679 ハイカットの真実
こんばんは、クウちゃんさまです。
結局、夕方まで寝てしまいました。
目覚めると――。
窓から差し込む光が赤かったです。
でも、おかげで、心も体も、すっきりとしました。
リビングに降りると、誰もいません。
あれ?
と思ったけど、みんなは外にいました。
夕食の準備をしていました。
火を起こしたり、肉や野菜の下ごしらえをしていました。
私は窓を開けて、声をかけた。
「やっほー」
「クウちゃんっ!」
みんな、と思ったけど……。
外にいるのは、セラとマリエとエミリーちゃんの3人だけだった。
タムとリリシーダさんの姿もない。
どうしたのかと思ったら、ヒオリさんとアンジェが別室で2人に精霊神教の儀式を教えているのだそうだ。
スオナとフラウも一緒に学んでいるらしい。
「へー。そんなことしてるんだー」
すごいね。
「すべてはクウちゃんの、深い深いお考えのままに、ですよね。クウちゃんこそがこの世界の真理なのですから」
なんかセラが、祈るようにそんなことを言った。
私の深い考えとはなんだろか。
わからないけど、まあ、うん。
私はすでに悟っているのだ。
私のふわふわの頭では、細かいことを気にしてもしょうがないと。
勢いだけでタムを巫女にするとか言っちゃって……。
正直、どうしようかと思っていたけど……。
ヒオリさんたちが上手いことしてくれるのなら、それでいい。
それでいいのです。
「そうだっ!」
しゃがんで火を起こしていたセラが、不意に立ち上がった。
そして言った。
「クウちゃん! クウちゃんを信じる教えについて、わたくし、今、とてもいい名称を思いつきました! 名付けて! マイヤ真理きょ――」
「やめようね! はいストップおしまいです!」
「え?」
「いいからいいからっ! さ、バーベキューだよね! 準備しよっ!」
セラは何を言い出すのか!
私は話を変えた!
この後は、夜のとばりの下――。
みんなで火を囲んで、肉や野菜を焼いて食べた。
と、その前に。
タムとリリシーダさんの練習も兼ねて、精霊様への祈りを捧げる。
はーい!
精霊の第1位がここにいますよー!
なんて思わず手を上げたくなるんだけど、今夜は私も、ちゃんと精霊様への祈りを捧げてみる。
最後の言葉は――。
「ハイカット」
ぷ。
負けた……。
自分で言って、自分で吹いてしまった。
「もう、クウ。お祈りは真摯にやらないと駄目よ」
アンジェには怒られたけど、こればかりはしょうがない。
だって、私、精霊だし。
だって、私、ハイカットの犯人だし。
一応、タムとリリシーダさんには――。
真剣になられすぎても困るので――。
ハイカットになんの意味もないことは、ちゃんと伝えておいた。
なにしろ、ただの「はい、カット」だし。
「え。待って、クウ。それってホントなの!?」
なぜかアンジェに驚かれたけど。
「あれ、言ってなかったっけ?」
「初めて聞いたわよ!」
「わたくしも初めて聞いたのですが……。ハイカットとは真言だとみんな信じているのですが……」
「実は、そういうのは、まったくないんだよねえ。ね、マリエ」
「クウちゃん、私に振らなくていいから!」
「え。なんで。マリエ、あの時、普通に一緒にいたよね」
なにしろ「はい、カット」の映像を撮ったのは他でもないマリエだし。
「ううー。祈りの時、私、これからどうしようー」
アンジェがずーんと落ち込む。
どうやら今まで、ハイカットを信じて真摯に祈ってきたようだ。
「……なんか、ごめんね?」
私も言いそびれちゃって。
「マリエさん。わたくし、まったく知らなかったのですけど、クウちゃんと2人でまた遊んでいたようですね」
「遊びじゃないよっ!? 普通に仕事だったから!」
「ふふ。あとで教えてくださいね」
「仕事の秘密は駄目ー! クウちゃーん! 助けてー!」
「あー、はいはい。セラ、無理やり聞き出そうとしたら駄目だからね。本当に業務上の秘密だから」
「ううー。気になりますー」
「忘れなさい。ほら、私が丹精を込めて焼いた肉串をあげるから」
肉串を渡すと、セラは静かに食べてくれた。
いい子いい子。
「みんな、本当に面白いねー」
タムが楽しそうに笑う。
タムにも、私の焼いた肉串を差し上げた。
「まあ、そんな感じだから。あんまり真剣になりすぎなくてもいいからね。適当な方が私の好みだし。それよりもタム、火は大丈夫? リザードマンは火を使わないんだよね。怖くない?」
「平気だよー。火って、熱くって、ゆらゆらしていて、面白いね」
「そかー。それはよかった。焼いた肉も美味しい?」
「うんっ! おいしいっ!」
昨夜の宴会でもそうだったけど、リザードマンは生の魚しか食べられないということはないようだ。
タムは美味しそうに肉を頬張った。
野菜も、もりもり食べた。
これはタムに、火の起こし方も教えることに――。
は、危険だからやめておくか。
教えるなら族長たち、大人の方がいいよね。
うーむ。
しかし。
私、今回、ちょっと関わり過ぎだろうか。
やりすぎている気もする。
食後、自由時間になって、マリエにこっそりとそのことを相談したら、満面の笑顔でこう言われた。
「祈れば、いいと思うよ。ハイカットって」
「マリエー」
そんな無責任なー。
と私は思わず悲鳴を上げたけど。
「なるように、なる、ということです。空気の心は、空模様。晴れても荒れても空は空として変わらないのです」
「なるほど……」
なんだかよくわからないけど、とても深い気がする!
さすがはマリエ。
「それよりクウちゃん、明日はエルフのところに行くんだよね?」
「うん。一応ね」
祝福しないといけないし。
「ふふ。楽しみにしててね」
「ん? なにを?」
「エルフの人たち、みんな、クウちゃんを大歓迎してくれると思うよ」
「もしかして、なにか仕込んだの?」
マリエは今日、エルフのところに行っていたそうだけど。
「最高の芸を仕込みました」
「へー。って、芸!?」
「うんっ! 内容は秘密だよ。明日のお楽しみ」
マリエ監修によるエルフの芸。
どんなものだろうか。
「――それはつまり、わたくしへの挑戦状ということですね。リザードマンに儀式を仕込んだ、このわたくしへの」
不敵な笑みを湛えて、ふらりとセラが現れた。
「セラ、芸と儀式はちがうものだと思うよ」
さすがに。
「いいんです。挑戦してくるのであれば、返り討ちにするだけです。マリエさん、正々堂々の芸を期待していますね」
「もちろんですっ! エルフの人たち、必死に頑張ったんです! リザードマンの人たちと同じくらいにはクウちゃんに認めてもらえるように、明日は全力で行かせてもらいますからねっ!」
おお!
マリエが燃えている!
火花が散った!
これは、すごいことになりそうだ……!




