7 皇帝一家と夕食を取ることになった
扉の先は広い食堂だった。
真っ白なクロスのかけられた長いテーブルに、一目で貴族だとわかる見目麗しい男女5人が座っている。
壁際にはずらりと給仕さんたちが立っていた。
魔石の光を広げる天井のシャンデリアは、思わず見惚れる素晴らしい装飾だ。
なんだここは異世界か!?
……あ、そうか、ここは大宮殿でした。
「お父さま、お母さま、お姉さま、お兄さま、ナルタス。お友だちのクウちゃんと共にただいま参りました」
セラが優雅にお辞儀をする。
「うむ。さあ、座りなさい。クウちゃん君も遠慮せず、セラフィーヌのとなりに座るといい」
クウちゃん君って。
思わず突っ込みかけたけど、声をかけてきたのは、たぶん、セラのお父さまな皇帝陛下だ。
いきなり不敬罪で殺されてはたまらないので頑張って耐えた。
というか私、セラのご家族と一緒に食事をするようだ。
セラはまだ11歳なのでよく考えれば当然のことかも知れないけど、この事態は想定していなかった。
いいんだろうか。
帰ったほうがいいような気もしたけど、ここで帰るのは逆に失礼か。
あきらめて流れのままいこう。
セラに続いて、メイドさんに促された席に座る。
「さあ、食事の前に自己紹介といこうではないか。まず俺だが、セラフィーヌの父で名はハイセル・エルド・グレイア・バスティール。この帝国で皇帝を名乗る男だ」
皇帝陛下は30代の後半くらいだろうか。
映画俳優みたいに精悍な顔立ちの男性だ。
「わたくしはここにいる4人の母でアイネーシアと申します。よろしくお願いしますね、クウちゃんさん」
皇妃様は、気品があってスタイル抜群で、そこそこの年齢のはずなのに、ものすごく若く見えた。
とても子持ちとは思えない美人さんだ。
「俺はカイスト。長男だ」
兄は冷然としていた。
目が合っても微笑んですらもらえない。
両親とちがって、あまり愛想の良いタイプではないようだ。
私が歓迎されていないだけの可能性もあるけど……。
年齢は、10代の半ばだろう。
「わたくしは長女のアリーシャですわ。今年で13歳になります。本当に青空のような髪をしていらっしゃるのね。驚きました」
姉は頭がよさそう。
貴族のやり取りもお手の物な感じだ。
「弟のナルタスです。7歳です。初めまして」
弟くんは、温厚そうで可愛らしくて、頭をなでなでしたくなる感じの子だ。
相手から挨拶してきたので私が最後にすることになった。
「クウ・マイヤです。本日はお招きいただきありがとうございました」
不意打ちだったけどね!
とはさすがに言わない。
「自己紹介も済んだところで礼を言わせてくれ。娘の呪いを解いてくれて本当に感謝する。あらゆる手を尽くしたが結果は出ず、もはや国辱に耐えて聖国の聖女に懇願するしかないところだったのだ」
なんと陛下が頭を下げてくる。
「私は本当に何もしていないので、気にしないでください。祝福は、すべてアシス様のお力なので」
「アシス様というと創造の女神アシスシェーラのことかな?」
「はい。ここに来る前に一緒に遊んでいて、アシス様の力が私の中に入ってしまっていたんです。あれはその力が溢れただけなので」
「それでは明日にでも、女神を奉じる神殿に感謝の寄付をするとしよう」
「……えっと、信じてくれるんですか?」
「当たり前だ。嘘や冗談で、邪神の呪いを打ち消し、あまつさえ帝都全域に祝福を振りまけるものか」
「よかった。ホント、あれ、私の力じゃないですからね。私自体は、たいしてすごくもないので」
少なくとも現状では、薬草摘みしかできません。
泣けます。
「クウちゃんはすごいですよっ! すごい優しくて、すごい楽しくて、すごいわたくしのお友だちです!」
「セラフィーヌ、安心するといい。悪いがクウちゃん君のことは『女神の瞳』で見させてもらった。間違いなくすごい」
ギルドマスターの言っていた『上』って皇帝陛下のことか。
それは特別待遇になるわけだ。
「ねえ精霊さん、少しだけ髪に触らせてもらってもいいかしら?」
「はい。いいですけど」
姉に言われて私はうなずいた。
「あら。ならわたくしも」
おおう。
皇妃様と姉に、髪をさわさわされる。
「もう! クウちゃんはわたくしのお友だちですよっ!」
なぜか声を荒らげたセラが、腕を掴んでくる。
「ああ……。一目見た時から感じていましたが、最高級の絹よりも柔らかで優しい触り心地ですわ……」
姉、そんなにうっとりした声を漏らさないで。
照れる。
「二人とも程々にしておけよ、クウちゃん君が困惑しているぞ。そもそも食事前にすることではないぞ」
「あと少しだけえ……」
姉、さらにうっとりしないでください。
皇妃様はずっと無言だけど、私の髪を愛撫する指の動きが艶めかしくて、こっちもすごく恥ずかしい。
でも払いのけるわけにもいかないので、しばらくお人形となった。
やがて皇妃様が指を離してくれる。
「ごめんなさいね。あまりの心地よさに、つい夢中で堪能してしまったわ。そろそろ席に戻りますよ、アリーシャ」
「はい、お母さま。素晴らしい髪でしたわ、精霊さん」
「あはは。どうもです」
やっと開放されたところで食事開始。
出てきたのは、予想していた通りの、いや、予想を超えるほどに豪華な宮廷料理の数々だった。
食事マナーは前世と同じだったので、安心して堪能できた。
前世では高級レストランなんて行ったこともない私だけど、食事マナーだけはそれなりに知っていた。
見栄っ張りのエリカとよくやっていたのだ。
なんちゃってフルコースを準備しての、お上品なお食事ごっこ。
なんにしても、美味しかった。
生まれてよかった。
というわけで、満腹です。
「父上、食事も終わりましたので私は失礼します」
毅然と身を翻した兄が食堂から出ていく。
兄とは結局、会話もなかった。
まあ、うん。
露骨に嫌われなかっただけ、よしとしよう。
むしろセラや陛下たちは、それこそポンっと現れただけの私に、よく友好的に接してくれるものだ。
「ああ、おまえたちも、もう退出してくれて構わないぞ。クウちゃん君は少し話があるので残りなさい」
皇妃様と姉と弟くんは、私にも挨拶してくれて席を立った。
セラは残ると言い、陛下の了承をもらった。
私とセラの前に紅茶が出された。
皇帝陛下は赤い液体を口にする。
私は息を飲んでそれを見つめた。
ワイン……。
かな……?
「ところでクウちゃん君、君はこれからどうするつもりなのかな?」
「あの、質問が……」
「何かな?」
「それって、あの……えっと……」
「それとは?」
「今、陛下が口にされているものなのですが……」
「これはワインだが?」
やっぱりワインだぁ。
お酒だぁ。
ごくり。
「あのお……。美味しそうなので一口だけ……」
「クウちゃん、あれはお酒ですよ。成長が阻害されるから、子供はお酒を飲んじゃいけないんですよ?」
セラに諭される。
「セラフィーヌの言う通りだ。興味を持たせたのならすまんな」
ああ……。
ワインが片付けられて、紅茶になってしまった。
帝国の人たち、みんな倫理が高い。
…………。
……。
でも、うん。
それでいいのだ。
わかってはいるのだ。
前世の私はゲームとお酒に溺れて自堕落な生活を送っていた。
悪い意味でふわふわだった。
その結果がトラック大激突だった。
でも今は、よい意味で、ふわふわできるのだ。
ふわふわしていこう。
お酒は駄目です。
精霊としての仕事を、よい意味でのふわふわを、見事にやり遂げよう。
「セラ、私やるよ。頑張る」
私は、セラの手を取った。
「はい」
セラは力強くうなずいてくれた。
「頑張ってふわふわする」
「はいっ! 頑張ってふわふわしてくださいっ!」
「ありがとう、セラ」
「クウちゃんっ!」
「セラっ!」
私はふわふわを、今、セラに誓った。