708 称号の行方
午後、夏の夕暮れにはまだ遠いけど――。
学院なら放課後の時間――。
アリーシャお姉さまとトルイドさんのお別れの時が来た。
「招待状は出しますから、今後は必ず大宮殿のパーティーには来ること。わたくしとの約束ですよ」
「はい。わかりました。……学校と仕事があるので毎回は難しいと思いますが、できるだけは」
「もう。わたくしと仕事、どちらが大切ですの」
なんか完全にカップルみたいなことをお姉さまが言っている。
そこからもう少しだけ会話して。
笑い合って――。
トルイドさんは、お姉さまに背中を向けて歩き、最後に一度振り返って、笑顔で手を振った後――。
往来の中に消えていった。
じゃあ、私も帰ろうかな。
と思ったのだけど――。
「……では、クウちゃん。わたくしたちも帰りましょうか」
お姉さまに馬車に誘われたので、そのまま付いて行った。
工房に送ってくれるのかなーと思ったのだけど、ぼんやりしたままのお姉さまと共に大宮殿に来てしまった。
お姉さまを送り届けたので今度こそ帰ろうかな。
と思ったのだけど――。
「クウちゃーん!」
セラが走って来て、結局――。
陛下からのお誘いもあって、夕食を一緒に取ることになった。
まあ、うん。
今日も気がつけば、大いに帝都で騒いでしまった……。
お話しする必要があるよね……。
しばらくはセラの部屋でくつろいだ。
というかセラの愚痴を聞いた。
セラは、ここ連日のパーティーで、一生分の挨拶をしたそうだ。
相手は、中央貴族に地方貴族に精霊神教の関係者。
今日は、フォーン大司教にも挨拶して、聖女様の尊い教えを、ぜひとも帝国に持ち帰ってほしいと激励されたそうだ。
セラはいよいよ明日。
聖国に旅立つ。
セラの弟子入りは帝国と聖国に公認されたものだ。
お忍びではない。
聖国では歓迎のパーティーが開かれることだろう。
さらなる挨拶の試練だ。
それを指摘すると、もう嫌ですー!と泣き付かれたけど、まあ、うん、頑張って乗り切ってもらおう。
どこの世界でも挨拶は大切だよね。
そんなこんなの内、メイドさんに呼ばれて、夕食となった。
今夜はパーティーもなくて、家族で食事のようだ。
「さて、クウ君」
いきなり来た。
陛下がにこやかに私にしゃべりかけてくる。
「えーっと。はい。料理対決のこと……ですか?」
「ははは! 話が早いじゃないか。なんでも『料理の賢人』などという称号を勝手に決めて授与したそうだな」
「勝手にだけど、ちゃんとしたものなので大丈夫ですよー」
「ほほう。というと?」
「だって、ちゃんと私が公認しましたっ!」
「さすがはクウちゃんです! それなら何の問題もありませんね! まさに一片の隙もない完璧な称号です!」
すかさずセラがよいしょしてくれる。
「そうだな」
ははは、と、陛下がわざとらしく笑った。
ここで皇妃様が言う。
「クウちゃん、今夜の料理はいかが?」
「はいっ! いつもながら豪華で美味で最高ですよっ!」
「ふふ。今夜はシェフが特に頑張ったようですよ。ほら、そこでクウちゃんの反応をドキドキして見ていますよ」
「えっとぉ」
たしかにシェフが壁際にいるね。
どういうことだろうか。
と、思ったら――。
「彼はサンネイラ出身なのです。地元の次期領主が、ライバル都市との料理対決に敗れて――。しかもクウちゃんが、相手に『料理の賢人』なんていう素晴らしい称号を与えて――。報復は我こそがと勇んでいるのです」
「えっとぉ……。次の予定はないんですけど……」
なにしろ、その場のノリだけのことだし。
「大丈夫ですよ。わたくしたちは、ちゃんとわかっていますから」
「と、いうことだ、クウ。料理の賢人の噂が早くも広まって、我こそはという料理人が次々と手を上げているぞ」
「いえ……。あのぉ、料理の賢人って、私が公認しただけの称号なので、そんな大したものではないですよ、ホント……」
「はっはっは!」
陛下がまた笑ったぁぁぁ!
ここでお兄さまが言う。
「クウ、言っておくが、帝国で文人に与えられる最高の称号名は『賢者』だ。賢人とはそれに準じると思わんか?」
「あー」
なるほどぉ。
「加えて、おまえを知る者からすれば、それは世界公認に等しい称号だ。何しろ精霊が直に認めているのだ」
「私、もしかして、またやっちゃいましたか……?」
「おまえがもしも普通の人間であったら、大変な問題となるな」
「……投獄とか?」
おそるおそるたずねると、うなずかれた。
「じゃ、じゃあ、私! これで!」
よし最悪、他国に逃げよう!
と思ったら、また陛下が笑った。
「はっはっは! まあ、待ちたまえ、クウ君。帝国の大切な賓客である君をどうこうする気など我々にはない。それにそもそも、君は普通の人間ではなく、精霊第一位という存在だろう」
「ならいいですけど……」
「クウちゃん。それで、なんですけれどね――」
皇妃様が提案してくる。
いっそ、『料理の賢人』を帝国認定の称号にするのはどうかと。
私の返答は決まっている。
「すべて、お任せします」
いつもの丸投げです。
あとのことはよしなに、よろしくお願します。
その後はセラにせがまれて、勝負でどんな料理が出てきたかを語った。
夕食はそんな感じで――。
主に料理勝負のことをおしゃべりしつつ進んだ。
お姉さまは静かだった。
時折、小さなため息をついたりしている。
その割には、出された料理はすべて綺麗に食べていたけど。
「お姉さま、元気がありませんけど、どうされたのですか?」
セラが心配してたずねる。
「ええ……。そうね……。さすがに今日はちょっと疲れてしまって……」
「いろいろあったみたいですものね。お姉さまは、クウちゃんの料理対決で審査員をされたのですよね?」
「ええ……。最高のデザートでしたわ……」
「羨ましいです。賢人の料理、わたくしも食べたかったです」
「アリーシャ。くれぐれも、食べ過ぎには注意しなさい」
「わかっていますわ、お母様……」
「クウちゃん、この子は姫様ロールも食べてしまったのでしょう?」
「はい。それはもうパクパクと」
私は聞かれたことを、正直に答えた。
お姉さまとトルイドさんの関係は、話題には出てこなかった。
陛下たちの認識は――。
お姉さまが姫様ロール店の店長と知己ということで、頼まれて、サンネイラの貴族を紹介した――。
というだけのようだった。
客観的な事実だけ、報告はなされているようだ。
確かに、キスしたわけでも、愛の言葉をささやきあったわけでも、手をつないでいたわけでもない。
お互いに楽しい時間を過ごしただけだ。
社交の一環と言えば、その範疇に収まる話なのかも知れない。




