68 帝都の夜の戦い
裏路地に入ると禍々しい黒いモヤが立ち込めていた。
その中から唸り声が聞こえる。
「……う」
思わず身じろいだ。
黒い泥の広がった地面から、モヤの中に、イソギンチャクの触手みたいにうねりながら何かが湧き出ようとしている。
なに……。
これ……。
私はすぐに気づいた。
それは、何体もの腐乱した人間の死体だった。
ゾンビだ。
「ライトニングボルト!」
反射的にレベル30黒魔法を放った。
迸った稲妻が、蠢く死肉を一瞬で撃ち砕いて周囲に撒き散らす。
ぺちゃり。
飛んできた肉片が私の頬についた。
「…………」
ついた。
それを理解すると同時に、私の中で時間が止まる。
まずは冷静に。
アイテム欄からハンカチを取り出す。
ただひたすらに落ち着いて、肉片を丁寧に拭う。
ハンカチを振って肉片を捨てた。
ハンカチをアイテム欄にしまう。
アイテム欄にしまえば、ついてしまった汚れは落ちるはずだ。
「ふう」
そこで時間が戻った。
「ディスインテグレイト! ディスインテグレイト! ディスインテグレイト! ディスインテグレイト! ディスインテグレイト! ディスインテグレイト! ディスインテグレイト! ディスインテグレイト!」
すべてのゾンビをレベル100黒魔法のディスインテグレイト――対象の一体を崩壊させる無属性攻撃魔法――で、ただの砂に変えた。
最後に巨大な骨のかたまりが出てこようとしたけど、そいつも問答無用で崩壊させて砂の山にしてやった。
「ふう」
静かになったところで、ようやく理性が戻ってきた。
いかんいかん。
恐怖のあまり狂乱してしまった。
戦闘は終了している。
ソウルスロットの変更が可能になっていた。
目の前には砂の山だけがあった。
その下にあるはずの黒い沼はどうなっているのだろう。
気になるので、緑魔法を銀魔法に変えて、重力操作で砂の山を持ち上げた。
黒い沼はもうなかった。
とはいえ、黒い跡が地面には残っている。
砂を脇にどけた。
銀魔法を白魔法に変えてリムーブカース。
あと、ディスペル。
呪いと魔法効果を除去して、地面は元通り綺麗になった。
よかった。
魔力感知で確かめても反応はない。
これでオーケーだろう。
私は『浮遊』して深夜の空に浮き上がった。
敵感知の索敵範囲を帝都全体にまで広げて、眼下に目を向ける。
敵感知に反応は――ある。
あと4つ。
いったい、本当に何が起きているのか。
アンデッドモンスターが溢れては大変なので『飛行』で急いで向かった。
ソウルスロットは銀魔法、白魔法、敵感知。
武技も黒魔法もセットしていないけど、敵はアンデッドのようだし、白魔法で対処できるだろう。
念の為、手には『アストラル・ルーラー』を持っておく。
青い光は目立つけど、非常事態だからバルターさんも許してくれるよね。
1箇所目。
ローブ姿のおじいさんが裏路地を夢遊病者のように歩いていた。
リムーブカースをかけると、首輪の宝石が砕け、崩れるように倒れた。
「おっと」
横から支えてあげた。
おじいさんの手から小瓶が転がり落ちる。
小瓶が割れた。
黒いぬめぬめとした液体が広がる。
おじいさんを抱えて、慌てて『浮遊』した。
液体には、リムーブカースとディスペルの魔法をかける。
「ふう。びっくりした」
驚いたけど、黒い沼は消滅した。
着地して、首輪を回収して、おじいさんに回復魔法をかける。
無事に目覚めてくれた。
よかった。
詳しい話を聞いている余裕はないので、できるだけ早急に衛兵のところに行って事件を伝えてほしいとお願いする。
身バレは避けたいのでフードで顔を隠しながら会話した。
次の場所ではスケルトンが湧いていた。
尻もちをついた5人の若者が襲われようとしている。
貴族の坊ちゃまたちだろうか。
全員が帯剣していて、仕立てのよい服を着崩していて、明らかにイキっているのに情けない姿だった。
怯えるばかりで剣を抜くことすらできていない。
「ターンアンデッド」
スケルトンは、すべて浄化させた。
地面も綺麗にする。
「君たち、怪我は?」
ここでも顔を見られないように、できるだけフードごしに話しかける。
「……な、ないけどよ」
「ふーん。じゃ」
次の現場に向かおうと飛行したところで、静止。
彼ら、いかにも庶民に迷惑をかけていそうな雰囲気があるんだよね。
せっかくの機会だ。
吊り橋効果を期待して改心させてみよう。
「――君たち、闇に近いよ? このままだと、君たちもああなって、次は君たちを斬ることになるね」
空中から『アストラル・ルーラー』の切っ先を向けて、顔はフードで隠したまま最大限に冷ややかに告げた。
「でも猶予はある。どうなりたいのか、よく考えてみるといいよ」
まあ、自分で言うのもなんですが、私は11歳の可愛い女の子。
脅したところで効果なんてないだろうけど。
若者たちの返事は待たず、私は飛び去った。
3箇所目はすぐ近くだった。
ふらふらと歩くローブ姿の男性がいた。
たぶん彼が、先程のアンデッドを呼び出したのだろう。
さくっと解呪して首輪を回収。
そして回復魔法。
正気に戻ったところで衛兵に事件のことを伝えてほしいと頼む。
次で最後。
さあ、怖くなる前に勢い任せで処理しよう。
ただ、最後のポイントは今までとは明らかにちがっていた。
お屋敷の中だ。
いかにもお金持ちが住んでいそうな建物の、3階の1室に反応がある。
とりあえず、『透化』して『浮遊』。
姿を消して、ふわふわと浮かんで窓の外に近づく。
窓にはカーテンがかかっている。
カーテンの隙間からは、わずかに光が漏れていた。
犯人がいるのだろうか。
いるのかも知れない。
銀魔法を小剣武技に変えて、強敵がいても対応できるようにする。
おそるおそる、窓をすり抜けた。
「嗚呼、ユイ様!
ご覧いただけますか、ユイ様!
我が聖女よ!
遂に、愚かな者共に目にものを見せてやることができますぞ!
精霊の祝福など――
ユイ様以外には決して誰にも与えられぬもの!
偽りの祝福に浮かれる帝都に災いを!」
白いローブに身を包んだ恰幅のいい男性が、壁に飾られた聖女ユイの肖像画に叫びつつ祈りを捧げている。
肖像画の下には祭壇があった。
祭壇に置かれた何本ものロウソクが男性の影を床に伸ばしている。
「祝福されたはずの町に、屍が徘徊する。
これほど愉快なことはありませんでしょう、ユイ様。
ふふふふふふ!
はははははは!」
彼が犯人で間違いないようだ。
ご覧いただきありがとうございましたっ!
よかったら評価とブクマもよろしくおねがいしますm(_ _)m




