676 伝道師セラ
大勢のリザードマンが集まった広場では、今、壇上に立ったセラがどうしてか仕切っていた。
「さあ、みなさん! いきますよ! 声を揃えて――。はいっ!」
「「「「クウちゃん様は、精霊様で1番! 世界で1番! 海でも1番! カメ様と同じで1番です!」」」」
「困った時には! はいっ!」
「「「「くうううううううう!」」」」
「クウちゃんだけにぃぃ! 素晴らしいですねっ! では、次に、踊りで祈りを捧げましょう! はいっ、くるっと回って――」
「「「「つめつめっ! がおーっ!」」」」
「よくできましたっ! カンペキですっ!」
ふむ。
つめつめ、がおー、は、私の必殺技「にくにゅう、にゃーん」からヒントを得てセラが開発したリザードマンの技だ。
なかなかに、良い完成度だと思う。
しかし……。
子供だけならわかるけど、戦士から老人まで、みんなが揃ってセラの号令で動いている光景は本気で壮観だ。
純粋にすごい。
「……ねえ、クウ」
「なぁに、アンジェ」
「ずーっと黙って見ているけど、いいの、これ? 下手すると根付くわよ」
「いやー、私ね、ふと思ってね」
私は達観していた。
「なにを?」
「もしかしたらさ、伝統って、こうやって生まれるのかなぁって」
「遊びから?」
「うん。今は遊びだとしても、繰り返す内に風習になって、文化になって、やがて伝統と呼ばれるようになるのかなぁって」
「そうね。そういうものかも知れないわね。でも、くううう、よ?」
「くううう」
私は意味もなく繰り返した。
そう。
リザードマンたちを集めて、みんなに祝福をして。
怪我人や病人を、まとめて治してあげて。
そんなことをしてあげたところ――。
完全に信仰された。
そして、セラが、やるべきことがあるというので任せたけど……。
この有様だ。
正しい信仰の仕方を、教えてあげているようだ。
「みなさん、この短い時間で、よくぞキチンとできるようになってくれました。わたくしはクウちゃんの巫女として、精霊の伝道師として、これほどの喜びを覚えたことは今までにありません。これからもクウちゃんを信じて、日々、健やかに幸せに暮らしていってください」
わー!
どんどんどん!
大声と足踏みで、リザードマンたちが大盛り上がりする。
それこそ広場が震えていた。
すごいね。
「では最後に、もう一度。みんなで儀式を行いましょう」
おおー!
もう一度、一連の叫びを繰り返して。
セラの伝道はおわった。
「おわりましたー」
セラがにこやかに、舞台の脇にいた私たちのところに戻ってくる。
「お疲れさまー」
「……ホント、よくやったと思うわ」
「えへ。がんばりましたー。やはりクウちゃんの素晴らしさは、正しい形で伝えなくてはいけませんよねっ!」
アンジェの言葉には皮肉があったけど、セラは気にしない。
強い子だ。
「セラさま、すごかった! タム、感動しました!」
「ふふ。タムちゃんは、わたくしと同じ巫女になるんですから、ちゃんと覚えて出来るようになるんですよー」
「はいっ!」
ふむ。
いつの間にか、そういうことになっていた。
「タム、頑張るんだぞ。おまえは精霊様に選ばれたのだ。ちゃんと儀式を覚えて立派な巫女になるんだぞ」
族長も大いにその気だった。
ふむ。
完全に達観していた私ではございますが、これはアカン気がする。
だって、うん。
ねえ……。
よし!
「じゃあ、次はアンジェの番ね」
「え? 私!?」
「さ、行こ」
私はアンジェの手を取って、舞台に上がった。
私が姿を見せると、さらに大きくリザードマンたちの声が上がった。
なんか、いいね。
アイドルの気分がわかるというものだ。
「えー。みなさん、儀式は楽しんでくれましたか?」
「「「「おー!」」」」
どんどん!
どんどん!
興奮の足踏みで地面が揺れるっ!
「今、伝道師セラが見せたのは、お祭りの時の儀式です。新年とか、なにか特別な時にやってあげてください。そして、次にお見せするのは普段の儀式です。では伝道師アンジェ、お願いします」
「……ねえ、クウ。……私にどうしろと?」
アンジェが小声で聞いてくる。
「……精霊神教の祈り、アンジェなら出来るよね?」
「それは出来るけど……」
「それ、やってあげて」
「……それでいいの?」
「うん。さすがにさ、さっきのを毎日とか、ちょっとアレでしょ」
「まあ、ね……。わかったわ」
「お願い」
というわけで。
大陸で普通に行われている祈りを、アンジェが披露した。
最後の言葉はもちろん――。
「――ハイカット」
はい、カット。
今から一年前、逃げ出したユイをフォローする為、聖都の夜空にそれっぽい映像を浮かべた時に――。
間違えて、最後に入っちゃってた私の言葉だ。
今となっては、懐かしさしかないね。
私は気にしないことにした。
なぜならハイカットは、すでに祈りの〆の言葉として定着して、普通に帝国でも使われている。
今更否定すれば、さらに面倒になることは請け合いだ。
それにどう考えても、「つめつめ、がおー」を毎日やるよりはいい。
それだけは確信を持って言えた。
それに将来――。
もしも海を越えて私たちの大陸と交流することがあった時――。
精霊神教の正しい祈りを知っていれば、友好的に交流できる可能性はものすごく高まることだろう。
あと、タムのことは――。
この島に滞在する間、私が責任を持って預かることにした。
さすがに、無責任に放置はできない。
少ない時間だけど、精霊の友達としてちゃんとできるよう、仕込めることは仕込んでおこうと思ったのだ。
いい子だしね。
それに、なんといっても、この世界で初めて。
私以外に。
カメ様をウニ様と、ちゃんと正しく言葉に出来た子なのだ。
無下にはできない!
そして、夕方。
赤い陽射しに染まった世界の中。
タムを抱っこして、空を飛んで連れて島のロッジに戻ると……。
マリエとバッタリ出くわした。
マリエは、どこかに出かけていたのか、船で帰ってきたところだった。
エルフの集落に行っていたのかな。
何故なら船には、エルフの少女、巫女を名乗っていたリリシーダが一緒に乗っていたからだ。
「やっほー!」
私たちはマリエのそばに着地した。
ちなみにセラとアンジェは、途中までは私の銀魔法で、残り3分の1の距離から自力で飛んできた。
2人は全行程で挑戦したがったけど……。
タムがいるので、今回は確実に行かせてもらった。
「マリエ、どこ行ってたの?」
「うん。ちょっとエルフさんたちのところにね」
「そかー」
なにをしていたか知らないけど、マリエの顔は晴れ晴れとしている。
楽しい交流があったようだ。
「あ、そうだ、クウちゃん。この子なんだけど、できれば今夜、泊めてあげてもいいかなぁ?」
「えっと、エルフの巫女の子だよね」
「はい。文化交流で」
「クウちゃんさまは、エルフでも巫女を決めたの?」
タムが私にたずねてくる。
「ううんー。決めてないよ」
「あの、それはどういう……?」
リリシーダが、おそるおそるたずねてくる。
「あ、この子のこと、紹介しておくね。この子はタム。リザードマンの集落で私が巫女に任命しました」
「リザードマンが巫女!? そんな馬鹿な……。では、私は?」
「リリシーダさんは、そもそも巫女なんだよね?」
「認めては!?」
「いや、だって、私、関係ないよね」
エルフのことには。
「そ、そんな馬鹿な! いえ! 私だって、今日はマリーエ様から奥義を伝授されたのです! 認めてくださいますよね、クウ様!」
「そう言われても困るけど……」
「お願いします!」
「土下座はやめてね!? ホント困るから!」
「お願いです! お願いします!」
「じゃあ、えっと……」
私は砂の上に、たくさんの線を引いて、ウニの絵を描いた。
「これ、なんに見える?」
「はい……。カメ様……ですよね……。わかります! カメ様です! これはカメ様に違いありません!」
「んー。また今度、機会があればね……」
「そ、そんなぁぁぁぁ! 何故ですかぁぁぁぁぁぁ!」
「だって、カメ様だし……」
本当はウニ様だし……。
私が困っていると、セラがついと前に出た。
「そもそも、です。残念ですがマリエちゃんは伝道師ではありません。リリシーダさんはあきらめてください」
「あの、セラちゃん……。あと、クウちゃんも……」
ここでマリエも前に出てきた。
「なんですか、マリエさん」
セラとマリエが正面で向き合う。
「その言い方は、ちょっと可哀想だよ。シーダだって、一生懸命、クウちゃんに喜んでもらいたくて頑張っていたんだよ」
「チャンスは今、クウちゃんが与えましたよね」
「正解したよね? カメ様だよね?」
「それは……。そうですけど……。いいえっ! 正解かどうかはクウちゃんが決めることです! クウちゃんの決めたことに異議を挟むなんて、このわたくしが巫女として許しませんっ!」
「そう言うなら……。私だって、審判者だよ? 審判できるよ?」
「勝負、ですか? 望むところです!」




