703 激突、帝国の両台所
さて、どうしたものか。
アリーシャお姉さまたちとやってきた開店前の姫様ロールのお店では、白髪のご老人が喚いていた。
名前は、タベルーノ・フォン・ハラデルというみたいだ。
うん。
食の求道者を名乗るだけはある名前だけど……。
怒鳴りつけて製法を教えろだなんて、はっきり言って大迷惑だね。
はぁ。
また転移魔法でトリスティンの王城に置いてくるかぁ。
なんて私が思っていると、アリーシャお姉さまが前に歩み出た。
「朝からお元気ですわね、ハラデル男爵」
「おや。これは姫殿下ではありませんか。なぜ、姫殿下ともあろうお方がこのような庶民の場所に? む」
ハラデル氏の視線がトルイドさんに向いた。
「貴様! サンネイラの小倅か!」
ハラデル氏が、敵意むき出しの様子で、トルイドさんを睨みつける。
「ご無沙汰しております。男爵」
トルイドさんはぺこりとお辞儀をした。
「ま、まさか……。貴様もこの店を狙って――」
つぶやいて、ハラデル氏が怒鳴る。
「やらせはせん! やらせはせんぞぉぉぉぉぉ! この店は、ワシが先に目をつけたのだぁぁぁぁ!」
ここで店長さんが困惑しきった顔で、
「いえ、あの……。後先というなら、姫様の方がキチンと前日にアポイントをいただいている分、先で……」
「なにィ!?」
「ひぃぃぃぃぃぃ!」
怒鳴られて、店長さんが怯えすくんだ。
無理もない。
なにしろハラデル氏、なかなかに鋭い眼光の持ち主だ。
ハラデル氏なのに腹は出ていないし、むしろ鷹のような印象がある。
まさに獲物を狙う――だ。
「ああ、クウちゃんにも紹介しますわね。こちらのハラデル男爵は、東のハラヘールという都市を治めている方で、帝国では、それなりに食にうるさい人物として知られているの」
「それなりではありませんぞ、姫殿下! ワシは生涯を賭けて、我がハラヘールを帝国一の食の都とするのです!」
「西のサンネイラ、東のハラヘール。あわせて、帝国の両台所と呼ばれることもありますわね」
「へー。そうなんですねー。知らなかった」
初めて聞いた。
「いずれにせよ、男爵。恐喝まがいの行為は感心できませんわね。この帝都は無法地帯ではありませんのよ」
「ぐぬ……。申し訳ございませぬ……。つい熱が入りすぎたようです……」
さすがのハラデル氏も、姫殿下ことアリーシャお姉さまには、強く口答えすることはできないようだ。
「出直してはいかがかしら?」
「し、しかし……」
ハラデル氏がちらりとトルイドさんのことを見る。
ふむ。
まあ、いいか。
なんか面白いヒトだし。
「お姉さま、店長さん」
私はここでついに、みんなの間に割って入った。
「あら、どうしたの、クウちゃん」
「ここは私に任せてください」
「ええ。クウちゃんがそう言うのであればわたくしは構いませんが」
「……姫様。こ、今回は、な、なにをするのでしょうか?」
店長さんがおそるおそるたずねてくる。
「ふふー」
私は大いに微笑んで、それから胸を張った。
こういう時にやることと言えば!
そう!
ひとつしかないよね!
「これより! 第一回! 料理の賢人選手権大会を開催します! 賢人に輝いた人だけが店長さんと会話できるということで!」
「料理の賢人……だと……」
ハラデル氏が戦慄してつぶやく。
「第一回のお題は――!」
ふむ。
なんにすべきか。
だらららららららららら……。
頭の中で、ドラムロールが響いていく。
だんっ!
「これだあぁぁぁ! とまとぉぉぉ! 夏の定番! お約束の食材を使って、より美味しい料理を完成させた方を! 第一回! クウちゃんさま認定! 料理の賢人とさせていただきまぁぁぁぁす!」
どやぁぁぁぁぁ!
アイテム欄から真っ赤なトマトを取り出して、掲げて――。
私としては、渾身の宣言だったのだけど……。
盛り上がらなかった。
「姫殿下、この娘はどこの誰ですかな?」
妙に冷めた声でハラデル氏がたずねる。
「わたくしの妹であるセラフィーヌと共に、こちらの姫様ロールの原案を考えた異国の姫君です」
「なんと。そういうことであれば、この勝負、受けて立ちましょう!」
「面白そうだね。もちろん僕もやるよ。アリーシャさんはどうかな。時間があればいいんだけど……」
「ここまで来て、帰るわけにはいきませんわ」
「それはよかった。作るなら、ぜひアリーシャさんにも食べてほしくて」
「ええ。もちろんいただきます」
「アリーシャさんには、満面の笑顔になってもらいますよ」
「ふふ。わたくし、こう見えて、けっこうグルメですのよ。わたくしを満面の笑顔になんて、果たしてできますのかしら」
「では、僕たちも勝負ですね」
「受けて立ちますわ」
お姉さま、挑発気味に言っていますけど!
すでに満面の笑顔ですからね!
始まる前から負けていますよ!
「小倅が! 料理一筋70年のこのワシに勝てるとでも思ったか!」
ハラデル氏の怒号は、トルイドさんには届かない!
何故ならば!
お姉さまと2人の世界にいるからっ!
お姉さまは、くれぐれも食べ過ぎには気をつけてくださいね……。
パクパクしすぎて……。
また悲惨なことになっても……。
私、知らないですよ……。
「あのお……。姫様……」
「ん? どしたの、店長さん」
「その……。勝った方に私、製法を教えるのでしょうか」
「ううん」
「と、言いますと……」
「手に入るのは会話する権利だけだから、別に教えなくていいですよ。遠慮なく拒否してください」
「しかし……。それも、なかなか……」
「大丈夫大丈夫っ! このクウちゃんさまがいるんだよっ!」
「は、はぁ……」
「ふふー。任せておいてっ! 料理の賢人、盛り上げてみせるからっ!」




