697 ユイとの話
「それなら私がユイナちゃんになろうか?」
「え? なんで?」
お買い物の翌朝、私は聖都にあるユイの家に行った。
ユイは多忙だけど朝なら家にいる。
なので、用がある時は、朝食の時間というのがお約束になっていた。
で――。
まずは御前試合の話をして――。
代表者を出すことには快く了承してもらって――。
まあ、うん。
そもそもゼノとリトの「どちらがニンゲンを上手に育成できるか」という喧嘩が発端なんだし、当然なんだけども――。
ユイも来れそうなら見学に来るということになった。
その後は、お土産を渡したり、旅の話をした。
最後に……。
アリスちゃんのところにセラが行けないって言って残念だったぁ。
なんて、昨日のことを話したところ――。
ユイナちゃんが来ると言うのだった。
「闇の魔力の保有者とは、クウから話を聞くだけじゃなくて、一度は会っておくべきだと思うし。ほら私、最近、闇の力と邪悪の力は別のものって、よくみんなの前で説いているでしょ」
そう。
ユイは地道に、闇の力の偏見改善に協力してくれていた。
世間では、闇の力と邪悪の力は、まったく同じものだと認識されている。
でも、実際には違う。
闇の力は、あくまでこの世界にある自然の力だ。
邪悪の力は、別世界から引き込まれて、ただ純粋にこの世界に破滅や混沌を招こうとする力だ。
もちろん、闇の力が安全というわけではない。
だけど、正しい認識は持ってほしいし、闇の力の持ち主をそれだけで迫害するのはやめてほしい。
迫害する前に、連絡を。
暴走する前に、保護を。
ユイには、そんなことを言ってもらっている。
闇の力の持ち主は、光の力の持ち主と同様にレアなので、今のところ連絡はなにもないそうだけど。
「だから、いい機会だと思うの。私も仲良くなりたいし」
「そういうことなら、ぜひお願いします。リト、どう? お昼の2時間程度なら抜けても大丈夫だよね?」
「え」
なぜかユイが変な声をあげた。
「え?」
ちがうの?
と思ったら、ちがった。
「だってー! 8月に入ったら私、ずっと修羅場だよー! 最後に息抜きくらいさせてくれてもいいよねー! マリエちゃんにも会いたいよー! あと、姫様ロールも食べたいしー!」
「息抜きなら、学院祭でしたよね?」
「クウなんてバカンスに行ってたんでしょー! 私、行ってないよー! 私だけ悲しいでしょー!」
「……まあ、うん。私はいいけど」
私はちらりと、さっきから妙に静かにご飯を食べているリトを見た。
私が視線を向けると、リトは箸を置いて――。
「ユイは最近、ストレスいっぱいなのです。リトはユイのためなら、いくらでもモフモフさせてあげるのですが……。ここはひとつ、マリエの力を借りてもいいかも知れないとは思うのです」
ふむ。
マリエ、いつの間にか光の大精霊からも認められているね。
まあ、でも、リトがいいならいいや。
話は決まった。
「で、ユイ」
「ん?」
「実は私、遊びの話ばかりをするために来たんじゃなくてね。真面目に聞いておきたいこともあってさ」
「もしかして、トリスティンのこと? それともナオのこと?」
「両方」
「帝国には、どれくらい伝わっているの?」
「私のところには全然だよー」
「わかった。いいよ。私も話そうかなーと思っていたし」
「リトはお片付けをするのです。2人は話しているといいのです」
食べおえた食器をリトが運んでいく。
ふむ。
今日のリトは、やけにいい子だね。
珍しい。
「まず、トリスティンのことだけどさぁ……。なんかいきなり、私のところに謎の抗議が来て驚いたよ」
「あはは。ごめんよ」
ソードが権力者2人を玉座に置いて行った件ですよね。
わかります。
「無実の者たちに罪を着せるとは何事か、説明を求める、ってねー」
「えっと。どう返事したの?」
「ちゃんと調べてみなさいって追い返したよ。クウが旅から帰ってきて話を聞くまでは何も言えないし」
しかし、あの2人。
商人のエチ・ゴーヤに侯爵家次期当主のイイヒト・キドリー。
ダンジョンに放置して完全に心が折れたかと思いきや、安全な王城に移動して意気を取り戻したか。
とりあえずユイには事情を話しておいた。
まあ、あいつらの組織は完膚なきまでに叩き潰した。
簡単に再生することはできないはずだ。
それに、すっかり善人になった第一王子がちゃんと調査すれば、事実は簡単に判明するだろう。
「あと、ナオのことなんだけどね……。帝国にも近い内、いろんな噂が届くとは思うんだけどね……」
「なにかあったの?」
ユイの声が沈んだので、私は心配になった。
「うん。トリスティンの第一王子が、ナオたちとの条約締結を行う大切な式典の前に控室で殺されちゃってね――」
「ええええっ!?」
「殺されたけど平気ではあったよ。エリカのところから見届人として来ていた古代竜のエンナージスさんが、駆けつけて蘇生魔法を使ってくれたの」
「それならよかったけど……」
とんでもないことが起きていたんだねえ……。
「それで、ユイ。犯人は誰だったの?」
「返還予定の土地を治めていた大貴族の息子さんだったみたい」
「あー。返還に反対で?」
「ううん。そうわけでは――。ないみたいで――」
「どうしたの?」
「突然、正気を失くして暴れたらしくって――。人間側が言うには、これは獣人側の仕組んだ陰謀だって」
「……本当のところは判明しているの?」
「エンナージスさんからの報告では、悪魔の仕業だって。邪悪な力の痕跡が息子さんから確認されたみたい」
「事前にわからなかったんだ?」
「残念だけど、これから和平を結ぼうとしている相手の貴族に対して、精密な検査なんて出来ないよ」
「それは、そうだねえ……」
「第一王子は冷静な対応を求めたらしいよ。それに、息子さんの父親であるヘルハイン卿も。だけど、まわりの人間の声が大きくて、そのまま条約を結ぶのはとても無理になっちゃったみたい」
「そかー」
「結局、物別れにおわって――。そのまま開戦というか――。獣人軍による旧領奪還が開始されたみたい」
「……ああ、ついに始まったんだねえ」
ナオたちが辺境に砦を築いてから、すでに半年以上が過ぎている。
獣人軍の様子は見に行ったことがあるけど、血気盛んだった。
皆、復讐に燃えていた。
それをナオが懸命に抑えて、交渉していた。
その交渉が駄目になれば、もはや歯止めは利かないのだろう。
「ただ、とっくに住民の退去は始まっていたから、素直に従った人たちに被害はないみたいだよ」
「それで、ユイはどうしたの? エリカは?」
「なんにもしていないよ。静観。クウはどうするの?」
「私も、なんにもする気はないよ」
正直、私はドライだ。
これまで虐げていた者が、虐げられる側に回る。
奪っていた者が、奪われる。
年月が過ぎて、もはや略奪には無関係な人間も多いだろうけど――。
獣人を奴隷として好き勝手していたのは同じだ。
もちろん、そうじゃない人もいるだろうけど、退去するための時間は半年も与えられている。
奪還する側からすれば十分な情けだ。
「じゃあ、クウ。私たちについては、予定していた通りでいいよね。もしもナオたち獣人軍が旧領を遥かに超えて進軍してしまったら、その時には人族側として境界線だけは引かせてもらう」
「うん。その時には私とハースティオさんで止めに行くよ。連絡はリトがしてくれるんだよね」
「連絡程度の仕事ならするのです」
リトがそっけなく言う。
ああ、そうか。
リトは、人間の戦争に関わる気がないから今日は大人しいのか。
「ごめんね、リト」
ユイが謝る。
「いいのです。ユイのためなのです」
ユイはリトに更にお礼を言ってから、話を続けた。
「あとは……。悪魔の一指しが、まだあるのかどうかだけど……」
「まあ、とりあえず、これからナオのところに行って、邪悪な力の反応があれば潰してくるよ」
「行くんだっ!?」
ユイに思いっきり驚かれた。
「うん。戦争に関わる気はないけど、悪魔の種は潰すよ」




