702 付き添いクウちゃん
アリスちゃんとお茶会をして、ユイナちゃんが奇跡的にトラブルを起こさずに帝都観光をして帰宅した翌日――。
私は、お姉さまの付き添いをすることになった。
パーティーで知り合った人が料理大好きな人で、どうしても姫様ロールの製法を知りたいらしい。
製法は無理でも、できればトコの根がほしいのだそうだ。
トコの根は上手に加工すると、それこそ牛乳で作ったクリームのようにとろとろのうまうまになる。
姫様ロールの美味しさの秘訣だ。
私には、いろいろと口添えをお願いしたいらしい。
という旨の手紙を使いの人が持ってきたので――。
まあ、うん。
引き受けた。
料理大好きな人というのがロクでもないヤツなら、はっきりとしっかりと断るべきだろうし。
その時には私がいないと、店長さんでは無理だろう。
まあ、とはいえ――。
アリーシャお姉さまが認めた相手だ。
そんな酷いヒトではないと思うけど。
料理好きの人。
どんなご令嬢なのか、楽しみにしておこう。
うん。
私は完全に、アリーシャお姉さまと仲良くなるわけだし、10代半ばくらいの女の子だと思っていたのだけど……。
午前9時。
約束の時間になって、アリーシャお姉さまが私のお店にやってきた。
「おはようございます、クウちゃん。今日は朝からありがとうございます」
「いえー。おはようございます。お姉さま。――と」
アリーシャお姉さまと並んで仲睦まじく現れたのは――。
なんと。
10代後半くらいの青年だった。
「こちらが今日の主役なの」
「初めまして。サンネイラから来ました。トルイドと言います。マイヤさん、今日はよろしくお願いします」
「はい。よろしくお願いします、トルイドさん」
優しそうな男子だ。
長めの細い髪と銀縁のメガネが、実によく似合っている。
背丈はそれなりにあるけど、体の線は細い。
私の個人的な見解としては、もう少し鍛えて、筋肉をつけた方がいいんじゃないかなーとは思う。
やはり筋肉は重要だ。
って。
いつから私は筋肉好きになったぁぁぁ!
まあ、私のことはいいか。
とにかく出発する。
どうやら歩いて、中央広場の姫様ロールのお店に向かうようだ。
まあ、そんなに遠くないしね。
「しかし、本当に帝都の街並みは素晴らしいですね、アリーシャ様」
「トルイドさん、様はいらないと言ったでしょう?」
「そうでした。これは失礼。実は恥ずかしながら、昨日のパーティーでアリーシャさんが現れた時の衝撃がまだ残っていて」
「ふふ。すごい顔をしていましたよ」
「それはそうですよ。ついさっき、一緒に姫様ロールを食べていた相手がまさかの皇女様とは。腰を抜かして倒れるところでしたよ」
「倒れなくてよかったですわね」
「まったくです。おかげでこうして、アリーシャさんと再び、姫様ロールをご一緒できるわけです」
「わたくしなのか姫様ロールなのか、どちらが楽しみだったのかしらね」
「もちろん両方ですっ!」
「ふふ」
「はは」
ふむ。
なんか、ものすごくいい雰囲気ですね。
思わず私、遠慮して一歩下がってしまったんですけれど、まったく気づかれていませんねこれは。
あと、とりあえず、まずは姫様ロールを食べるみたいだね。
交渉だけかと思ったけど。
2人で全種類食べよう、なんて笑い合っている。
どうやらこの2人、食で気が合っているようだ。
お姉さま、すっごい上機嫌だけど、調子に乗って、また食べ過ぎ警報が発令しなければいいけど……。
まあ、いいか。
さすがにここで注意するのは野暮だし。
うしろに付いてきていたお姉さまのメイドさんと目が合う。
お辞儀だけされた。
メイドさんからのコメントもないようだ。
ちなみに護衛の人は、少し離れて、分散して任務についているようだ。
お姉さまはすでに騎士並に強い。
私の指輪の防御もある。
一拍遅れても十分にカバーできるので問題はないだろう。
そもそも私がいるしね。
お店についた。
中に入ると、いきなり怒鳴り声が響いた。
「だから、金なら払うと言っておる! このワシを誰だと思っておる! このワシこそが食の求道者、タベルーノ・フォン・ハラデルである! いいから早くこの姫様ロールの製法を教えるのだ!」
なんか、白髪を振り乱す、濃ゆそうなご老人がいた。




