695 クウちゃんさまの平和な1日
陛下たちとロックさんたちに旅の話をした翌日――。
朝、目が覚める。
天気は曇り。
なんだか雨が降ってきそうな気もする。
1階のお店まで降りると、いつものお店のテーブルでヒオリさんが黙々とパンと果実を食べていた。
「おはよー、ヒオリさん」
「おはようございます、店長」
朝の挨拶を交わして、一緒にパンをいただく。
「ヒオリさんは今日も学院?」
「はい。店長は、今日は他国に行く予定でしたか」
「ううん。昨日のお茶会が長引いちゃってさー、今日はお買い物」
お腹いっぱいになって、少しのんびりした後、ヒオリさんと一緒に家を出る。
広場でお別れして、私は1人――。
今日はお買い物だけど――。
まずは、普段は行かない場所に向かった。
どこかと言えば、精霊神教の神殿だ。
今日の私は、生まれて初めて、真摯にお祈りしたい気持ちなのだ。
とてとてなのだ。
他の信者さんたちに混じって神殿の中に入る。
礼拝堂でお祈りする。
ちゃんと、アンジェに教わった通りに真面目に祈った。
最後にはちゃんとハイカットもした。
今日の私は、「はい、カット」ではないのだ。
どこの誰に届くのかは知らないけど、とにかく笑うことなくハイカットもちゃんと真面目にした。
祈りをおえて、正面にある光の大精霊の大きな彫像――。
正確には、白く塗られたかつての闇の大精霊イスンニーナさんに、ありがとうございましたと心の中で感謝を伝える。
そう――。
私は昨夜、救われたのだ。
フォーン大司教の言葉に。
それなら本人に感謝するべきかも知れないけど、もっと広く、全体に感謝するべきだと思ったのだ。
だからここに来た。
祈りおえた後は、オダウェル商会に行った。
私が事務所に行くと――。
私は、けっこう顔パス状態になっていて、すぐに奥から、ドタドタとウェルダンが走ってきた。
「これは、姫――」
「よー! ウェルダン! 生きてるかー!」
「はんっ。何の用だ、クソガキ」
思わず丁寧にしゃべりかけたウェルダンに手を振ると――。
うむ。
いつも通りの言葉に戻った。
「オダンさんは?」
「オダンは、今日は家族と過ごす日だ。用なら私が聞いてやる」
「実は、食料の発注がしたくて」
「ほほお」
奥の個室に通された。
「――それで、何がどれくらいほしいんだ?」
「そうだねえ……。まずは、オダウェル商会って、小麦粉とか野菜とか、普通の食材はあると思うけど……。加えて、パンとか屋台料理なんかの、手軽に食べられるものも揃えることはできる?」
「もちろんできるぞ。我らが商会は、食品の総合商社なのだからな」
「じゃあ、食材と料理を、合わせて金貨千枚分お願い」
「は?」
「はい、これ」
どんっ!
と、金貨千枚が入った木箱をテーブルの上に置いた。
蓋を開けて、中を見てもらう。
「本物でしょ? じゃあ、お願いねー。一気に買いすぎると市場も混乱するだろうし、8月末くらいまでに順次揃えてくれればいいから」
「……ちょ、ちょっと待て。……金貨千枚だと」
金貨1枚が10万円くらいだから――。
約1億円分だね。
「まあまあの大金でしょー。みんなにも儲けさせてあげてねー」
「…………」
ウェルダンが硬直している。
ひたすら金貨の山を凝視していた。
「無理なら他を当たるけど……」
ウェーバーさんかラハ君か、大商会のところに。
最悪、国に。
「いや、待て! 出来る! 出来るぞ! やってやろうではないか! オダウェル商会の総力を上げて、金貨千枚分の食料! 揃えてやろうではないか! 期限は8月の末までなのだな!?」
「うん。ゆっくりでいいよー。料理は集めた分から工房に持ってきてー」
ヒオリさんに保存の水魔術をかけてもらえば、私がいなくても、しばらく料理が劣化することはない。
食材は、毎週末に私が取りに行くことで決まった。
商会の倉庫にためておいてもらう。
保存の効かないものは、料理と一緒に工房に持ってきてもらう。
料理と食材の内容はお任せした。
オダンさんもいるのだ。
よほど変なことにはならないだろう。
「わかった! やってやる! やってやるぞぉぉぉぉ!」
「うん。おねがいー」
さあ、次に行こう。
と思ったら引き止められた。
「おい、待て! 契約書はどうする! それに金を持っていけ!」
「契約書はめんどいからいいやー。あとお金は前払いでいいよー。それ、千枚はあると思うからー。足りなかったら取りに来てー。多かったら、めんどいしそっちの取り分でいいよー」
「また適当なことを! いいか、商売というのはだな!」
「もー。いいよー。信用してるからー」
ウェルダンとオダンさんに騙されたら、まあ、しょうがないよね。
私も諦めるよ。
「……まあ、いい。では、任せておけ」
「うん。おねがいー」
次に私は、姫様ドッグのお店に行った。
まだ午前なのに、すでにけっこうお客さんが来ている。
相変わらずの人気店だ。
「これは姫様! ようこそおいでくださりました!」
「おはようございまーす、おじさん」
すぐに店長さんが来てくれた。
ブリジットさんのお父さんだ。
ロックさんとブリジットさんはいなかった。
聞いてみたら、なんと、ダンジョン攻略に行くので、今日からその準備を始めるのだそうだ。
昨日、そんな話はなかったけど。
まあ、いいか。
ロックさんたちにとってはダンジョン攻略なんて、わざわざ宣言するほどの特別なものではないだろうし。
「本当に困ったものです。いい加減に冒険者なんてやめて、店を継いでくれればいいものを――。と言いたいところですが、あいつらはSランク――。皇帝陛下に認められた英雄なんですよねえ……」
というおじさんの愚痴を聞いた後、姫様ドッグをたくさん――。
迷ったけど――。
100個にしておいた。
注文した。
「すぐに出来ます?」
「はい! いえ、すぐには無理ですが……。すぐに作らせていただきます!」
待たせてもらうことにした。
「あと、持ち帰りの心配は不要です。魔道具のバッグに収納するので」
「わかりました!」
厨房に戻ったおじさんが、従業員たちにハッパをかける。
みんな、姫様が100個の注文をくださったぞ!
心を込めて急いで作るぞー!
おー!
ふむ。
もっと注文してもよかったかなぁ……。
まぁ、いいか。
とりあえず100個あれば、当分は困らないだろう。
あと、となりのお店に行って姫様ロールも100個注文した。
こちらはすぐに出てきた。
すごいね。
100個のストックがあるなんて。
ありがたく買わせてもらって、アイテム欄に入れた。
姫様ドッグを受け取った後、私は中央広場の屋台巡りをした。
買い占めしたいところだけど――。
ここは自重して、5人分をいろいろと買った。
昼食は、その内の1つ、野菜とひき肉が入ったトルティーヤで済ませる。
ベンチに座って食べた。
今日は空模様がいまいちなのだけど――。
広場は賑わっていた。
観光客らしき人たちの姿も多い。
ぬいぐるみマートの精霊ちゃんぬいぐるみと姫様ロールは、今ではすっかり帝都土産の定番だ。
2つのお店の紙袋を手にしている人たちは多かった。
平和だ。




