721 閑話・メイドは今日も見ていた。トリスティン王国編
「うわああああああああああ! もう駄目だぁぁぁぁぁぁ! この国は本当にもうおしまいだぁぁぁああ! 見られている! ワシの行動はすべて、あのソードに見られているのだぁぁぁぁ!」
「父上、どうか落ち着いてください。誰か、父上を奥に」
「はっ!」
リバース王太子殿下の命を受けて、四人の騎士が乱心の国王陛下を謁見の間の奥に連れて行きます。
私はトリスティン王国の王城に勤めるメイド。
たくさんの人たちが王都から逃げていく中、他に行く宛もないので、今日も律儀に仕事をしています。
今――。
国王陛下が座るべき玉座には、2人の若い貴族がいます。
意識はありません。
足元には手紙が置かれていました。
その手紙は、すでにリバース殿下が読み上げています。
私も聞いていました。
内容はこうでした。
ラムス王へ
この2人はジルドリアのイキリ貴族です。
町で市民にイキったのでトリスティン送りにします。
よろしくお願します。
そう。
それは――。
またも聖国のソード様からの警告状でした。
今日、国王陛下は、獣人軍と決戦するための大号令を発する予定でした。
謁見の間には、騎士や貴族が集まっています。
警備は完璧でした。
多数の魔術師がお城に結界を張って、大勢の騎士が出ていました。
ですが――。
そんなものは、なんの意味もありませんでした。
気がつけば、また。
玉座には誰かが居て、手紙が置かれていました。
最近は、こればかりです。
国王陛下が、国民に団結を求めようとした日。
国王陛下が、貴族に団結を求めようとした日。
国王陛下が大掛かりなことをしようとする度に――。
玉座に、陛下の自室のベランダに。
誰かが置かれていました。
いえ、誰か、ではありません。
それは、和平の邪魔をしていた者達です。
港町で海賊組織を作り、帝国の海を荒らしていた貴族と商人。
旧獣王国領の返還を拒んでいた貴族一家。
国王陛下子飼いの凄腕の密偵。
……国王陛下は、獣人軍の王女を誘拐することで、獣人軍に対して譲歩を迫ろうとしていたようです。
私はただのメイドですが――。
最近はリバース殿下の身の回りのお世話をすることが多いため、そうした情報が自然に耳に届いてきます。
密偵は、王家秘蔵の魔道具をすべて破壊されて、玉座に置かれていました。
海賊組織を作っていた者も玉座に置かれていました。
今日、玉座に置かれていた貴族――男性の方は――。
ジルドリア公爵家の方とのことですが、トリスティン王家とは曾祖母で血のつながる方なのだそうです。
その縁もあって、彼の家とは今までに多くの取引があったようです。
呪具や奴隷の……。
ソード様は、すべてを見ている。
まさに、そうなのでしょう――。
気がつけば、謁見の間にいた人たちは――。
その大半が逃げるように退席していました。
「――私が聖国に行こう。もはや、聖女ユイリアに頭を垂れ、指示を仰ぐ他にこの国が生き残る術はない」
リバース殿下が悲痛な面持ちで言います。
ソード様は聖女様の腹心。
それを承知の上で、聖女様に頼るしかないのが我が国の現状のようです。
獣人軍はすでに、旧領の大半を奪回しています。
トリスティン本土になだれ込んでくるのは、時間の問題です。
それこそ悪魔に頼る他に手はない――。
という者もいますが――。
ソード様が、すべてを見ているのです。
以前のように大量の奴隷を生贄にして瘴気の地を作るようなことができるとは、到底、思えません。
そもそも……。
……今はもう、奴隷なんていませんし。
……生贄になるとすれば、私のような者なのでしょう。
……そう思うからこそ、お城からは大勢が逃げていきましたが。
ただ、リバース殿下にその気はありません。
殿下は一心に和平を模索しています。
リバース殿下は、ほんの半年前までは、本当に評判の悪い、それこそゴミとクズを具現化したようなお方でした。
ですが今は、完全に別人です。
暴行されることも、恫喝されることもありません。
その姿を疑う者は未だに多く居ますが――。
私はそばで見ているので、その姿が本当だとわかります。
夜。
仕事の後。
お城に隣接したメイド寮で、同僚と遅めの夕食を取りながら――。
しみじみと、同僚の弱音を聞きました。
「獣人の人たち、許してくれるといいねえ……」
「そうだねえ……」
「殺されるにしても、優しくしてくれるといいねえ……」
「そうだねえ……」
「私たち、生贄にされないといいねえ……」
「そうだねえ……」
私はうなずくだけです。
だって、私には何も出来ません。
「逃げちゃおっか……」
「どこにぃ……」
「だよねえ……」




