67 何かが起きている
頬いっぱいに詰め込んだ食べ物を咀嚼して、ヒオリさんは水を飲む。
「それよりも、という言い方は申し訳ないのですが、某のことなのですが……」
「帰る?」
「いえ、帰りません。ただ、ずっと一文無しというわけにはいかないので週にいくらか働きに出させていただきたく思い」
「アテがあるの?」
「前に働いていた学校で講師になろうかと。それがダメなら、知人に魔術師の仕事を斡旋してもらいます」
「なるほど。いいよ」
「ありがとうございます。某の食費を差し引いても、お店にお金を入れることはできると思いますので」
「逆だよそれ」
雇っているの、私だよ。
「いえ。某、押しかけ店員ですし。それに宿泊代です」
「いらないよー」
「失礼ですが、今の経営状況では厳しいかと」
「んー。それはねえ。なんとかしたいんだけど、いいアイデアはないかな?」
やっと話が本筋に戻った。
と、思ったら、またヒオリさん、ガツガツ食べ始めた。
おいこら。
お金には困っていないけど、せっかく生きていくんだから、いろんな人と楽しくやっていきたいんだよね、私。
そのためには、やっぱりお店は、それなりに繁盛させたい。
忙しくなりすぎると気楽にできないから、それなりでいいんだけど。
セラは、自然に繁盛すると言ってくれていたけど。
「まあ、地道にやっていくかぁ」
私も夕食を取ろう。
と思ったところで常連さんがやってきた。
「きゃー! クウちゃーん! 今夜は可愛いお友だちも一緒なのねー!」
叫んで抱きついてくるのは、獣人のキャロンさんだ。
この日もお店は大いに盛り上がった。
ヒオリさんは食べまくった。
私はキャロンさんからカードゲームに誘われて、付き合い程度の軽い気持ちで参加したんだけど……。
気がつけば夢中になっていた。
メアリーさんにそろそろ帰りなさいと怒られてお店を出たのは、それなりに夜も更けた時刻だった。
お店から出て、ヒオリさんと2人で夜の大通りを歩く。
さすがに祝福当夜の賑わいはもうなかったけど、お店はたくさん開いているし歩いている人も大勢いる。
さすがは帝都の繁華街といったところだ。
「しかし、楽しかったですね。お腹もいっぱいですし、しかも美味でした。大したものですね、あのお店は」
「む。待って」
敵感知が反応した。
どこだ――。
通りの隅の暗がりを歩いてくるローブ姿の人間――!
ローブを着ているのでハッキリとはしないけど、背丈やなんとなくの体格から成人した男性だと思える。
私は自然体のまま、いつでも動けるように気持ちだけは整えておく。
ソウルスロットは緑魔法、黒魔法、敵感知。
小剣武技にして『アストラル・ルーラー』を使うか迷ったけど、バルターさんには迂闊に使うなと言われているし、やめておいた。
まあ、たしかに、並の相手では確実にオーバーキルになるし。
戦闘はなかった。
ローブ姿の男性は、そのまま通り過ぎた。
うつむき加減に歩いていった。
最初から最後まで、私のことをちらりと見ることもなかった。
「……今の男性、奴隷ですね」
「奴隷……?」
「某の霊視眼が捉えるに、首から邪悪な力が漏れ出しています。支配の首輪をはめられているかと」
ナオがはめられていたというアレか。
悪魔の力で作られているという、まさに呪いのアイテムだ。
私も魔力感知してみた。
たしかにヒオリさんの言う通り、首に嫌な感じの力が巻き付いている。
「奴隷って、帝国にも普通にいるんだね」
「いえ……。重犯罪者以外にはいないはずですが……」
男性の姿が夜の通りに消えていく。
どういうことだろうか。
男性には、未だに敵感知の反応がある。
まさか。
直接的な攻撃ではないとすれば、間接的な攻撃だ。
帝都に対するテロとか。
だとすれば放置できる状況ではない。
身体強化して、私は後を追った。
男性にはすぐに追いつく。
首輪の呪いが発動するといけないから、乱暴なことはしない。
敵感知を白魔法に変える。
背後に忍び寄って――。
ローブごしでも魔力感知で見て取れる黒いモヤに狙いを定めて――。
呪いというならこの魔法だろうか。
「リムーブカース」
ローブの下でパリンと音を立てて何かが割れた。
あわせて、黒いモヤが霧散する。
敵感知の反応も消えた。
よかった。
私の魔法、効果あった。
男性が崩れ倒れるところを支えてあげる。
ローブがめくれて顔が見えた。
現れたのは、知っている顔だった。
「おじさん!?」
前に帝都を出る時、順番待ちをしつつ会話した獣人のおじさんだった。
息はあるけど顔色が悪い。
いや、もっと酷いか。
死んだ人間そのままに見えるほど、生気が失せている。
首輪の呪いだろうか。
毒物でも飲まされたのだろうか。
支配の首輪を見ると、はめられていた黒い宝石が割れていた。
すでに呪いの力は消えている。
留め金を広げるだけで簡単に外すことができた。
首輪は回収する。
明日にでもバルターさんに渡そう。
おじさん……。
せっかく祝福で体がよくなって……。
また働けるって奥さんと2人で頑張っていたのに……。
誰がこんなことをしたのか。
許せない。
とりあえず一通りの回復魔法をかけた。
すると顔色がよくなる。
「店長、今のは……?」
いつの間にか追いついていたヒオリさんがたずねてくるけど、今はあれこれ説明している場合ではない。
白魔法にしていたソウルスロットを敵感知に戻す。
すると新たな反応があった。
おじさんが歩いてきた方向――。
大通りから外れた裏路地だ。
同じ場所から、どんどん反応が増えていく。
「……うう」
おじさんの意識が戻った。
「おじさん、大丈夫?」
「……お嬢さんは……いつぞやの。……俺。……あ。……俺は、酒屋で飲んでいてあの野郎に騙されて……。わはは……。助かったのか……」
「笑える元気があれば大丈夫そうだね」
「てやんでい……」
詳しい事情は後回しだ。
「ヒオリさん、おじさんを連れて店に戻ってて。敵が来たらこれを使って。弓は持ってなくてごめんね」
アイテム欄から剣を取り出してヒオリさんに渡す。
「……これは、ミスリルですか!?」
「――おじさん。実はおじさん、厄介事に巻き込まれてるよ」
できるだけ真面目な声で私はおじさんに伝えた。
「ああ……だろうな……」
「ここまでの経緯を彼女に話して。あの野郎のこととか」
「私は彼を連れて店に戻るのですね? 店長はどうするつもりですか?」
「敵を倒してくる。たぶん雑魚だし」
わらわら湧いているし、雑魚で間違いないだろう、たぶん。
アイテム欄からローブを取り出して羽織った。
フードもかぶって髪を隠す。
派手な騒ぎになるかも知れないので正体は知られたくない。
身を翻して全力で走る。
身体強化がかかっているので、まさに風のように早い。
「敵? 雑魚? いったいどういうことですか?」
うしろから聞こえたヒオリさんの声は、すぐに風に流れて消えた。
いったい、何がどうなっているのか。
私にも不明だ。
だけど放ってはおけない。
被害が出れば、おじさんの責任にされてしまうかも知れないし。
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