70 闇の大精霊
大広間に出て誰かいないか見渡す。
時刻は深夜。
薄暗い大広間には、残念ながら人影がなかった。
「おーい! だれかいないー?」
遥か彼方まで吹き抜けた頭上に向かって声をかけていると、テラスの1つから誰かが降りてきた。
挨拶を交わしてから、フラウを呼んできてもらう。
フラウはすぐに来てくれた。
「クウちゃん、久しぶりなのである」
見た目5歳に相応しく愛らしいパジャマ姿だった。
「今夜はまたどうして唐突に――。背負っているのはゼノであるか!」
「知り合いなんだ?」
「知り合いも何も、ゼノはイスンニーナの子なのである。イスンニーナに育てられた妾にとっては、まさに姉妹なのである」
「なんと」
意外な展開に私も驚いた。
「顔を見るのは1000年ぶりなのである。懐かしいのである」
「1000年かぁ……。すごいね」
「精霊たちが帰ってしまって以来なのである。……どうしてここに?」
「さあ」
私にもわからない。
「ねえ、この子って、もしかして精霊なの?」
「何を言っているのであるか。他の何に見えるのであるか」
「そかー」
またもびっくりだ。
「この強い闇の気配……。ゼノは、立派にイスンニーナの跡を継いで大精霊になったのであるな」
背負ったままのゼノを床に下ろす。
ゼノはまだ寝ている。
急いでいたので、向こうでは顔を見ていなかった。
フードをめくる。
現れたのは、黒髪の巻き付いた白磁の美貌。
見た目の年齢は私と同じか少し上くらいなのに、すごく色っぽい。
「ゼノはどういう状態なのであるか?」
「私の魔法で眠らせただけだから、強い衝撃を与えれば起きるよ」
「何があったのであるか?」
「この子に襲われたんだよ」
「だ、大丈夫だったのであるか?」
「うん。平気。見ての通りだよ」
「……さすがはクウちゃんであるな。大精霊でも相手にならないであるか」
「とりあえず、部屋に通してもらっていいかな? この子と話がしたいんだ。フラウも同席お願いできるかな」
「わかったのである」
応接室に入った。
ゼノをソファーに座らせて私は対面に座る。
フラウはゼノの横に腰掛けた。
「じゃあ、起こすね」
鞘に入ったままの鉄の剣で、ゼノの頭を強めに叩いた。
「……いたっ」
頭を押さえてゼノが目を覚ます。
「ゼノ! 久しぶりなのである!」
「え……。フラウ?」
「そうなのである! 1000年ぶりなのである!」
感極まったフラウがゼノに抱きつく。
「……状況がわからないよ。……ボク、どうなったの?」
「ごめんねー。眠らせて連れてきちゃったー」
あっはっはー。
「……ここ、どこ?」
「竜の里である! ゼノが1000年前に妾と暮らしていた場所である!」
「……そっか。どうりで懐かしい空気だと思った」
「長く見ない内に、大きくなったのである」
「フラウは変わらないね」
フラウを見て、ゼノが気を許したような柔らかい笑みを浮かべた。
「わらわは永遠の幼女なのである。それでゼノは、イスンニーナの跡を立派に継げたのであるな?」
「うん。一応ね。今は闇の大精霊を名乗ってるよ」
「素晴らしいのである! 形見の大鎌は、まだ持っているであるか? 持っているなら見せてほしいのである」
「あれは壊されちゃった」
「誰にであるか! 大切な形見の品を!」
フラウが怒りも顕に叫ぶ。
「この子」
ゼノが私を指差す。
「あはは」
私は笑ってごまかした。
「……ク、クウちゃんであるか」
「鎌、お母さんの付与が何重にもかかっていて絶対に壊れないはずだったんだけど、跡形もなく砕け散っちゃった」
「ごめんね? でも襲いかかってきたのはそっちだからね?」
私は被害者だ。
申し訳ないことはしたけど、ひたすら謝る謂れはない。
「わかってるよ。ねえ、ボク、眠らされたの?」
「ごめんね?」
「ボク、闇の力を司っているんだ。眠りって闇の力なのに、不思議だね」
「純粋に私の方が強かったからだね」
あと緑魔法だったしね。
「はっきり言うんだね」
「確かめたいなら相手になるよ。剣でも魔法でも両方でもいいよ」
同じ精霊。
しかも大精霊というなら、私も力を見たい。
「クウちゃん、やめてほしいのである。妾は2人の喧嘩など見たくないのである。悲しくなるのである」
「ご、ごめん……」
「クウちゃんは、カメの言う通りに好戦的なのである」
「あっ! ナオは元気?」
「元気なのである。毎日、無駄な掃除をしているのである。やめないのである」
「そかー」
よいことなのか悪いことなのかわからないけど。
とりあえず元気そうでよかった。
「ボクも力試しはいいや。そういうの興味ないし。
それよりさ、クウ――。
キミ、精霊なの?」
「うん。そだよ」
ゲームキャラからのコンバートだけどね。
考えてみると、こちらの世界の実体化した精霊と会うのは初めてだ。
「うん。ボクの目にも、よく見れば精霊に見えているよ。ボク、物質界で精霊に会うのは初めてだよ」
「みんな、来ないみたいだしね」
精霊界で、光の玉みたいな精霊たちがこっちは危険だと言っていたし。
「……キミ、光の精霊なの?」
「ちがうよ」
「じゃあ、火?」
「ちがうよ」
「うーん。キミの属性がよくわからないなぁ」
私をじっと見つめて、ゼノは眉をしかめる。
「ゼノ、クウちゃんは精霊姫なのである」
「精霊姫? お姫さま?」
「全属性を宿しているのである」
「ああ、なるほど。そうだね。それでひとつには見えないのか」
「おそらく、次期の精霊女王となるお方なのである」
「……本当なの?」
「さあ」
私に聞かれても困る。
「でも確かに、全属性ならそういうことなんだろうね。それでそのお姫さまが、どうして物質界にいるのさ?」
「精霊界って退屈そうだったしね」
「それはわかる。ボクも精霊界は退屈すぎて、こっちに抜け出しているんだ」




