719 王女の声2
イキリ女の手で、帽子が跳ね飛ばされた。
その帽子が地面に落ちるよりも早く、ハースティオさんの手によってイキリ女は地面に組み伏せられた。
「痛っ! なんなのよ! 衛兵! 暴行よ! 早く逮捕しなさい!」
「いえ……。あの……」
衛兵は動かない。
まあ、うん。
動けるはずもないだろう。
王国最強の戦士にして、王女専属メイド隊『ローズ・レイピア』の隊長の姿を知らない者は、王国の兵士にはいない。
そもそも帽子が払われて、そこに現れたのは――。
お、おい……。
この人たちって……。
まさか、だろ……。
い、いや……。
市民の人たちが、ひそひそと囁く。
「衛兵」
エリカが声をかける。
「は、ははーっ!」
衛兵たちが反射的に膝をついた。
「とりあえず、この者達は連行して、留置所に入れておきなさい。あとでわたくしの方から家に連絡は――」
おっと待った。
私は素早く、『ユーザーインターフェース』の装備欄に古代の神子装束一式を入れて着替えると、エリカの前に移動した。
おい、あれってソード様か!?
ソード様だ!
市民の人たちが言う。
ふむ。
どうやら王国でもソード様は有名なようだ。
すごいね。
でも、この場面で、クウちゃんとして顔を知られるのは嫌だ。
なので、しょうがない。
「エリカ、イキリ貴族はトリスティン送り。それは決定事項」
「わかりましたわ。好きにしてくださいの」
問答無用で2人を眠らせた。
よいしょっと。
私は、2人を肩に担いだ。
「ハースティオ、後はよろしく頼む」
「お任せを」
ソードらしく、なんとなく格好をつけてみた。
というわけで、転移。
いつものように魔法を使って、トリスティンの王城に侵入する。
む!
なんか謁見の間に人が大勢いるね。
全員、眠ってもらってっと。
幸いにも玉座は空いているね。
では、玉座にイキリ貴族の2人を置いてっと。
あとは手紙だね。
ラムス王へ
この2人はジルドリアのイキリ貴族です。
町で市民にイキったのでトリスティン送りにします。
よろしくお願します。
と。
これでいいよね。
まあ、貴族であることは伝えておこう。
さ、帰ろっと。
私は精霊界を経由して、ささっと中央広場に戻った。
戻ると――。
エリカが、『ローズ・レイピア』のメイドたちを従えて、広場で市民たちを前に演説をしていた。
みんな、めっちゃ真剣に聞いている。
エリカは声高らかに、王国の未来についてを語っていた。
その姿は……。
どこからどう見ても、立派な王女様――。
を超えて――。
立派な女王様のように見える。
やがて演説がおわった。
万雷の拍手の中、『ローズ・レイピア』のメイドたちに囲まれて、エリカが中央広場を後にする。
エリカの乗った馬車が動き出したところで――。
「ただいまー」
私はエリカの前に姿を見せた。
ソードの衣装は脱いだ。
「おかえりなさい、クウ。あの2人の処置はおわりましたの?」
「うん。置いてきたよー」
「なら、ラムス王に使者を出しますわね。放っておくわけにもいきませんし」
「うん。お願いー。エリカも演説お疲れさまー」
「本当ですわ。さすがに準備なしの演説は疲れますの」
「あはは」
だろうねー。
「ところでクウ、わたくし、さすがに空腹なのですけれど――。これからでも屋台巡りはしますの?」
「さすがに無理だよねえ……。エリカのオススメのお店でもいい?」
「ええ。そうなると思って手配はしておきました」
「お、エリカにしては気が利くねー」
「にしては、とは、どういうことですか」
「あはは」
ごめんごめん。
ともかく。
高級レストランで遅めのランチをいただくことになった。
「ねえ、エリカ」
「どうしましたの、クウ」
「よかったね」
「なにがですの?」
「いいヒトがいて。あの筋肉の青年、よかったね」
筋肉だけど。
「……そうですわね。わたくしも本当に、人を見る目がないものです。我ながら泣けてきましたわ」
「これからはたまにでも、町にお忍びとかするといいかもだね」
ハースティオさんが付いていれば安全だし。
「その前に貴族の意識改革ですの。わたくし自身、周囲の人間が愚民という言葉を普通に使っているのに、正直、気にしていなかったんですの。自然に受け流していたというか、なんというか」
「エリカの場合、生まれてからずっとだろうしねえ」
「市民革命が起きる前になんとかせねばですの」
「まあ、最悪、エリカ・アントワネットになっちゃいそうな時は、竜の里か帝国に連れて行ってあげるよ」
「……そうならないように努力しますわ」
「うん。がんばれ」
今のエリカの家族、国王夫妻と王子たちは、以前に会った時、まさに当然のように民を見下していた。
エリカは、そんな家族の下でチヤホヤされて育ったのだ。
影響も受けてしまうというものだろう。
だけどエリカは気づいた。
ぜひとも頑張ってほしいところだ。
王都の人たちも、応援してくれていたしねっ!




