714 エリカ
エリカは今朝も、ジルドリア王城の自室で椅子に座って、鏡に映る自分の美貌に大いに満足していた。
「ふふ。今日もわたくしは、なんて美しいのでしょう。ああ、我ながら、日々、輝きを増していく自分が怖いですの」
「エリカー」
そんな薄着姿のエリカに、私はうしろから腕を回して軽く抱きついた。
「えっ! クウ!? どうしたんですのいきなり!」
「エリカー。おはよー」
「おはようございます。いつものことですけど、せめて窓をノックしてから入ってくださいませ」
「えー。やだー。私、エリカの独り言を聞くのが楽しみなのー」
「悪趣味ですわっ!」
「そかー」
すりすり。
「まったく。それで、ご要件は?」
「うん。えっとね」
とりあえずエリカから離れて、私も椅子に座った。
すると、どこからともなく現れたメイドのハースティオさんが紅茶を淹れてくれたのでありがたくいただく。
その後で言う。
「エリカリータ」
「ぷっ。げほっ!」
エリカが口に含んでいた紅茶を吹きかけた。
「エリカー、下品だよー」
「誰のせいですのっ!」
「エリカリータ」
「けほっ……。けほっ……」
「あはは」
エリカのところに来たのは、鍛冶の町でバーガーフェスティバルのあった、その翌日のことだ。
バーガーフェスティバルは盛り上がった。
私も審査委員長として、しっかりと真面目に、参加者のみなさんが作り上げた渾身のバーガーを評価した。
あの町には、またバーガーを食べに行きたいと思う。
温泉にも入りそびれてしまったし。
で……。
私はどうしても、エリカとおしゃべりがしたくなったのだ。
なので来たのだ。
「ねえ、エリカ」
「なんですの」
「むせるってことはさ、やっぱり恥ずかしいの? エリカリータ。もしかして黒歴史になっちゃってるとか?」
「そんなことはありませんわ。皆、わたくしのエリカリータを、喜んで食べてくれていますもの」
「でも、むせたよね?」
「いきなり言われれば、少しくらい動揺しますわ。特にクウは、由来を知っている相手ですもの」
「そかー」
「で、それがどうかいたしましたの?」
「うん。実はね……」
私は一昨日、思わず前世の大人気ミートソースバーガーを、あたかも私の自作であるかのように――。
クウバーガー。
と、名付けてしまったことを、エリカに話した。
話を聞いたエリカは、まばたきした後――。
「あははははは! それはっ! 傑作ですわね! クウバーガー! いいですわ我が国でも流行らせましょう! クウバーガー!」
大笑いを始めた。
「もー。笑わないでよー」
私は唇を尖らせたけど、エリカの笑いはしばらく収まらなかった。
「今日の朝食は自室で取ると、国王達に伝えて参ります。彼らがこちらには来ないようにもしておきますので、クウちゃんさまはお気兼ねなく、エリカ様との楽しい時間をお過ごしください」
「ありがとうございます、ハースティオさん」
「では」
一礼して、ハースティオさんが消えた。
エリカは、ようやく笑いが収まったところで――。
目尻の涙を拭いながら――。
「でも、良いではありませんか。素晴らしいですわよね。自分の名前が後世まで広く残るというのは」
「まあ、うん……。それはね……」
否定はしない。
だって、少し気持ち良かったのは事実だ……。
「でも、パクリだよね……?」
「それはそうですけど、ここは元の世界ではありませんの。この世界では、わたくしたちの品こそがオリジナルですの」
「まあ、それはそうか」
「そうなのですわ。エリカリータ。素晴らしい響きではありませんか」
まあ、たしかに。
違和感が、ないとはいえばない。
「……クウバーガーは、どうなんだろうね」
「そんなものは慣れですわ。広まって誰もがそう呼べば、もうそうとしか思えなくなるものですの」
「そかー」
言われてみれば、そんな気もする。
「そもそも、クウと食うで、語呂もいいでしょう? クウちゃんだけに、くう。クウの口癖でしょう?」
「それ、口癖ってほど言ってはいないと思うけどねえ」
この後、ちょっとだけセラのことを愚痴った。
セラは、なんと、クウちゃんだけにクウ、を魔力アップのキーワードにしてしまっているのだ。
さすがの私も驚いたというか、呆れたというか。
恥ずかしいというか。
話すと、またエリカが笑った。
「もー」
私はまた唇を尖らすけど、今度もエリカはしばらく笑っていた。
笑いが収まった後――。
私のアイテム欄から取り出した屋台料理で朝食を取った。
エリカにとっては、滅多に口に出来ない庶民の味だ。
堪能してもらえた。
私も美味しかった。
食事を取りつつ、学院祭のことというかユイナちゃんのことを話した。
ユイとは最近、ちょくちょく遊んでいる。
「羨ましいですの」
「エリカも来る?」
「そうですわね……。クウが送迎してくれるのなら、帝国と王国で日帰りすら可能ですものね……」
「うん。もちろん送迎はするよー」
「はぁ。でも、仕事がたくさんありすぎて……」
「あ、そうだ。今度、ナオも来るから、その時とかどう?」
「ナオが帝国に行きますのっ!?」
「少し先になりそうだけど、落ち着いたら学院の見学がしたいんだってさー。案内する予定だよー」
「その時にはぜひ誘ってください!」
「わかったー」
「クウは、最近の情勢は知っていますの? というか! そうでしたわ! クウですわよね! トリスティンの王城を留置場扱いしているのは!」
ふむ。
ここから先は、真面目な話になりそうだ。




