687 閑話・皇帝ハイセルは旅の話を聞く
「――というわけで、こちらが港湾都市リゼントのキアードくんから預かってきた報告書になります」
「うむ。ご苦労だったな」
クウから報告書を受け取って、俺はテーブルに置いた。
俺、ハイセルは今、大宮殿の執務室で、旅から帰ってきたクウから楽しく語るべきではない報告を受けている。
楽しい話は、あとで家族と共に聞く予定だ。
「しかし……。またもや悪魔が出ていたとは……。しかも海賊を率いていたとは驚くべき話ですな……」
脇で話を聞いていたバルターが、驚きを隠さずにつぶやく。
「私もびっくりしましたよー」
クウが同意する。
「……その悪魔は、アヤシーナ商会の生き残りが、己の命と復讐心とで、呼び出したのですよね?」
「はい。そうみたいです。私は正直、そのあたりは全然詳しくないので断言はできませんけど、ゼノがそう言っていました」
「それならば、真実なのでしょう。防ぐ手立てはあるのでしょうか」
「んー。難しいですよねえ」
クウが顔をしかめる。
たしかに、難しい問題と言えるだろう。
生贄や儀式を必要とするトリスティンで行われていたような悪魔召喚であれば察知も可能だろうが――。
「現状は、そんな方法があることを広めないこと、ですかねえ」
クウが言う。
「そうですな……。それが第一でしょうか……」
バルターはそれに同意してから、話を進めた。
「あと、その海賊組織を裏で支援していたトリスティンの貴族と商人は、同国の玉座に置いてきた、いうことなのですね」
「はい。置いてきました」
バルターの問いかけに、クウはあっけらかんと答える。
笑っていい話ではないが、笑える話だ。
トリスティンの王城では、いったい、どのような騒ぎになったことか。
しばらくすれば報告も来るだろうが、何しろ山脈の向こう側でのことなのですぐにはわからない。
「あ、どうなったかについては、明日、ユイのところに行くので、わかったらまた報告しますね」
「うむ。それは助かる。待っているぞ」
「リゼントでの後日談については、報告書でお願いします」
「緊急の要項はないのだよな?」
「そういう話は、向こうではありませんでしたよ」
「わかった。ならば、これについては、夜にでも読ませてもらおう。今日はこれから楽しい話も聞きたいからな」
セラフィーヌは、クウと一緒に話すと言って、今朝は、もったいぶって教えてくれなかったが――。
様子から察するに、今回も奇想天外な旅だったのだろう。
「ご苦労だったな、クウ。あとはしばらくセラフィーヌと遊んでいてくれ。時間が来たら呼びに行かせる」
「あ、えっと」
「どうした? まだ何かあるのか?」
「あ、いえ……。というか、あはは」
明らかに挙動不審にクウが笑った。
「……どうした?」
「実は、宝箱……。あ、ううん! 宝物……。あ、えっと。そうそう! ゴブリンとリザードマンの宝物! 楽しみにしててくださいねっ! じゃあ、セラのところに行ってきまーす!」
わざとらしく敬礼して、クウは行ってしまった。
「……なあ、バルター。最後のあの動揺っぷりは何だったんだ?」
俺はバルターにたずねる。
「セラフィーヌ殿下から口止めされていることをしゃべってしまいそうになったのかも知れませんな」
「ああ、そういうことか」
旅の話題の肝によるようなことを、うっかり言いかけたか。
「そういえばセラフィーヌも、異種族から色々もらったと言っていたな」
「どんなものか楽しみですな」
「まったくだ」
俺はバルターと笑い合った。
本当に我が娘は、どんな旅をしてきたのか。
その後は、いつも通りの執務を行い、正午の近づいたところでランチを取るために奥庭園に向かった。
今日のランチは、庭園の東屋で取る。
開放的な雰囲気の中で、より楽しく旅の話を聞こうという算段だ。
参加するのは、俺と妻のアイネーシア。
長女のアリーシャ。
あとは、クウとセラフィーヌ。
2人の息子、カイストとナルタスは不参加だ。
2人は今日、青年貴族達の馬術会に出ている。
「ほんとーっに! すごい旅だったんですよ! 去年の旅もすごかったけど今年の方がもっとすごかったんです!」
話は主にセラフィーヌが進めた。
ネミエの町でSランク冒険者ロック・バロットと打ち合い、まるで相手にされなくて悔しかったという話から始まって――。
ネミエでは、ワイバーンの背にまたがって、空も飛んだという。
その話については、すでに報告を受けていたが――。
改めて聞いても信じられない話だ。
クウは、話をするのはセラに任せながら、笑顔でサンドイッチを食べていた。
そんなクウにアリーシャが無邪気にたずねた。
「ねえ、クウちゃん。わたくしも、魔物と仲良くすることは可能なのかしら?」
「問答無用で襲われるだけだと思いますよー」
「そうですか……」
「セラの話に出てきたワイバーンくんだって、私たちがいなければロックさんたちに討伐されていましたよ」
「そうですよねえ……。そう思うと、なんだか複雑です」
セラがため息をつく。
「まあ、それは仕方ないんだけどね。不幸な事故だったとしても、あの子は人間の領域に近づきすぎたわけだし」
「それは……。そうかも知れませんけど……」
「ところでクウ、セラフィーヌを軽くあしらったというロック・バロットは、やはり強いのか?」
空気が重くなりそうだったので、俺は話を変えた。
今は楽しい話をする時間だ。
「強いですよー! ロックさんは私が認めた剣士ですから! ロックさんなら、ユイのところの聖騎士やエリカのところのメイドにも勝てると思いますよ」
クウが明るい笑顔で返事をしてくる。
「それほどなのか。それは一度、見せてもらいたいところだな」
「御前試合ってやつですか? 面白そうですねー。そうだ! なら夏がおわったら対抗戦とかどうですか? ちょうど『黒騎士』と『ホーリー・シールド』がぶつかるから丁度いいですよね。ついでに『ローズ・レイピア』も呼んで、どこの隊員が1番強いのか見てみましょう」
クウのヤツが、また思いつきでとんでもないことを言い出した。
確かに、闇の大精霊と光の大精霊の喧嘩で――。
それぞれが鍛えた『黒騎士』と『ホーリー・シールド』は、9月の始めに試合することが決まっているが……。
「クウ君よ、ロック・バロットはどこへ行った?」
「あ、そうですね……。それだとロックさんの出番がないか。あ、なら、一対一のトーナメントにしちゃえばどうですか?」
「ふむ。面白いかもしれんが……」
俺が検討していると、アイネーシアが肯定してきた。
「貴方、ぜひやってみましょう。わたくしも、噂に名高い他国の精鋭の力を見てみたいですわ」
「しかし、無様に負ければ恥となるぞ……」
「心配ありませんわよね、クウちゃん。ゼノリナータ様が、万全の自信を持って鍛えてくださるのですよね」
「そうですね。ゼノがやると言っているんだから、やると思います。それに帝国にはロックさんがいますし。あと、出るのは一般隊員ってことにすれば負けてもそんなに名誉は傷つかないですよね。ソードとかセイバーとか、黒騎士の隊長クラスとかハースティオさんはなしってことで。なんというか、真剣勝負だけど交流も兼ねているって感じで」
珍しく俺は、クウの言葉に説得力を感じた。
ならば、一興か。
「他国への話は付けてくれるのだよな?」
「はいっ! ユイとエリカに言っておくので、任せてください! 9月の5日くらいはどうですか? 御前試合!」
「よかろう。ただ、御前試合というからには、剣と剣との勝負で頼むぞ。それが伝統というものだ」
「わかりましたー! 剣のみですねー!」
こうしてあっさりと、御前試合の開催が決まった。
実現するかはさておき……。
と言いたいところだが、クウのやつが大乗り気なのだから、聖国と王国は参加してくるのだろう――。




