661 完全に忘れていた
いったい、私はどうしてしまったのだろうか。
なんとか誤魔化したけど……。
まさか無意識の内に、お酒の歌を歌っているなんて。
心が勝手に求めたというのか……。
お酒を……。
いかん。
いかんいかんっ!
私はクウちゃん。
可愛いだけが取り柄の精霊さんなのだ。
お酒に溺れるなんて、許されていいはずのないキャラなのだ。
守らねば……。
ふわふわのクウちゃんを……。
ふう。
落ち着けえ……。
「うわおっ、と!」
「クウちゃん!?」
ドタガタ!
ベチャ。
「いたぁ!」
私、階段から転げ落ちました。
しかも頭から……。
普通なら大怪我だね……。
「クウちゃん! 大丈夫ですか!?」
「う、うん……。平気だよぉ」
私はよろよろと立ち上がる。
私の体は丈夫だ。
頭から転落したところで、たいした怪我にはならない。
痛いけど……。
うん。
痛いのは、ちゃんと生きている証。
良いことだと思う。
ありがたく頂戴しておこう。
おかげで気持ちも切り替わった。
セラに支えられながら、私はリビングに入った。
「ねえ、なに、今の音?」
みんなを代表して、怪訝そうな顔でゼノがたずねてくる。
「いやー。あはは」
「クウちゃんが階段から転んだんです。まだ疲れが残っているみたいで」
みんなに心配されるけど、平気平気と私は笑った。
ホントに平気だしね。
お酒の呪縛は、痛みで綺麗に払えたっ!
「それより、聞いたよ。大変なことになってるんだって?」
「で、ある。島のエルフとリザードマンが戦争寸前なのである。クウちゃんの意見を聞きたいのである」
「パパッと止めてくるよー。私の魔法のせいみたいだし」
「……大丈夫ですか、クウちゃん」
セラが心配してくるけど、私は本当に平気だ。
「止めてくるだけでいいなら、妾とゼノで行ってくるのである。クウちゃんは休んでいるといいのである」
「いいの?」
「リザードマンは竜の眷属であり、エルフは精霊の眷属。妾とゼノの命令には従うはずなのである」
「従わなかったら?」
「従わせるのである」
「まずは穏便にね?」
私はお願いした。
「穏便にだと、ボクの方は難しいかもだよ? 力ずくでいいなら簡単だけど」
「まずは穏便でお願いします」
無駄な争いは避けたい。
「了解。とりあえず行ってくるよ。あ、そうだ、クウ」
「どうしたの、ゼノ?」
「ふと思い出したんだけどさ、あいつらってどうしたの? リゼントの町で拉致した貴族と商人。ダンジョンの奥に放り込んで来たんだよね?」
はて。
そんなのいたっけ?
と、思って……。
「あー! いたね!」
私は思い出した!
トリスティン貴族のイイヒト・キドリー!
トリスティン商人のエチ・ゴーヤ!
明らかに黒幕っぽい会話をしていたから、とりあえず捕まえて、マーレ古墳の隠し部屋に置いてきたんだった。
「あいつらの処理は、もう終わってるの? どこかに引き渡した?」
「いや……。うん……。今、思い出したよ……」
「あー。なら、もう死んでるかもね」
ゼノがあっけらかんと言う。
「ちょっと見てくるよ!」
「クウちゃん、体調の方は本当に大丈夫なんですか……?」
「へーきへーき。夕食までには帰ってくるから」
「わかりました。おいしい食べ物、揃えておきますね」
「うん。楽しみにしてるー」
というわけで……。
転移!
マーレ古墳の隠し部屋!
目の前が暗転して――。
視野が戻れば、そこはもう帝国のダンジョン『マーレ古墳』の中だ。
貴族青年と中年商人の2人組は、すでに昏睡の魔法も切れていて、壁にもたれてうつむいていた。
私は息を呑んだ。
まさか、もう死んでる……?
と思ったのだけど、イイヒトがかすれた声でつぶやいた。
「……やはり、一か八か……外に、出るべきでしたか」
「そうですね……。しかし、何故、どうしてこんなことに……。悪魔の仕業、なのでしょうか……」
エチ・ゴーヤの方も生きているようだ。
「まさか……。我々は悪魔の味方、ですよ……。これまで……友好的に奴隷を差し出してきたというのに……」
「では、精霊の仕業でしょうか……」
「はは……。かも知れませんね」
なんて鋭い!
「その通りです」
私は腰に手を当てて、正面から2人のことを見下ろした。
「私がやりました。私が精霊さんです」
私の声を聞いて、2人が力なく顔を上げる。
当然ながら憔悴していて、立ち上がる力もないようだ。
イイヒトが自嘲気味に言う。
「……それで、我々をどうするおつもりで?」
「んー。どうしようねー」
私は首をひねった。
困りどころだ。
「ここは、ダンジョンなのか……? まさか、我々を殺す気か……? この我々を誰だと思っている……!」
おお。
エチ・ゴーヤは、まだ元気のようだ。
なんかもう悪役恒例の、地位と権力のアピールをしてきたよ。
来たばかりだけど、早くも面倒になってきた。
このまま地上に出して、衛兵さんに渡しちゃおうかなー。
と思ったんだけど……。
なんの罪があるのかと聞かれると困る。
会話を聞いたし、敵反応も出ているから悪人なのは確実なんだけど、証拠があるわけではない。
問答無用で連行したのは、ちょっと失敗だったね。
「困ったね」
私はさらに首をひねった。
まあ、いいか。
「とりあえず、水と食料はあげるから、あと1週間くらい頑張ってみてよ。また来るからさ」
「き、貴様ぁ……。こんなことをしてタダで済むと思うなよ……」
エチ・ゴーヤが牙を向いてくるけど……。
殴りかかってくるだけの体力は、もはやないようだ。
「続きは1週間後ね。覚えてたら」
うん。
それでいいや。
「じゃあ、またね」
水と食料を置いて帰ろうと思ったのだけど……。
「ま、待ってくれ……。わかった……。すべて話す……! すべて話すからもう許してくれ……!」
何も聞いていないのに、イイヒトがそんなことを言い始めた。
「ホントに?」
「ああ……。頼むから外に出してくれ……。気が狂ってしまう……!」
懇願するイイヒトからは、敵反応が消えている。
どうやら心が完全に折れたようだ。
これはアレだね。
忘れていて、逆によかったのかもしれない。
「じゃあ、聞くけどさ。悪魔と手を結んで、リゼントから人間を拉致していたのは君たちだよね」
「私ではない……! 私は、ほんの少しだけ見てみないフリをして、間接的に手伝いをしていただけなんだ……!」
「ウツボ団のボスが悪魔ってことは知っていたよね?」
「はい……。それは……」
イイヒトは素直に認めた。
「んー。まあ、わかった。じゃあ、エチ・ゴーヤ、1人で頑張ってね」
イイヒトには昏睡をかけた。
意識の消えたところで、私は彼を肩に担いだ。
「……わ、私だけ置いていくというのか? 人生を楽に1000回は繰り返せる大富豪であるこの私を……。こんなところに……」
「またねー」
「待ってくれぇぇぇ! わかった! 私もすべて話す! なんでも話すからここから出してくれぇぇぇ!」
エチ・ゴーヤからも敵反応が消えた。
ふむ。
よくも悪くも、大物気取りの小悪党ってことなのかな。
エチ・ゴーヤにも昏睡の魔法をかけた。
さて。
問題なのは、この2人をどこに連れて行くかだ。
いつものように陛下にお願い?
エリカのところ?
ユイのところ?
うーむ。
どこも関係ない気がする。
リゼントに連れて行くのが1番だとは思うんだけど、近くに転移陣がないので行けないんだよねえ……。
「あ、そうだ!」
この2人は、トリスティン王国の人間だ。
それならトリスティンにしよう!
というわけで、トリスティン王国の王都近郊のダンジョンに飛んだ。
ダンジョンからはすぐに出る。
2人を担いだまま姿を消して、空を飛んで、王都に行った。
魔法で窓をチョチョイと開けて、こっそり王城に入る。
問題は、この2人をどこに置くかだ……。
んー。
置く時には無人がいい……。
でも、すぐに発見される場所じゃないとダメだよね……。
あと、面白い場所……。
謁見の間に入ると、ちょうど無人だった。
ここでいいか!
「よいしょっと」
玉座の上に2人を置いた。
「あとは……。寝かせて放置だと意味がわかんないよね……」
というわけで、手紙を書いた。
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ラムス王へ
この2人は悪魔の味方です。よろしくお願いします。
ソードより
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「うんっ! カンペキっ!」
ソードの名前くらいは出してもいいよね!
なにしろ私だし!
無記名より、確実に効果はありそうだし!
ふう。
これでいいかな。
もうめんどいし。
我ながらいい仕事をした気がする!
さあ、帰ろう!
まだ旅の途中だしねっ!
イイヒト・キドリーとエチ・ゴーヤ……。
コメントもいただいていたのですが、すっかり救出が遅くなってしまいました。
クウちゃんが忘れていたのか、作者が忘れていたのか。。。
それは永遠の秘密なのです。。。
2人の最初の出番は、「644 こっそりと話を聞く」であります。




