669 朝のこと
【1:アンジェリカの朝】
まだ夜明け前の時間――。
ロッジの部屋で薄手の毛布にくるまって、私、アンジェリカは気持ちのよい穏やかな目覚めを迎えた。
同じ部屋にいるスオナとマリエは、まだ熟睡している。
私は1人、音を立てないように部屋から出た。
軽く身支度を整えて――。
少し散歩でもしようかなーと思って、外の砂浜に出てみると――。
スモークブルーの空の下――。
「え」
砂浜で、金髪の少女が仰向けに倒れているのを見つけた。
私は慌てて駆け寄る。
「セラ! どうしたの! 大丈夫!」
「んにゃぁ……。あ……。アンジェちゃん、おはようございます……」
「なーんだ、寝てただけかぁ」
心配させてー。
「はい……。あんまりにも夜が綺麗だったから、ここで寝ちゃいました」
目を覚ましたセラが、のそのそと身を起こす。
立ち上がったところで、軽く体を震わせると共に光の魔力を放って、髪や体についていた砂を弾き飛ばす。
魔力の器用な使い方だ。
セラも成長している。
この後、私はセラを散歩に誘ったのだけど、セラは朝の身支度がしたいとのことでロッジに戻った。
クウが魔法で生成したロッジはすごい。
シャワーもトイレも普通にある。
一体、どんな仕組みなのか。
まったくわからないけど、おかげで南の島での生活は快適だ。
私は1人で砂浜を歩いた。
砂浜には、昨夜の宴会で使った、たくさんのテーブルと椅子が残っている。
午前中の内にみんなで片付ける予定だ。
島々に囲まれた綺麗で穏やかな内海を眺める。
夜明け前の海は、まだ透明度がなくて、空よりも暗くて、だけど波間がキラキラと輝いている。
まるで昨夜の星空が残っているようだ。
海を眺めながら背伸びをしたり、軽く魔法を放っていると――。
「おはよう、アンジェ」
「おはよー」
スオナが来た。
そして、来るなり私のことを見て笑った。
「なによぉ?」
「いや、だって、いきなり黙々とファイアー・アローを放っているし。一体、何のストレス発散かと思ってね」
「ただの朝の訓練。こんな気持ちのいい場所でストレスなんてないわよ」
「それもそうか」
じゃあ、と、スオナが水の魔法を使う。
海面から水玉を浮き上がらせて、まるで妖精のように踊らせる。
「当ててみるかい?」
なんて挑発されて、それからしばらく、2人で勝負した。
【2:クウちゃんさまの朝】
おはようございます、クウちゃんさまです。
私は今、目覚めて、むくりと身を起こして、腰に引っ付いていたエミリーちゃんを優しく引き剥がして――。
まだ寝ているエミリーちゃんのふわふわの髪を撫でながら、アイテム欄の確認をしています。
アイテム欄には、昨夜の宴会でプレゼントされたエルフ族とリザードマン族からの贈り物がたくさん入っています。
なにがあるのかなぁ。
と、ふと気になったのでした。
昨日は、深夜まで宴で、まったく確認できませんでしたが――。
もしかしたら、いいものがあるかも知れません。
と思ったら。
ありました。
たくさんもらった水晶体の中に、ひとつだけ、別物が混じっていた。
アイテム名:不定性霊水晶。
霊性を帯びた状態の不安定な水晶。
刺激を与えると発光する為、照明に使われることもある。
これだ。
私はこのアイテムを知っている。
見た目は、内側に渦巻く小さな光を蓄えた水晶体。
ゲームでは、伝説級の鉱物に分類される、特定の条件下でしか採掘できないレアなアイテムだった。
照明に使われることは、まず、ない。
不定性のアイテムは、錬金技能によって状態を固定化させることができる。
固定化させることによって、別のアイテムとなるのだ。
この不定性霊水晶の場合は――。
完全成功することによって、『心核』というアイテムに変化する。
ゴーレムを生成する時に必須となるアイテムだ。
『心核』は、ダンジョンでドロップすることもある。
私はゲーム時代にはダンジョンから手に入れていた。
あるいは、市場で買うか。
なにしろ私は採掘技能を上げていなかった。
早速、取り出して、固定化してみた。
私の錬金技能はカンストだ。
5秒の間、しっかりと精神集中できれば、固定化に失敗はない。
うん。
完全成功。
目の前で、水晶体が銀色のボールへと変わった。
「心核、ゲットだぜー!」
私は心核を握って、思わず叫んだ。
水晶体はたしか、リザードマンからの贈り物だ。
これは感謝せねば!
「むにゃあ……」
おっと。
エミリーちゃんを起こしてしまったようだ。
「おはよ、エミリーちゃん」
「うん。おはよー。どうしたの、クウちゃん……?」
「ふふー。いいものを手に入れたのです。そうだ。早速だけど、作ってみようかな。エミリーちゃん、起きよ。エミリーちゃんにも見せてあげるよ。土でも作れるから将来的には使えるかもだし」
「……なにを?」
「ゴーレム。命令すれば、簡単なことなら言うことを聞いてくれる、すごく便利な魔法の自動人形だよー」
「すごいね……。わたし、がんばる……。顔、洗ってくるね……」
寝ぼけ眼で身を起こすと、エミリーちゃんは部屋を出て行った。
ふらふらながらもやる気なのは、さすがだ。
私も起きよう。
今日も忙しくなりそうだねっ!
私もまずは、顔を洗ったり、朝の身支度を簡単に済ませる。
すっきりすると、お腹が空いてきた。
簡単に食べたい時は姫様ドッグやハンバーガーがあれば楽なんだけど、残念ながら在庫はない。
昨日の夜、すべて放出してしまった。
なにか作らないとなぁ……。
「エミリーちゃん、朝、なにか食べたいものはある?」
「わたしはなんでもいいよー」
「なにかあるとすれば?」
「んー。そうだなぁ……。それなら、アレがいいかも。前にクウちゃんと決めた最高のモーニング!」
「あー! あったねー!」
考えたのは、去年の冬だっけ。
梅干しおにぎり。
塩昆布おにぎり。
あと、お茶。
うむ。
思い出しても、シンプルで実に素晴らしいモーニングだ。
私はアイテム欄を確かめた。
「ごめんダメだー。梅干しも塩昆布もないやー」
いつの間にか使い果たしていた。
「そかー。でも、わたし、なんでもいいよー」
「なら、まあ、テキトーに考えますか」
1階に降りると、すでに起きていたセラとマリエとヒオリさんが、朝食の支度を整えてくれていた。
そう言えば私には、旅の仲間がいるんだった。
ありがたや。
山盛りのフルーツ。
山盛りのパン。
山盛りの焼いたソーセージ。
そして、マリエの家庭の味というトロリとしたジャガイモのポタージュ。
これもまた、最高のモーニングだね!
美味しそうだ。




