716 エリカの婚約者候補
「それでエリカ、今日はどうする? 遊べるなら、私、夕方くらいまでエリカと一緒にいたいけど」
「当然ながらわたくし、今日も執務があるのですけど……」
「そかー」
なら帰ろうかな。
「でも、そうですわよね。クウとは久しぶりですし、なら、少しお付き合いいただいてよろしいかしら」
「うん。いいよー。なにするー?」
「実は、せっかくですし、会ってほしい人物がいますの」
「へー。誰?」
「わたくしが将来の夫に、と、考えている人物ですの」
「おおっ! 見つけたんだ!」
「ええ。まだ候補の段階ですけれど、クウにも目利きをお願いしたいのです」
「もちろんいいよー! 見る見るっ!」
エリカの夫候補かー!
これは、このクウちゃんさまとしても興味の湧くところだ!
楽しめそうだ!
というわけで。
ハースティオさんが光の速さで連絡を取ったところ、すぐに来てもいいとの返事をいただいたので、早速、行ってみた。
お相手は、王都在住の侯爵家の青年。
「おおっ! これは王国の麗しき薔薇姫! 我が心の花園! 今日は朝からお会いできて、なんと私は幸せなのでしょう! このまま背中に翼を生やし、空へと飛んでいきそうな気持ちです!」
これはまた、なんというか……。
演劇役者のような、オーバーアクションの貴公子が現れた。
貴公子はくるりと一回転すると、オーバーな仕草で膝をついて、エリカの手に軽くキスをした。
その後で立ち上がって、私にも目を向ける。
「こちらのご令嬢は、初めてお会いしますね。私は、王国の可憐なる花にして麗しき薔薇姫にしてこの世の生み出した奇跡の宝石たるエリカ王女殿下の、恐れ多くも婚約者候補の1人――」
え。
候補ってことは聞いていたけど……。
その内の1人なんだ?
複数人いるんだ?
貴公子は、バッと私の前で両腕を広げると――。
それこそ背景が薔薇になったような笑顔で――。
ホストナ侯爵家のハンサムと名乗った。
「ああ、それにしても、今日もエリカ様はお美しい。本当に、なぜエリカ様はこれほどまでにお美しいのでしょうか」
ふむ。
そこからは延々と、エリカを褒め称える言葉が続いた。
そして、エリカ。
それをまんざらでもない様子で聞いては、謙遜するフリだけして、すべてを肯定している。
「しかし、私は本気で憤慨しているのです。低能なる愚民共は、エリカ様の数々の賢策を理解すら出来ず、結局、すべて白紙になるなど……。ああっ! 私がエリカ様のお力になれるのであれば! 必ずや! どのような手段をもってしても愚民共にわからせてやりましょうぞ!」
うん。
はい。
私はエリカの腕を取って、侯爵家のお屋敷を出た。
馬車の中に戻る。
そして、ハッキリとしっかりと言った。
「駄目です。あれが王配になったら、ジルドリアは滅びます」
「え。そうですの? わたくしとしては、わたくしの美をよく表現できていますし良いかと思ったのですけれど」
「アホかぁぁぁぁ! ぶっ飛ばすぞぉぉぉ!」
思わず私は怒鳴った。
「な、なにを怒っていますのっ!?」
「あいつ、エリカが以前に提案して市民の生活を大混乱に落とした、消費税とかのこの世界にまったく馴染まない政策を、市民が低能だからってせいにしてまたやろうとしてるんだよ?」
「上手くいくなら、良いと思いますけれど……」
「パソコンとかのシステム管理もできないのに、できるわけないでしょー。だいたいそれ以前に、国民を愚民とかいうクズだよ」
「そ、そうですわね……。ごめんなさい、クウ。うちの家族も普通に使っているものだから、つい慣れてしまって……」
駄目だ、この国。
と、真剣に思ってしまったけど、私は我慢した。
なぜならエリカは気づいた!
希望はあるのだ!
「で、では……。もう1人の婚約者候補のところに案内しますわね」
次のお相手も大貴族の青年だった。
敷地に薔薇を敷き詰めて、エリカのことを歓迎した。
その薔薇のカーペットは、家臣に命じてザコ貴族や愚民の庭から刈り取って大至急に集めたのだそうだ。
私はすぐに、馬車の中に戻った。
「エリカ」
「……な、なんですの、クウ。……声も顔も怖いんですの」
「真面目に聞くからね」
「は、はい」
「今の2人が、エリカの婚約者候補の有力者?」
「ええ……。そうですけど……」
「他には?」
「他、ですの……?」
「うん。他には?」
「あとは……。もう1人、いるにはいますが……。家柄は劣りますし、わたくしの美を理解しない方なので……」
「連れて行って」
「しかし……」
「――ハースティオさん、相手の家に連絡を」
私は、御者台にいたメイドで古代竜なハースティオさんにお願いした。
すぐにハースティオさんが光の速さで相手の家に連絡を取ってくれた。
相手は家におらず、出かけているとのことだった。
「ハースティオさん、居場所はわかる?」
「騎士団の訓練所とのことでした。日課のトレーニングのようです」
「じゃあ、そこに向かって」
「了解しました」
すぐに馬車は、訓練場に向かった。
「あの、クウ……。一応、今、ハースティオはわたくしの腹心なので、命令はわたくしを通して……」
「え? なに?」
「いえ……。なんでも……」
まったく。
私は憤慨していた。
このままでは、ジルドリア王国はまた駄目になる。
エリカは、せっかく政治と経済の方面で頑張っているのに……。
男を見る目が、まったくない。
恐ろしいほどの節穴だ。
最後の1人は、どんな相手なのだか……。
とりあえず、会ってみるしかない。




