693 人生の選択
「ねー。ロックさん、出てよー。お願いー」
「やーだ」
「出てくれたら、お礼に、なんかしてあげるからー」
「南下ならしてきたばかりだろうが、おまえは」
甘えたら、上手いこと言われた!
たしかにね!
「うー」
私が唇を尖らせていると……。
「ロック、出てみたら? 私もロックなら勝てると思うよ」
ブリジットさんが口添えしてくれた。
「勝っちまったら、ますます面倒くせー生活になるだろうがよー。貴族や金持ちからメシやらパーティーやらに誘われてよー。おまえだって迷惑してるだろ。Sランクすらいらねーくらいだぜ」
あー、なるほどぉ。
有名になったらなったで苦労しているのかぁ。
「負ければ楽になるかも」
「あー。なるほど。そういう考え方もあるか」
「うん」
「っても、それはそれで、なんかシャクじゃねーか?」
「ロックさんは南下なんてしてないでしょー」
すかさず私は突っ込んだ!
しかしスルーされた。
「じゃあ、勝とう?」
ブリジットさんが言った。
はいお砂糖ねー入れてあげますよー。
どぼどぼー。
加糖だけに!
と思ったけど、私は言わなかった。
「御前試合だよー。勝てば、お金とかいっぱいもらえるかもだよー」
「金なんて、前にもらいすぎて寄付したが?」
「名誉も!」
「いらねー」
「うう」
次に思い浮かんだのは……。
これだ……。
お金にする?
名誉にする?
それとも、あ・た・し?
なんのネタだぁぁぁ新婚ネタかぁぁぁぁぁ!
「いいか、クウ。俺はな、ここまでの人生、走り続けてきた。一度は足の自由を無くして冒険者も引退した。だが、奇跡みたいな――、いや、奇跡か。奇跡の祝福のおかげで再起して、ついに上り詰めた」
ビールを飲みつつ、ロックさんがしみじみと語る。
「俺も今、いろいろと考えているんだよ、人生をな」
「姫様ドッグのお店をやっていくとか?」
私はたずねた。
「それもアリだな」
ビールをどんどん飲みつつ、ロックさんがしみじみとうなずく。
ふむ。
つまり、アレか。
私はブリジットさんのことを見た。
ブリジットさんは、深くフードをかぶって「くくく」と笑う姿を見れば思い切り怪しい人だ。
だけど、その中身は――。
たしかに愉快な人だけど、優しくて仕事も出来る女の子。
私は大好きだ。
それにロックさんとは生まれた時から一緒にいる。
今でも、冒険も仕事も、ずっと一緒だ。
「そかー」
ロックさんもついに、決意したのか。
「おめでとう、ブリジットさん」
「ありがとう、クウちゃん?」
「ん? どうした、おまえら? なにか良い事あったのか?」
「……いや、だって、ロックさん。ついにブリジットさんと結婚してお店をやることにしたんだよね?」
「はぁ!?」
「え」
「え、ってなんだ!」
「ちがうの?」
今の話は、私が唐突に思いついたわけではなくて――。
前々から、ブリジットさんのお父さんで姫様ドッグの店長というか今では立派な社長さんか――。
が、言っていたことだ。
おまえらは、いい加減に結婚して、腰を落ち着けて、店を継げ、と。
「ちげーよ!」
「でも、姫様ドッグのお店をやるって、そういうことだよね?」
「う」
「う、ってなぁに?」
聞きつつ、私は理解してしまった。
「……まったくしょうがないなぁ、ロックさんは」
どうやら、まだヘタれているらしい。
「ならさ、私がチャンスをあげるよ。こういうのはどう?」
「どうって、なんだよ?」
「今度の試合で優勝したら結婚とか」
我ながら名案だ。
「はぁ!?」
「ねえ、ブリジットさんはどう思う?」
「クウちゃん」
「うんっ!」
「くう?」
ソーセージありがとうございます!
ぱくっ!
もぐもぐ。
うん。
やっぱり『陽気な白猫亭』のソーセージは最高だねっ!
「おい、ビディ。おまえ、こいつが何言ったかわかって――」
「ロックもくう?」
「お、おう」
ロックさんも、もぐもぐ。
「よし! 決まりだねっ! ロックさん、がんばれー!」
「勝手に決めるんじゃねーよ!」
「登録は私がしといてあげるねー。あ、試合は9月の5日を予定しているから前後は仕事入れちゃ駄目だよー」
「おい。クウ! 人の話を聞け!」
「あははー」
「笑ってんじゃねーぞ!」
「もー、ロックさん。たしかに国の精鋭は強いけどロックさんだって強い。そんなにビビんなくてもいいってー」
「はぁ!? ビビってねーだろうが!」
「あははー」
「ロック。ソーセージ、もう一本いっとく?」
叫ぶロックさんに、ブリジットさんがソーセージを差し出す。
「ビディ……。おまえなぁ……」
ロックさんは抵抗するのを諦めたようだ。
ぐいっとビールを飲み干すと、
「メアリーちゃん! おかわり!」
ヤケクソのように叫んで、さらなるお酒を注文した。
その後は、いつものように――。
他のお客さんに声をかけられて、他のテーブルに行ってしまった。
幸いにも、というか。
先程の会話は、他の人には聞かれていなかった。
店内は、とっくに大賑わいだ。
と思ったら、いくらか聞かれていたようで――。
おまえついに結婚か!とか酔っ払いにからかわれて、ちげーよ!とロックさんがわめいている。
「ちなみに、ブリジットさん。えっと、よかった?」
私はふと心配になってたずねた。
「クウちゃん」
「うん」
「クウちゃんは、クウ。それ故に、それは運命。すなわちソーセージとは?」
「うんめい? おいしいってこと?」
「おい、しねるだろ。あるいは、おおいなる、いし」
「ふむ」
「どう? 今のダジャレ。正直に言うと?」
「……ちょっと強引かな? ダジャレとしては」
「そうだね。ちょっと強引だったね」
ああ、そうか。
強引かー。
私、ちょっとテンションが上がりすぎていたみたいです。
「ごめんね、余計なこと言って」
私は謝った。
「いいよ。はい、どうぞ」
「ありがとー」
ブリジットさんがソーセージをくれた。
私は食べた。
 




