712 自由なバーガー
こんにちは、クウちゃんさまです。
私は今、ドワーフが多く暮らす山間の町アンヴィルに来ています。
地熱を利用した鍛冶の盛んな町です。
温泉もあるそうです。
そんな町の夕暮れの通りで――。
バーガーを否定する誰かの怒鳴り声が響いたので……。
声の方に行ってみると……。
通りに面したオープンカフェで2人のドワーフが睨み合っていた。
1人の手には、食べかけのバーガーがある。
そのバーガーに不満があって、怒鳴り散らしたのだろう。
もうひとりは、エプロン姿からして調理人だ。
バーガーを作った人だろう。
「だから! 今日は材料が足りねぇって言っただろうが!」
「それ以前の問題だろうがぁ!
なんだこのバーガーは!
パティとトマトしか入ってやがらねぇ!
レタスもチーズもなし!
未完成以前に、こんなもんバーガーでもなんでもねえだろうが!
いいか!
バーガーというのは――。
パティ・トマト・レタス・チーズ!
これが揃ってのものだと決まってんだよぉぉぉぉぉ!
最低限のものすら出せねえなら、店を閉めやがれ!」
「なんだと、この野郎! こちとら、テメェのためにこの店を開けてんじゃねえんだよテメェが消えろ!」
「なんだと、この腐れコック!」
「うるせえ! 三流職人!」
まわりの人たちは完全無視。
普通にスパゲティを食べているね。
どうやらこの店――『レストラン・マッシュ』は、バーガーとスパゲティを売り物にしているようだ。
まあ、いいか。
面白そうだし、私が仲直りさせてあげよう。
「――2人とも、そこまで」
と、なんとなくカッコつけて、2人の間に割って入って、それぞれの手で2人を押し退けた。
「なんだこのガキ! 怪我する前に消えろ!」
バーガーを持ったドワーフが怒鳴りかかってくるけど――。
私は気にしない。
「レタスとチーズなら、安心するといい。私が届けた」
正確にはおじさんとおばさんだけど。
「はぁ? 何言ってやがる!」
「帝都から私が運んだ。明日にはバーガーは元に戻る。安心するといい」
「そうか……。って、ちげぇ! 俺は、今のことを言ってるんだ! 今、俺のこの腹の絶望の話をな!」
「ふ」
私は笑った。
「なにが可笑しい!」
「浅い。浅すぎるのだ」
「俺の腹がか!?」
「見識が、だね。――まあ、座りなさい」
「ぬおっ!?」
力づくで、すとん、と、怒るドワーフを席に着かせた。
フードを脱いで、私も座る。
「店主、私にもバーガーをひとつ。彼には冷たい水でも持ってきてくれ」
「お、ぉう……」
私の冷静で的確な行動に呆気に取られながらも、料理人らしきドワーフは奥の厨房に戻っていった。
「……テメェ、エルフか。この俺を軽くあしらうとは」
強引に座らされたことで、怒るドワーフは落ち着きを取り戻したようだ。
「私はクウ。貴方は?」
「俺か? 俺はガイア。この町の鍛冶職人だ」
「さっきの店主の名は?」
「はぁ? あいつの名前は店名の通りだよ。マッシュだ」
マッシュとガイア、その2人の喧嘩か。
なるほど。
バーガーはすぐに運ばれてきた。
早速、食べてみる。
なるほど。
「……これはたしかに、バランスが悪いね。肉とトマト。2つの素材がソースに馴染まずに分離してしまっている」
「だろ。だから俺は怒ったんだ」
「ならスパゲティにすればよかったのに」
他のみんなはスパゲティだ。
特に、となりのテーブルのドワーフが豪快に食べているミートソースのスパゲティが美味しそうだ。
「俺は、夜は絶対にバーガーなんだ!」
「なるほど」
「ホントによ……。バーガーっていうのは、パティ・トマト・レタス・チーズ。この4素材がひとつでも欠けたら駄目なんだ。ひとつでも欠ければ、そのバーガーみてぇに調和が崩れるのさ」
「そんなことはないと思うけど」
「はぁ!? なんだテメェ! そのクソみてぇなバーガーを食って、まだそんなこと言いやがるのか!」
「バーガーというのは、もっと自由なものだよ。なにを入れてもいいのさ」
私は格好をつけて言った。
「そんなわけがあるかぁ!」
「なら、試してみようか?」
「なにをだ!」
「自由なバーガーを。私が作ってあげるよ」
「テメェがか!?」
「うん」
「はっ! おもしれえ! なら喰わせてもらおうじゃねぇか!」
というわけで作ることになった。
店主のドワーフさんにキッチンを少しだけ借りる。
実は、この店に来て、みんなの食べているスパゲティを見て――。
特にとなりの人のミートスパを見て――。
そして。
パティとトマトしか入っていないアンバランスなバーガーを口にして……。
私は思ったのだ。
いや、正確には思い出したのだ。
あるではないか、と。
今、この場で。
この場なら作ることのできる。
素晴らしいバーガーのことを。
私はそのレシピを知っている。
レシピではないか。
正確には、なにをどの位置に乗せるのか、だけだけど。
公式ホームページに乗っていたので、前世で真似して作ったことがあるのだ。
素材は揃っている。
まずは、広げた包み紙の上に、下のバンズを置く。
そのバンズにマスタードを塗る。
その上にパティを置く。
パティにマヨネーズを塗る。
その上に刻んだオニオンを、パラパラっと。
そして――。
ちょっとこれもいただきますね。
私は鍋に入っていたミートソースを小さなおたまですくった。
「おいっ! そんなもので何する気だ!」
様子を見ていたガイアが声をあげる。
「もちろん、こうするのさ」
私はミートソースをオニオンの上にかけた。
「あああっ! バカかてめぇは!」
店主のマッシュまでもが叫んで、
「バンズとパティを無駄にしやがって! 俺はな、食材で遊ぶヤツが大嫌いなんだよ! さっさと出て行け――」
と、私をつかもうとしたけど――。
ほいっと。
軽くひねって、マッシュには尻餅をついてもらった。
スライスしたトマトを乗せて――。
上のバンズとあわせて。
最後に、紙でしっかりと包んで――。
はい!
堂々、モスバーガー……。ミートソースバーガーの完成っ!
おかわりできるように、4つ、作ってみた!
公式ホームページに乗っていた通りに組み上げた!
もちろん、ミートソースを始めとした素材は違うから、そのままの味ということではないけどね!
「はい。食べてみて。ソースがこぼれるから、紙は取っちゃわずに、めくって食べていってね」
いくつか作ったので、まずはガイアとマッシュに食べてもらう。
さあ。
どうだろうか。
レタスもチーズも入っていないバーガーだけど。




