713 そのバーガーの名は……。
店先で喧嘩していた2人のドワーフ――。
ガイアとマッシュが、今、私の作ったバーガーを口に入れた。
ぱくり。
もぐもぐ。
そして、いくらかのミートソートをこぼしながらも――。
あっという間に食べおえた。
「どう?」
私は笑顔でたずねた。
「てめぇ……。いや、貴女はいったい、何者なのだ」
マッシュが震えた声でそう言う。
「ん? なんで?」
「俺は長いことこの店をやっているし、他の店のバーガーも食ってきたが……。バーガーというのは、パティ・トマト・レタス・チーズ……。ガイアが言う通り、その調和があってこそのもの……。その常識だけは、どこも同じだった……。だが……。なんだこれは……。どうしてスパゲティのソースが、こんなにもバーガーに合う!? 俺が作ったミートソースだよなこれは間違いなく!?」
「うん。そだよー」
「バカな……。そんなバカな……。このバーガーには、レタスもチーズも入っていないというのに……」
よほどの衝撃を受けたのか、マッシュは言葉を失くした。
ガイアが静かに微笑む。
「ふ。完敗だぜ。見事なバーガーだった」
「あははー。でしょー」
さすがは前世でも大人気!
伊達ではないね!
「……しかし、マッシュも言っていたが、てめぇ、本当に何者だ?」
そこに外から別のドワーフがやってくる。
「よう! マッシュ! ガイア! 今日も食ってるな!」
むう。
まさかオから始まる人か!
三連星的に!
と思ったけど、ちがった。
「よう、セルテガ。てめぇ、帝都の仕事から戻ってたのか」
ガイアが言う。
惜しい……!
「おうよ。無事に戻って来たぜ。と――。エルフの客か、珍しいな」
セルテガが私に目を向けた。
次の瞬間、やたらオーバーに驚いた。
「な、なななな!」
「おい、どうした、セルテガ」
「頭でも打ったか?」
「おまえら、このお方と知り合いなのか!?」
「どういう意味だ?」
「おまえら――。このお方は、このお方こそは――! 美食ソサエティの主宰にして伝説の美食家! ク・ウチャン様だぞ!」
セルテガが私を指さして叫んだ。
はて。
なんのことだろか。
「美食ソサエティ? なんだそりゃ?」
ガイアが首を傾げる。
「バカ野郎! 美食ソサエティってのはな! この帝国、いや、この大陸における食の最高権威! 主宰たるク・ウチャン様は、そこのトップだ! かの高名な食の求道者タベルーノ・フォン・ハラデル男爵ですら、主宰の前では小物! 帝都では主宰から褒められて泣いて喜んでいたくらいだぞ!」
「なにぃ!? あの高名なハラデル男爵がか!? 冗談だろ!」
「冗談なものか。なあ?」
遅れてやってきた仲間たちにセルテガが同意を求める。
仲間たちは、みんながうなずいた。
私は思い出した。
美食ソサエティって、アレだ。
ハラデル氏を表彰する時に、適当に作った架空の組織だ。
ク・ウチャンは、うん。
クウちゃんだけに、ク・ウチャン。
そんな感じで適当に考えた、美食ソサエティの主催者の名前だ。
なんか、ものすごく誇張されて、広まっている様子だね。
「こほん。確かにその通りだけど。今はお忍びです」
私は言った。
テーブルに置かれた残りの2つのバーガーの内のひとつを手に取って、料理人のマッシュがしみじみとつぶやく。
「そうか……。なるほどな……。そんな人だったからこそ、こんなすげぇバーガーが作れたのか……。なあ、主宰……。主宰様よ」
「クウでいいよ。クウちゃんね」
「ク・ウチャンさまよ」
「クウちゃん」
「……クウ・チャンさまよ。このバーガーは、今、考えたのか?」
「今考えたわけではないよー。作るのは初めてだったけど」
「そうなのか……。すごいものだな……。このミートソースのバーガーは、なんと呼べばいいんだ?」
モスバーガーだよ。
普通に答えかけて、私のその声は喉で止まった。
…………。
……。
なぜか不思議なことに、ぐるぐると、ひとつの言葉が頭の中に浮かぶ。
エリカリータ。
それは、今まで散々バカにしてきた――。
異世界転生した薔薇姫エリカが、前世のマルゲリータピザを丸パクリして王国に広めたピザの名前だ。
エリカリータ。
エリカリータ……。
つまり……。
すなわち……。
私は、まるで操られるかのように、つい口にしてしまった。
「クウバーガー」
と……。
「クウバーガー! クウバーガーというのか! なあ、テーブルに置かれた最後のひとつだが俺が食っちまってもいいか!」
ガイアが叫んだ。
「クウバーガー! 俺も、いいか!? この手にあるひとつを!」
マッシュがそれに続いた。
「うん。いいよー」
私は笑顔でうなずいた。
ものすごい勢いで貪りつく2人を見て、セルテガたちも欲しがる。
優しい私は追加で作ってあげた。
ついでにマッシュに作り方を教えてあげた。
いつしか店内には――。
クウバーガー!
クウバーガー!
と、歓喜の声が響き渡っていた。
私はそれを笑顔で見守った。
「なあ、このクウバーガー! 作り方を教えてくれたってことは、うちの店で出してもいいのか!?」
「うん。いいよー。ただし、専売ではないからね? クウバーガーは自由なバーガーなので作りたい人みんなのものです」
「わかった! それで十分だ! 俺は、ミートソースには自信がある! 他のヤツになんて負けねぇ! おお! これは新名物になるぞぉぉ! クウバーガー! クウバーガー!」
本当に、ごめんなさい……。
私、異世界でパクってしまいました……。
でも、なんだかね。
付けてみたくなっちゃったの……。
自分の名前を……。
「なあ、主宰様でいいんじゃねーか!?」
「ああ、そうだな! これだけのバーガーを作れるお方にして伝説の美食家! 文句を言うやつなんざいねーさ!」
「主宰様、ク・ウチャンさま、あ、いえ、クウ・チャンさま。実はご相談があるのですが……」
客の1人がおそるおそるの様子で話しかけてきた。
「うん。なーに?」
私はもう、ずっと笑顔だ。
うん。
だって、他にどんな顔をしたらいいのかわからないの。
でもね、うん……。
なんか、正直、とても良いものだね。
名前が呼ばれるのって。
罪悪感と羞恥心の中で、私、正直、気持ちよくなってるよ……。
「実は明日、バーガーコンテストがあるんですが……。その審査委員長を誰にするかで揉めに揉めておりまして……。できれば、クウ・チャンさまにお力をお貸しいだたければと思いまして……」
「うん。いいよー」
「本当ですか! ありがとうございます!」
気づけば日は暮れて――。
世界は、すっかり夜だった。
だけど、外の通りは明るい。
お店の中も明るい。
どちらにも、魔石の光が灯っていた。
店内では、みんなが新バーガーを注文して、マッシュが早速、自分の手で作り始めていた。
私も、マッシュの作ったミートソースたっぷりの新バーガーを食べた。
美味しかった。
食べているとお祭りの実行委員会の人たちが走り込んできた。
彼らは、私のことを訝しんだけど――。
バーガーを食べて――。
すべてを理解し、すべてに納得していた。
こうして――。
鍛冶の町アンヴィルに、新たな名物が誕生した。
そのバーガーの名は……。




