72 怖い話だった
朝、目が覚めると私はベッドにいた。
ヒオリさんが運んでくれたらしい。
ヒオリさんは床に寝ていた。
一緒に寝てもよかったのに。
「ふぁ~あ」
アクビをしつつベッドから身を起こす。
窓を開けて、朝の空を眺める。
今日もいい天気だ。
と、1台の馬車が通りを走ってくるのが見えた。
見覚えのある馬車だ。
セラと2人で乗った馬車な気がする。
その馬車が私の家の前で止まった。
眠ったままのヒオリさんを抱きかかえてベッドの上に乗せる。
私は階段を下りてお店のドアから外に出た。
馬車からバルターさんが降りてきた。
「おはようございます。どうしたんですか?」
「おはようございます、クウちゃん。わざわざお出迎えありがとうございます」
「……それで、えーと」
「朝から失礼とは思いましたが、どうしても早急に確認させていただきたいことがございましてな」
「あ、もしかして、昨日の?」
無言でうなずかれた。
とりあえず、外で話すのもなんなのでお店の中に招く。
「実は昨夜、看過しかねる報告がありまして。曰く、アンデッドに襲われたところをセラフィーヌ様に救われた、と」
あ、はい。
「ごめんなさい。それ、私です」
「でしょうな」
「あはは」
「救われたのは騎士の子息たちでしてな。
救われたとは言え、帝都にアンデッドが発生したことは至急報告せねばと騎士団に駆けてきたのです。
さらにセラフィーヌ様に救われたという者達が衛士の詰め所を訪れ、彼らの証言で犯人に聖国系商人が浮かびましてな」
助けた人たち、ちゃんと報告してくれたんだね。
そして、あのガラの悪そうな若者たち、まさか騎士の息子だったとは。
「とはいえ、すでに、その商人の屋敷では衛士の捜索が始まっておりましたが――。これもクウちゃんですな?」
「はい。私が通報しておきました」
「ありがとうございます」
「犯人の男は捕まえることができましたか?」
「はい。拘束しました」
まだ目が覚めていないというので魔法のことを教えておく。
効果時間は24時間なので、自然に起きるのを待つなら今日の夜までかかる。
強い衝撃を与えることでも起きる。
「あとは、屋敷の地下室にアンデッドが現れておりましてな。退治はしたものの騎士に負傷者が出ました」
「酷い怪我なんですか?」
だとするなら助けたい。
「すでに治療を受け、回復しております」
「よかった」
「商人の家族と使用人からはすでに話を聞いておりますので、数日内にはすべて明らかになると思います。詳細はお知らせした方がよいですかな?」
「あ、別に知らせてもらわなくていいです。あとは全部、お任せします」
細かいことは苦手だし。
「わかりました。お任せください」
「あと、これを渡しておきます。商人がどこかで手に入れて、使っていた、使おうとしていたものです」
壊れた支配の首輪と願いの短剣をテーブルに置いた。
「これは……支配の首輪ですかな? 壊れているようですが」
「はい。支配されていた人たちを、壊して助けました。この短剣は邪神に願いを届ける呪具です。たぶん、セラを呪ったのと同じものです。商人が使おうとしていたんですけど阻止して回収しました」
「私が触れるには危険すぎる代物ですな……」
「私が大宮殿に届けましょうか?」
もともとそのつもりだったし。
「お願いできますかな?」
「はい。できれば、入手先なんかを調べてくれると嬉しいです」
「そうですな。このようなものが帝国にあるとは。許せることではありません」
首輪と短剣は、いったん、アイテム欄に戻した。
「あとアンデッドだけど、黒い泥? みたいなものから湧いていました」
「泥……ですか?」
「はい。首輪をつけられた人たちは小瓶を持っていて、その小瓶を割ることで泥を出していました」
「何らかの呪具でしょうか……。確実に専門家に伝えましょう」
さらに商人のことを追加で話す。
言うべきが迷ったけど、商人がユイを狂信していて、祝福を否定するために邪悪に身を染めたことも伝えた。
「その邪悪ですが、闇の力とはちがうものみたいです」
「と言いますと?」
「今回アンデッドを生んだのは外の世界から侵食してきた力です。闇の大精霊が断言していたのでそうなんだと思います」
私的には、どうしても魔王の影を探してしまうんだけど。
今のところ、魔王が存在する気配はない。
「闇の大精霊というのは?」
「少しこっちの世界に来ていまして。邪悪の観察をしていたみたいです。たまたま商人のところで会いまして」
「興味深い話ですな。機会があればご紹介いただきたいものです」
「うーん。ごめんなさい、それはちょっと。実は、私以外の精霊は、まだこっちの世界に自由に干渉していいわけじゃないみたいなので。そのあたりの話がついたら、紹介させてもらいますね」
「楽しみにしております」
この後は、一刻も早く短剣と首輪の解析がしたいとのことで、バルターさんと共に馬車で大宮殿に向かった。
ヒオリさんは……放っておいて平気だろう。
気持ちよさそうに寝ていたし。
馬車の中でも会話をする。
「それにしても先夜、若者たちにどのような言葉を投げたのですかな。
父親の騎士たちが喜んでおりましたぞ。
遊び呆けていた愚息が、帝国のために働きたいと心を入れ替えて剣の修行に打ち込む意思を見せたと」
「そうなんだぁ。それはよかったです。少し脅しただけなんですけどね」
吊り橋効果は、バッチリだったようだ。
「さすがはクウちゃんですな」
「でも、またセラには謝らないとダメですね。どんどんセラの虚像を作ってしまっていますね、私」
申し訳ない。
「はっはっは。セラフィーヌ様は、きっとその虚像に追いつきますぞ。謝るよりも応援してあげてください」
「うん。わかった」
そだね。
前向きにいこう。
大宮殿に到着する。
私の回収したアイテムは専門家に渡すことになった。
用意された部屋で待っていると、豊かな白髭を蓄えた老人の魔術師が現れる。
「初めましてですな、精霊殿。帝国魔術師団長のアルビオと申します」
「どうも、クウです」
私の素性は知っているようだ。
まずはアイテムを渡す。
底に複雑な模様の描かれた箱が用意されて、その中に入れた。
魔術効果を封じる魔道具なのだそうだ。
蓋を閉めて、部下の魔術師さんが研究所に持っていく。
紅茶を飲みつつ、昨日の出来事をあらためて説明した。
黒い泥については何度も聞かれた。
私もわかっていないので、たいしたことは言えなかったけど。
「サンプルがほしいところですが……。
すべて完全に消してしまわれたのですな?
一切の痕跡を残すことなく」
「はい……」
だってあの時は、それが万全だと思ったんだよー。
そう。
私はどうやら仕事をしすぎたようだ。
少しでも残しておいてくれれば調べようがあったと残念そうに言われた。
「……すみませんでした」
「いえ、感謝はしておりますぞ。精霊殿がおらねば、今頃、帝都では少なからぬ被害が出ておりました。我々も魔術の探知はしておりますが、町中で起きた事件を即座に知るまでの精度はないのです」
あとの調査は任せてほしいとのことだった。
素直にお願いします。
細かいことは、私、苦手だし。
実際、もうアレですよ。
細かいことを話していたら、頭がぽけーっとしてきた。
ああ、雲になりたい。
心がふわふわする。
青空の中を浮かんで旅していた何日か前が、早くも懐かしいねー。
ふわふわ。
いやうん、これはアレだ。
お腹が空いた。
だって起きてから、そういえば水の一杯すらまだ飲んでないや。
「さて、朝一番に呼び出してしまい申し訳有りませんでした。どうでしょう、続きのお話は朝食を取りながらということで」
私の顔色を見て取ったのか、バルターさんが提案してくる。
まさに機を見るに敏。
これが出来る大人というものか。
さすがだ。
「セラはいますか? いるなら誘ってもらえると嬉しいけど」
「姫様は、今回はご遠慮ください」
バルターさんがお辞儀しつつ断ってくる。
「……何かあったの?」
心配してたずねる。
「姫様は昨夜も遅くまで魔術の訓練をしておりましてな。十分に魔力が回復するまでは寝ている必要があるのです」
アルビオが孫を自慢するかのような口調で教えてくれた。
なんと、アルビオさんがセラの魔術の先生なのだそうだ。
「セラ、頑張ってるんだ」
「姫様は才能に驕らず努力のできるお方です。きっと一流になりますぞ」
「楽しみだ」
「はい。楽しみにお待ちくださいませ」
「うん。わかった」
ここは素直にうなずいておこう。
「じゃあ、セラに――。あ、ううん、やっぱりいいや」
「伝言があれば伝えますぞ」
余計なことを言うと、セラが限界を超えて頑張っちゃいそうな気がした。
ただでも、なんの挨拶もなしっていうのは薄情か。
おうちに来たわけだし。
「やっぱりお願いできますか。おはよう! って」
普通だけど、いい挨拶だよね。
朝だし。
アルビオさんはすぐに調査を始めるとのことで退出していった。
みんな朝から活力があるねえ。
時期が時期だけに当然なのかも知れないけど。
なにしろ今週末には陛下の民衆に向けた大演説会がある。
失敗は許されないのだろう。
バルターさんと朝食を取る。
部屋は移動しなかった。
メイドさんがパンケーキとフルーツの切り盛りを持ってきてくれた。
「……でも聖国って、ああいう人が多いんですかねえ」
パンケーキを食べつつ私はぼやいた。
あの商人は、まさに狂信者だった。
無関係の人たちを操るばかりか、自分の胸に呪いの短剣を突き刺してまで帝都を混乱させようなんて。
「今の聖女が立ってからというもの、熱狂の度は増すばかりと聞きますな」
「だとすれば、関わりたくないなぁ」
ユイには悪いけど。
昨夜のアンデッドを思い出すだけでぞっとするし。
「左様ですな。帝国の祝福が許せぬなど逆恨みもいいところです。クウちゃんも何かあればすぐにご相談ください」
バルターさんからは、首輪をはめられた人たちの証言も聞いた。
彼らは酒場で飲んでいたところ、臨時の荷運び仕事があると犯人の商人から話を持ちかけられたらしい。
それで仕事を受けて、商人の家に行った。
そこで酒を振る舞われて――。
――そこからの記憶はないそうだ。
犯人の商人は、保身なんてまったく考えてなさそうだね。
そもそも自害しようとしていたんだし当然か。
怖い話だった。




