689 閑話・皇帝ハイセルは旅の話を聞く 3
セラフィーヌの旅の話は、さらに続いていく。
俺、ハイセルは妻のアイネーシア、娘のアリーシャと共に、その奇想天外な旅の話を聞いていた。
が……。
「お姉さま、また太りますよ」
「今日だけは、わたくし、ヤケ食いですわっ!」
アリーシャは、ケーキのヤケ食いを俺達の前で堂々と始めていた。
パクパクと、よくもまあ……。
アイネーシアは、知らぬ顔で紅茶を口にしている。
クウが注意しても聞く耳を持たない。
俺も放っておくことにした。
「さあ、セラフィーヌ。リゼントを出てからの話をしてくれ」
「あ、はい……」
何しろ旅の話はここからが本番だ。
リゼントを出たセラフィーヌ達は、再び古代竜フラウニールの翼を借りて今度は海を南へと渡る。
南の遠洋は、ほとんど開拓の進んでいないエリアだ。
南の遠洋には、凶悪で巨大な魔物たちが縄張りを築いている。
彼らは、小型の船舶なら見逃すこともあるが、縄張りに侵入した大型船には確実に攻撃を仕掛けてくる。
海中の魔物を船上で討伐することは、ほとんど不可能だ。
故に、南洋は閉ざされ、その海に先に存在するというオークの大帝国との国交も成立していない。
極稀に、小型船に乗った商人や冒険者が、ほとんど遭難のような状態でやってくるだけだ。
そんな南の遠洋も――。
精霊と古代竜にかかれば、ただのバカンスの通り道だ。
「そうして見つけたんですっ! 本当に綺麗な、まるでエメラルドのように輝いた海の中に、環状の島々をっ! ですが……」
「早々に問題があったのか?」
「はい。実は、真ん中の島に、魔物の大群がいたんです」
言って、セラフィーヌは尊敬の眼差しをクウに向けた。
またクウが、何かやらかしたのだろう。
「わたくしは、遠間から見ただけだったのですが、空が赤く染まって、神話の世界から現れたような巨大な炎の鳥が翼を広げて――。大気を震わせる咆哮が世界に響き渡ったんです」
「あはは。綺麗だったでしょー」
なるほど、クウの魔法か。
「さすがはクウちゃんと言わざるを得ませんでした。まさにクウちゃんこそが、帝国1! 大陸1! 世界1! 南の海でさえ1番なのだと――」
「島ごと消滅させたのか?」
いつものセラフィーヌのクウ賛美が始まった。
それを遮って、俺はたずねた。
「いいえ。クウちゃんの魔法は、敵だけを射抜くものでした。島には遺跡があって、その魔物たちは、その遺跡の魔素溜まりから生まれた、ダンジョンのモンスターのような存在でした」
遺跡は、遥か太古の時代に地下墳墓として作られたものだった。
最下層には王族の墓と思えるものがあったらしい。
ただ、探索はしてこなかったそうだ。
「本当に、さすがはクウちゃんだと、わたくしはまたも言わざるを得ません。凡夫であれば宝探しに夢中になるところを、クウちゃんは、墓所に眠る人々の魂の安寧を優先したのです」
「あ、あはは。ま、まあねー」
クウの笑いは不自然なものだった。
おそらくクウは、宝探しがしたかったのだろう。
それを仲間が止めたに違いない。
「あと、わたくしも後で聞いてびっくりしたのですが、その島には、悪魔が潜んでいたらしいのですっ!」
「それは本当か?」
クウの報告にはなかったが。
「はい。そうですよね、クウちゃん? クウちゃんの魔法で、魔物と一緒に消えたのですよね?」
「えっとぉ、そ、それはぁ……。あはは」
クウのヤツが、ますます挙動不審になった。
これは、クウのヤツめ……。
忘れていたわけではなく、意図的に俺には言わなかったな……。
「そうだっ!」
と、良い意味で空気を読まないセラフィーヌが、明るく手を叩いて、さらに悪魔の話を進めた。
「悪魔が落とした宝箱があるんですよねっ! もう開けたんですか? 危険はないということでしたよね」
「え、あ。それは、うん……。一応……」
「何が入っていたんですかっ? わたくし、とても気になりますっ!」
「えっとお。それはね……」
クウのヤツが、ちらちらと俺のことを見てくる。
俺は満面の笑みでこう言ってやった。
「悪魔の宝箱、面白いではないか。何が入っていたんだ?」
「それは……。お酒……でしたけど……」
「なーんだ。そんなものですかぁ」
セラフィーヌが落胆して肩の力を落とす。
しかし、俺には腑に落ちない。
たかが酒のことで、何故、クウはこうも挙動不審になっているか。
「まさかクウ。おまえ、飲んだのか?」
俺が指摘すると――。
「え」
クウは硬直し――。
「クウちゃん! まだ未成年なのにお酒を飲んでしまったのですかっ!?」
セラフィーヌが叫んだ。
「飲んでないっ! 飲んでないからねっ! 私、お酒の誘惑なんかに、絶対に負けたりしないんだからねっ!」
クウが必死に首を横に振る。
本当にクウは、なにを必死になっているのか……。
「クウちゃん……。本当は、飲んじゃったんですか……?」
セラフィーヌが珍しく、クウのことを疑っている。
「ほらこれっ! これだからっ!」
クウが異次元収納から、見事な装飾の施された木箱を取り出して、東屋のテーブルの上に置いた。
「これは――。トリスティン王国の、王家の紋章ですね――」
装飾にはアイネーシアの言う通り、トリスティンの紋章が刻まれていた。
クウが箱を開ける。
中には、1本のブランデーと4つのグラスが入っていた。
超高級品であることは一目でわかる。
「ほら、セラ。新品でしょ! 私、お酒なんて飲まないんだからっ!」
「そうですね……。ごめんなさい、クウちゃん……。わたくしったら、クウちゃんのことを疑ってしまうなんて……」
「気にしなくていいよっ! わかってくれればっ!」
クウのテンションは妙に高い。
未だに挙動不審だ。
どうやら、まだ何か隠し事があるようだが……。
ここで、脇に控えてきたバルターが、すっと前に出てたずねる。
「クウちゃん。これを悪魔が持っていたのですか?」
「はい。そうです」
「では、そこにいた悪魔は、トリスティン王国とつながりのある悪魔だということでしょうか」
「それについては、ハッキリとしなくて。この宝箱、私の鑑定だと悪魔フォグの宝箱っていう名前が出てくるので……。多分、私たちが追いかけていた闇に囁く者だと思うんですけど……」
「だとすれば、一安心ですな」
「でも、これしか証拠がないので、断言はできません」
「この箱やブランデーには、呪いの類は?」
バルターがたずねる。
するとクウは、一瞬、怯えるように肩を震わせた。
ただ、その後に出てきた言葉は――。
「ありません。私が念入りに調べて、ゼノとフラウも念入りに調べて、さらにヒオリさんが調べても、それでも何もなかったので」
というものだった。
「では、よろしければ、これを我々に預けては頂けませんでしょうか。出どころを調べれば何かわかるかも知れません」
「いいですよ。預けるというか、差し上げます」
「宜しいのですか?」
「はい。私、お酒なんて、持っていたくなかったですし。セラ、私はお酒なんて飲まないんだからね」
「ごめんなさい、クウちゃん。疑ってしまって」
「ううん。わかってくれればいいの」
「はいっ! わかりましたっ!」
「ありがとう、セラ」
「クウちゃんっ!」
クウとセラが、手を取り合って和解する。
悪魔の宝箱については、バルターの指示で、給仕の1人がテーブルからワゴンの上へと載せ替えた。
さて――。
今は楽しく旅の話を聞く時間だ。
追及や説教はやめておこう。
「セラフィーヌ、それで、おまえたちはその島々を滞在先に選んだのか?」
俺は話の続きを促した。




