709 セラフィーヌの出立
翌朝、私は再び大宮殿に出向いた。
セラを聖国の聖都にあるユイの家に送り届けるためだ。
待ち合わせの奥庭園――。
いつもの願いの泉に、いつもの『帰還』の魔法を使って出向くと、すでにセラは来ていた。
「おはよーございまーす」
まずは皆様と朝の挨拶を交わした。
見送りは少数。
陛下と皇妃様、お兄さま、お姉さま、弟のナルタスくん。
あとはうしろに控える執事やメイドの皆様。
「お姉さま、くれぐれも食べ過ぎには注意してくださいね」
「セラフィーヌ。旅立ち前に言うことですか、それは」
「お姉さまは食べ過ぎさえ気をつければ、完璧な淑女ですよ」
見習い神官服姿のセラがにっこりと笑う。
リラックスした様子だ。
「本当に――。このわたくしが同じ失敗を繰り返すはずがないでしょう。とにかく気をつけていってらっしゃい」
「はい」
セラを軽く抱きしめて、お姉さまは微笑む。
お姉さまの姿は普段通りだ。
私は正直、少し心配していたけど、その心配は無用のようだった。
セラに手荷物はない。
着ている見習い神官服は、事前に準備されていた聖国のものだ。
セラは聖国での一ヶ月をユイ付きの見習い神官として過ごす。
必要なものは、すべて聖国が準備する。
随員はいない。
専属メイドのシルエラさんすらお見送りだ。
帝国から持っていくものと言えば、私の指輪だけだった。
「では、クウちゃん。お願します」
セラが言う。
私は皇妃様に目を向けた。
「お願しますね、クウちゃん」
「はい」
別れの挨拶は、すでに済んでいるようだ。
「じゃあ、連れていきます」
私はセラの手を取って、転移の魔法を使った。
視野が暗転。
目の前が明るく戻れば、もうそこは聖都にあるユイの家の中だ。
ユイの家には転移陣がある。
なので行き来は簡単だ。
転移陣のある精霊の間には超強力な光の結界があって、普通なら飛んだところで出入り不可能なんだけど。
それどころか邪悪な存在は飛んだ瞬間に蒸発なんだけど。
まあ、私はいつもスルーなんだけど。
今日は、ユイが待ってくれていた。
「おはよー、ユイ」
「おはよー、クウ」
「ユイさん、今日からよろしくお願い致します」
「うん。こちらこそよろしくねー、セラちゃん」
ユイは相変わらず軽い。
いつもの自然体だ。
「リトさん、よろしくお願します」
「修行は厳しいのです。必死に頑張るのです」
ユイの肩には白いフェレットなリトもいた。
「リト、セラのことよろしくね。死んでも蘇生してあげてね」
「任せるのです」
「え。あの、修行って、そういうものなんですか……?」
セラが怯えた顔をする。
「セラちゃん、大丈夫だよ。蘇生魔法なら私も使えるから」
ユイが優しく声をかける。
「え。え。あの。えっと……。は、はい……。ごめんなさい。初めて聞いたので驚いてしまって……」
「あはは。ごめんね。冗談だよー。ね、クウ」
「たぶんね」
「うん。たぶんね」
「うううう。たぶんなんですねー!」
「ごめんごめん。セラ、そんなことにはならないって。たぶん」
おっと。
また、たぶんにしてしまった。
「……もしかして、クウちゃんだけに、クウですか?」
いきなりセラが言う。
「いいえ。そうですよね。そうなのですよね。わかりました。わたくしも覚悟が決まりました」
一体、なにを理解したのか。
セラは拳を握って、ぐっと表情を引き締めた。
「クウちゃんだけに、くう。
クウちゃんだけに、くう。
クウちゃんだけに――。
くう!!!」
「あのセラ……」
「はいっ! クウちゃんっ!」
「間違っても、それ、仕事をしている時に言っちゃ駄目だよ? 信者さんや患者さんが不安になるからね?」
「え」
「え」
この後、わかってもらうのに、なぜか少し時間がかかった。
なぜだ。
と、思ったらセラ……。
なんと、クウちゃんだけにクウを精神集中の言葉にしていた。
実際、クウちゃんだけにクウで……。
本当にセラの魔力は1割ほど一時的に上昇していた。
まあ、うん。
できるだけ心の中で言ってもらうことにした。
「ところで今日、クウはどうするの? これから大聖堂に行って、セラちゃんのことを神官達に紹介するんだけど。夜には貴族を招いたパーティーで、そこでもセラちゃんの紹介があるんだけど。ついでだし、クウのことも、どこか遠い国のお姫さまだっけ? で、紹介しちゃう?」
「私はパスー。めんどくさいし、パーティーはいいやー」
「うう……。やっぱりまずは挨拶なんですね……」
「セラはあきらめようね」
「はい……。クウちゃんがいないのは寂しいですけど、大丈夫です。覚悟はすでに完了していますっ! クウちゃんだけに、クウ。その心意気です」
いったい、どんな心意気なんだろうか。
わからないけど、セラは納得しているので――。
気にするのはやめておいた。
ともかく。
こうして。
セラの一ヶ月の修行は、始まるのだった。
がんばれー。




