723 8月はじめのこと
【1.黒騎士隊長ゴードンの闇】
ああ、私は今、右足を切断された。
その次は、右腕を斬られるのか。
そして、最後は首を刈られて、また死ぬのだろう――。
暗闇の中。
私、黒騎士隊長ゴードンは、部下達と共に、闇の大精霊ゼノリナータ様からの最初の訓練を受けていた。
最初の訓練は簡単なものだった。
それは、死に慣れること。
切り刻まれていく自分を理解して、痛みを気にせず、気絶することなく、発狂することなく冷静に死んでいく。
そう死ねることを目指して、私達は殺されていた。
「ははっ! まだ怯えた顔をしている子がいるねー。何度も言うけど、これはただの幻覚だよ? 実際、君達は何度死んでも、普通に目覚めているよね? ただの幻覚に怯えてどうするのさ。早く慣れなよー」
ゼノリナータ様の妖艶な、それでいて明るい声が耳に届く。
身動きはできない。
声は出せない。
目は見えない。
意識はある。
痛覚もある。
だが、これは、ただ拘束されているわけではなく。
夢――。
夢の中で我々は、殺され続けているだけなのだ。
この恐怖も絶望も。
苦しみも痛みも。
すべては、ただの夢――。
ああ……。
痛い……。
痺れる……。
激しく血が流れているのがわかる……。
一体、どこまで沈めば――。
この訓練はおわるのだろうか。
「ほーら、また死ぬよー。ほいっと!」
私の首が飛んだ。
すべては幻覚。
――夢の中の出来事だ。
故に、目覚める。
自分の首が、飛ばされる感覚。
そこには痛みも苦しみもない。
ただ、解放だけがあった。
死の瞬間を私は、心地良いと思い始めていた――。
【2.見習い神官セラフィーヌの光】
ユイさんによる、聖国の旅が始まりました。
わたくしセラフィーヌは、見習いの神官としてその旅に同行します。
ユイさんのことは、本当は師匠と呼びたかったのですけれど、それは駄目だと却下されました。
旅は初日から過酷でした。
最初に訪れた町から、すでに大勢の患者が、聖女の奇跡による救いを求めて頭を垂れて待っていたのです。
中には、大怪我をした、血まみれの若者がいました。
魔物に襲われて、急遽、運ばれてきたのだそうです。
すでに身動きできない、死を待つばかりの重病人が何人もいました。
挨拶をしている暇すらありませんでした。
ユイさんは、すぐさま治療にかかります。
最初は大怪我をした若者です。
「いい、セラ。大勢の患者がいる時には、力任せの魔法は絶対に避けること。そんなことをしていたら魔力も体力も気力もまるで持たない」
「――はい」
「止血、消毒、鎮痛を」
助手の神官にユイさんが命じます。
私はまだ見ているだけです。
助手の神官が手早く若者の服を脱がします。
そのお腹を見て、あやうくわたくしは悲鳴を上げるところでした。
必死に両手で口を押さえます。
だって……。
破れたお腹からは、お腹の中身が……。
あふれて……。
う。
吐き気を感じて、わたくしは目を反らしました。
こんなの――。
もう助かるとは思えません――。
神官が水の魔術を唱えます。
ゼリーのような水のかたまりが若者のお腹を包みました。
「セラ、見ていて」
「――は、はい」
「こういう大怪我が普通の回復魔術で治療しにくいのは、普通に魔術をかけただけでは表面しか癒やされないから。こぼれた腸を戻して、皮膚を塞ぐ――。それだけで治ればいいんだけど、残念ながら駄目なこともある。奥の臓器が損傷している場合があるから。光の魔力なら、全体的にふわっと治せるけど――。それには大きな魔力が必要。だから見つける必要がある」
「はい……」
正直、ちらちらと見ているだけでわたくしは精一杯です。
ユイさんは傷口を広げて、体の中を見ています……。
「といっても、そんなに難しいことじゃないよ。間近でこうして目に光の魔力を込めれば損傷箇所が見えるの。セラもやってみる?」
「わ、わたくしが……?」
ヒトのお腹の中を、凝視する……?
「ううん。それは、また次でいいか。――ヒール」
ユイさんが若者のお腹に回復の魔法をかけます。
真っ白な光の中――。
あふれていた部分も皮膚も綺麗に元に戻りました。
「あとは活性の魔術を十分に当てておきなさい」
立ち上がったユイさんは、すぐに次の患者さんに向かいます。
残りの治療は神官が水の魔術で行うようです。
わたくしは付いていきます。
「怪我の治療はだいたいそんな感じだから簡単だよね。とにかく体の中をよく見て奥の損傷を見逃さないこと。次は病気。こっちは難しいから、まずはわからなくても気にしなくていいよ」
わたくし……。
わたくしは……。
初日の最初から……。
正直、逃げ出したい気持ちでいっぱいになりました。
聖女になるということ……。
大勢の人を救うということ……。
わたくしは完全に甘く考えていたようです……。
でも、逃げられません。
これはわたくしが自分で決めた道です。
わたくしだって――。
光を――。
もっと光を――。
クウちゃん、どうかわたくしに力を――!
……クウちゃんだけに、くう。
……クウちゃんだけに、くう。
……クウちゃんだけに――。
くう!!!!!
わたくしは心の中で念じて、必死に勇気を呼び起こしました。




