があってね」
「そうだったんすか。俺、運がいいっすね」
装備してみてもらう。
うん。
似合っている。
革の防具一式、背中には弓と矢筒、腰には2本の短剣。
意気揚々とタタくんが引き上げる。
願わくば、頑張って生き延びて、立派な冒険者になってほしいものだ。
「ところで店長、某はお腹が空きました」
「え? さっき食べたよね?」
「もうお昼です。お昼になればお腹が空くのです」
仕方がないので出してあげた。
ヒオリさんが貪る。
「ほころでへんほう、ほにしへいなはったの」
「食べてからでいいよ?」
私もパンをひとつ食べた。
で、食後。
「店長、一応、確認しておきたいのですが」
「うん?」
「店長は精霊の力を以て、自由にものを作ることができるのですか? 食事といい武具といい、それまでそこにはなかったものだと思うのですが」
「えっと、うーん……。ここで働くなら説明した方がいいか。秘密だからね?」
「はい。お任せください」
秘密だよと言いつつ、風船みたいに軽い気がするね、私の口。
とはいえ、一緒に仕事することを押し切られてしまった以上、私の能力について説明しないわけにはいかない。
ヒオリさんが1人で店番している時に大変だしね。
「なるほど、わかりました。では次に、各素材と武具ごとの基本単価を決めさせていただきたいのですが」
「そのあたりはヒオリさんに任せるよー」
前に皇妃様の護衛の人にも決めてもらった気がするけど、もう忘れた。
あの時の紙、どこにいったかな。
わからない!
ごめんよ護衛の人っ!
「わかりました。それでは今の帝都の相場をきちんと調べてから、一覧にさせていただきたいと思います」
「りょうかいー。ヒオリさんの思う感じの値段でいいからねー」
少しくらい違っていても、暴利じゃなければ気にしない。
さっきの男の子もヒオリさんの提示した価格で満足していたし問題ないよね。
その他にも、ぬいぐるみやオルゴールのオーダーメイドには対応できるのか、素材は自由に変えられるのか等、いろいろ聞かれた。
うん。
ヒオリさん、見た目的には私より少し年上程度だけど、やっぱり実は400歳を生きている人なのかも知れない。
しっかりとまとめて、今後、お店が発展して新しい店員さんが増えた時にも困らないようにマニュアル化してくれるそうだ。
ありがたや。
有能だ。
マニュアルがあれば、私が留守にしてもお店は回る。
生成するのは私なので私の仕事がなくなるわけじゃないけど、安心してダンジョン巡りとかできそうで嬉しい。
ヒオリさん、見損ないかけていたけど。
見直したよ!
「あとは某の記憶です! おじさんの日々をどうすればいいのですか!」
「え、そこに戻るんだ……?」
驚いた。
「ああっ! ぐるぐる巡る日々の記憶がぁぁぁ!」
「いやそこまで嫌がるのはおじさんに失礼だよね」
おじさん、いい人だし。
「ではもらってください」
「もらえないよね?」
せっかく見直した私の感動は返してくれるのかな?
「某、ダメなのです! あまりに繊細な某の心はっ! ほんの少しの異物が混じるだけで酷くかき乱され! 睡魔どころか食欲すら消えてしまうのですっ!」
頭をかきむしってヒオリさんは大げさに叫ぶけど。
食べていたよね、思いっきり……。
貪っていたよね。
「なのでなんとか、店長の魔術でお願いします」
「魔法だけどね」
「では魔法で!」
さて。
「私はこれから店番しつつぬいぐるみを増やすから、ヒオリさんは前の職場でまた働かせてもらえるか聞いてきなよ」
「店長ー! 今はそれどころでは――っ!」
「いいから行ってこい!」
店から追い出した。
めんどくさい!
ああそうだ……。
ヒオリさんの布団を準備してあげないとなぁ……。
着替えとかはあるのかなぁ。
ないよねえ。
「仕方ない。作るか」
ああ、めんどくさい……。
でも放っておくこともできないので作業を始めると。
「……あの、店長?」
ドアからひょっこりヒオリさんが顔を覗かせてきた。
渾身の力で睨んでやった。
「い、行ってきます!」
ふう。
さあ、がんばろっと。




