691 行くべきかっ!
おわったぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!
やっと家に帰って、自分のベッドに寝転べた時には――。
午後も、すっかり遅くなっていた。
夏の盛りだけあって――。
まだ空は青いけど――。
私、クウちゃんさまは、すっかりお疲れなのです。
旅のお話は、ランチの後も続いた。
おわったと思ったら、今度はお土産の披露があって、セラがひとつひとつ説明するものだから、それもまた長引いた。
今日は大宮殿でランチの後、商品の発注に行く予定だったけど――。
今から行くには遅すぎる。
すべて、明日に順延だね。
お話では、悪魔フォグの宝箱の話も出てきてしまって――。
私はそこで大いに疲れた。
宝箱は、バルターさんに差し上げてしまった。
いいのかなぁ……。
とは思ったけど。
お酒なんて、持っていないほうがいい。
持っていなければ、飲めない。
安全なのだ。
お土産については、ゴブリンの工芸品とカメ様が人気だった。
陛下たちは、まさかゴブリンに工芸品を作るような文化があるとは、思いもしていなかったようだ。
カメ様は……。
うん。
どう見てもウニの置物なのに、カメ様として感心された。
何故だ。
だけど私は何も言わなかった。
私は大人なのだ。
そこでも疲れたけど。
本当に私は、お酒とカメ様に弱くなってしまったね……。
あとは……。
マリエが撮影した映像の鑑賞会だけど……。
私たち旅の仲間だけではなくて、陛下を始めとした多くの人たちと一緒に楽しむことになってしまった。
いいのだろうか……。
だって、さ。
私たち、砂浜で水着だったよね。
まあ、うん。
セラがいいなら、いいけど。
どんな風に映っているのか、楽しみにしておこう。
家の中は静かだ。
私、1人。
フラウは竜の里、エミリーちゃんは自宅、ヒオリさんは学院にいる。
まだお店は営業再開していない。
「どうしようかなー」
ベッドに寝転んで私は今夜のことを考える。
このまま寝ちゃう……?
疲れたし……。
でも、お腹は空いている。
なにか食べたい。
とはいえ、私のアイテム欄には、屋台料理のストックがない。
すべて南の島で出してしまった。
となれば……。
うん。
いつもの『陽気な白猫亭』にゴー!
で、決まりなんだけど……。
メアリーさんたちにも、旅の話をしたいし。
お土産もあるし。
ただ、夜の『陽気な白猫亭』には、お酒を飲んでいる人もいる。
果たして今の私が、その空気に耐えられるのだろうか。
正直、不安だ。
なので、お腹は空いているのに、迷う。
「姫様ドッグにしとこうかなー」
あそこなら、買って帰って、家で食べればいいし。
ただ、1人で食べるのは寂しい。
おしゃべりに疲れて帰ってきたはずなのに、とんだ矛盾だねっ!
「よし。行くか!」
迷っていても仕方はない。
私は強い子だ。
たぶん、世界で最強!
お酒の匂いなんかに負けるはずはないっ!
私は『透化』して3階の窓をすり抜け、帝都の空に浮かび出た。
ベッドの上でぐだぐだしている内に、すっかり夕方だった。
空が赤い。
今日も世界は美しい。
陽気な白猫亭に到着。
私は中に入った。
「あっ! クウちゃん! 久しぶりー! 帰ってきたんだ!」
「うん。ただいまー、メアリーさん」
すぐに給仕のメアリーさんが笑顔で出迎えてくれた。
まだ早い時間とあって、店内は空いていた。
今日は1人なので、私はカウンター席に座った。
お土産の、リゼント名物『カメ様まんじゅう』と『カメ様の置物』を渡すと喜んでもらえた。
メアリーさんと少しおしゃべりする。
カメ様ってなに?
と聞かれたので、教えてあげた。
「カメ様だけど、ウニみたいだよねー」
なんて私は笑ったけど――。
「南の海の主様なのよねえ。置物でも威厳があってすごいわね。まんじゅうなんて食べるのが恐れ多いくらい」
はい。
相手にされませんでした。
いいんだけどねっ!
カメ様がカメ様なのは、なんていうか事実なんだし!
「クウちゃん発見」
そこに抜群のタイミングで、ローブに身を包んだ冒険者スタイルのブリジットさんが現れた。
続けて、ラフな私服姿のロックさんが店に入ってきた。
「よ! クウ! 相変わらず元気そうだな!」
「やっほー」
私は2人に手を振って答えた。
「そろそろ来ると思って、早めに見に来て正解だったな」
「クウちゃん、一緒に食べよう」
「うんっ! ブリジットさん!」
誘われて、テーブル席に移る。
最初は楽しい時間だった。
話題は、なんといっても、ネミエの町でのワイバーンのことだ。
ロックさんたちにもお土産を渡した。
カメ様は、やっぱりカメ様で、ウニではなかったけど、もうそれについては私は気にしない。
これでも私は大人なのだ。
本当は、お酒だって飲める年齢なのだ。
そして。
メアリーさんが食べ物を持ってきてくれる。
芋とソーセージ。
定番だけど、美味しそうだ。
「メアリーちゃん! 酒! とりあえずビールで頼むわ!」
ロックさんが言う。
「もう飲むんだ? まだ日は暮れてないよ?」
メアリーさんが首をひねる。
「いいのいいの! 今日は早くも盛り上がってるからな!」
「そうだね。わかった。持ってくるね」
メアリーさんはあっさりと、注文を受け付けた。
私は息を呑んだ。
試練の時が、来たのだ……。




