705 120倍パワー! ハラデル氏の奥義!
「開始前に確認なのですが、魔術の使用は可能でしょうか?」
ほほう。
トルイドさんは料理に魔術を使う気のようだ。
「運営的にはオーケーですが、対戦相手のハラデル氏はいかがでしょう?」
「ふんっ! 愚かな小倅が! このワシに魔術有りでの勝負を挑むだと!」
おおおっ!
短い詠唱で、ハラデル氏の指から炎が出た。
会場が驚きで沸いた。
「これはオーケーということでよろしいでしょうか!」
「当然じゃ」
「では、魔術有りの料理勝負です! これは開始前から、いったいどんな展開になるのか完全に予測不明となりました!」
炎はわかる。
焼くのに便利そうだ。
しかし、私が見るところトルイドさんの属性は水。
どう使うのだろうか。
ともかく。
気を取り直して!
「では! クッキングバトル――。レディ――。ゴー!」
私の号令で試合が始まる。
「堂々、30分一本勝負! 果たして、東西の食の都を代表する両雄、どのようにトマトを調理するのでしょうか! まずは両者、メインの食材であるトマトの選別に入りました! さあ、トマトの選別の後は、その他の食材だ! 果たして両者は何をキッチンに運ぶのか!」
トルイドさんが選んだのは、牛乳、クリーム、砂糖。
それにゼラチンにレモンなど。
ハラデル氏が選んだのは、発酵済みの小麦粉生地、ひき肉、チーズ。
それにナツメグやパセリ、バジルなど。
何品も作る気なのか、かなりの種類と量だった。
「これは面白くなってきました! 同じトマトを中心に据えながらも両者が選んだ食材は別れました! 食材から察するに、トルイド選手はデザートでしょうか。ハラデル選手はコース系の予感! 果たしてこれらの食材から何が生まれ、そして世界へと羽ばたくのか!」
勝負は始まって、続いていく。
トルイドさんとハラデル氏は、お互いに一歩も譲ることのない見事な動きで料理を進めて行った。
2人とも素人の動きではない。
それどころか、かなりの腕前であることは私でも見て取れる。
絶え間なくしゃべって場を盛り上げながら――。
しかし――。
私はこの勝負に、小さな不安を覚えていた。
私も、少しは料理をする。
前世でも、たまにユイやナオとスイーツを作ったりもしていた。
だから知っているけど、ゼラチンはすぐには固まらない。
普通は冷蔵庫で2時間ほど寝かせるものだ。
とてもではないけど、30分で作れるものではない。
あるいはトルイドさんは、料理未完成という最悪な形での敗北を喫してしまうのかも知れない。
ただ――。
いつまでも不安を感じている余裕はなかった。
動いたのはハラデル氏だった。
「見よ! これぞ奥義のひとつ! ピザ生地ダブル大回転!」
おおっ!
ハラデル氏が空中へと2枚のピザ生地を放った。
そして、左右の人差し指で――。
1枚ずつのピザ生地を受け止めて、へたったりずれ落ちたりする前に、くるくると回して広げたぁぁぁ!
会場が大いに沸いた。
この大技には、私もすっかり興奮した。
さらにハラデル氏の猛攻は続いた。
広げたピザ生地の上に、トマトソースを塗り、カットしたトマトとバジル、それにチーズをバランスよく乗せていく。
私はすかさず、銀魔法『ライブスクリーン』を使って、キッチンの上で行われるその様子を空中へと投影した。
「皆様、空中の映像を御覧ください! 今、先程の見事な大回転で広げられたピザの上に大自然が生まれようとしております! 赤! 緑! そして白! これはまさに大自然――! いえ、楽園です! 楽園が今! ハラデル氏の手によって生まれようとしております!」
それは、焼く前から美しい、完璧なるピザの色彩だった。
盛り付けをおえて、ハラデル氏が両腕を掲げた。
「このピザは! 近年、ジルドリア王国の薔薇姫エリカが考案した、エリカリータという新しいピザ! 皆に食べさせることができないのは残念だが、この美しき色彩を堪能すると良いぞ!」
私は、ちょっと興奮が冷めた。
そう言えば、そうだった……。
このピザ、完全に前世のマルゲリータピザなんだけど……。
エリカが丸パクリした挙げ句、エリカリータなんて名前を恥ずかしげもなく付けて市民にレシピを教えたんだったね……。
「そして、見よっ!」
2枚の生ピザを鉄のプレートに乗せて、ハラデル氏がキッチンの前に出た。
観客によく見える場所だ。
なにをするんだろう……。
私も見ていると、ハラデル氏が呪文を唱えた。
ハラデル氏の火の魔術が発動する。
おおっ!
なんと、炎自体で窯を作った!
これはお見事!
「これぞ我が魔術! フレイム・オーブン! 最長で20分持続し、通常のオーブンの2倍の速度で料理を焼き、3倍の旨味を引き出す! あわせて120倍のパワーを持つ我が奥義のひとつである!」
おおおおおおお!
ハラデル氏の説明を受けて、さらに会場が沸いた!
よくわからないが、とにかくすごい理屈だ!
さらにハラデル氏は、濾したトマトを使って、見事なほどに真紅色に染めたスープを完成させた。
名付けて、スープ・ザ・ルビー。
さらにさらに、トマトの皮を剥いて、中をくり抜き、そこにドレッシングで和えた野菜を入れ、チーズと葉を添えたサラダまで完成させた。
名付けて、トマトの宝箱。
計3品!
見事に30分で作り上げた。
ハラデル氏……。
最初、ただのネタキャラだと思ってごめん……。
貴方は、すごい料理人です。
私は感服した。




