660 閑話・セラフィーヌは心配する
わたくし、セラフィーヌにはわかります。
クウちゃんの様子が変です。
空をふわふわしてリフレッシュしてきたはずのクウちゃんは、なぜか出かける前よりも疲れて――。
いえ、憔悴していました。
「クウちゃん……。大丈夫ですか? なにかあったのですか?」
「ううん。なんにもなかったよぉ。あははー」
「でも……」
「なんか疲れが取れないから、私、寝てるね。セラは遊んできなよー」
「…………」
クウちゃんは力のない笑顔を見せてリビングから出ていくと、階段を上って2階の部屋に入ってしまいました。
ロッジの部屋には鍵がついていません。
なので、後を追いかけて、ドアを開けて、クウちゃんの様子を見ることはできるのですが……。
「いくらクウでも、ずっと動き回って、これだけのものを作ったんだ。さすがに休憩は必要だと思うよ」
「そうよねえ。すごいわよね、このロッジ。お風呂もキッチンもトイレも空調も普通にあるし……。よく作ったもんよねえ」
スオナちゃんとアンジェちゃんは安穏としています。
リビングにいる他のみんなもです。
「ここの海、変わったお魚とかいるのかなー。クウちゃんが喜ぶかもだし、わたし、探してくるね。マリエちゃん、いこー」
「え。あ。エミリーちゃん、私は大人しく、クウちゃんが出してくれた荷物の整理をしておくから――。あああっ! 手を引っ張らないでぇぇぇ!」
マリエちゃんの手を引っ張って、エミリーちゃんが外に出ていきます。
エミリーちゃんは元気です。
マリエちゃんも、なんだかんだ言いつつ元気です。
「あの2人だけでは心配なので、某も行ってきます」
ヒオリさんも出ていきました。
「では、妾はのんびりとしておくのである」
フラウさんは、ずっと竜の姿で飛んでいたので休憩が必要ですよね。
「なら、そうねえ……。スオナ、セラ、私たちは森の中に入って珍しい果実がないか探してみましょうか」
「そうだね。面白そうだし、探検してみよう」
わたくしはクウちゃんのそばにいたかったのですが……。
「ほら、セラ。準備しよ」
アンジェちゃんに手を取られてしまいました。
正直、迷いましたが……。
ここにいるよりも、珍しい果実を取ってきてあげたほうが、クウちゃんは喜んでくれる気もします。
なのでわたくしも、結局――。
バッグを背負って、手袋をはめて、ベルトと剣を腰につけました。
「魔物は消えたのであるが、普通の獣はいるかも知れないのである。3人であれば問題ないと思うのであるが、油断は禁物なのである。奥には行き過ぎず、1時間くらいで帰ってくるのである」
「はい。わかりました。そうします」
フラウさんの忠告に、アンジェちゃんが素直にうなずきます。
迷子の心配はありません。
アンジェちゃんは、まだ空こそ飛べませんけど、風の魔力で空高くまで跳躍することができます。
スオナちゃんは魔力の感知に優れているので、知覚を伸ばせばクウちゃんやフラウさんの居る方向はわかります。
さらにスオナちゃんは、水の魔術で毒の識別もできます。
わたくしは……。
将来は、『光の翼』という魔法で空を飛べるようになるみたいです。
今はまだ無理ですけれど……。
ともかく、わたくしは気を取り直しました。
クウちゃんのために!
美味しい果実を見つけましょう!
と、準備をしていると――。
散歩に出かけていたゼノさんが帰ってきました。
「クウは?」
「クウちゃんはちょっと疲れ切っちゃって、上で寝ていますけど……」
「そっかー」
わたくしが答えると、ゼノさんが困り顔で頭を掻きます。
「……どうかされたのですか?」
「いや、ね。まわりの島に、エルフの集落とリザードマンの集落を見つけたんだけどさ。この2種族、戦争寸前の騒ぎになってて」
「え」
「ほら、さっきのクウの大魔法。あれをさ、火の精霊の怒りだと勘違いしたみたいでね。お互いのせいだって怒り合っているみたいで。まあ、放っといてもいいんだけどクウが原因だしねえ」
とんでもない話を聞いてしまいました。
「わたくし、クウちゃんを起こしてきますねっ!」
さすがに放置はできません。
わたくしは2階に駆け上がって、部屋のドアを叩きました。
返事はありません。
仕方なくドアを開けました。
クウちゃんは毛布にくるまって寝ていました。
「クウちゃん! 大変です、クウちゃん!」
「んんー。セラぁ……?」
肩を揺さぶると、起きてくれました。
わたくしは事情を説明します。
「――というわけなんです」
「そかー。わかったぁ……。それはなんとかしないとだねえ」
クウちゃんがよろよろと立ち上がります。
「大丈夫ですか、クウちゃん……?」
「平気だよー。体力的には、まだ余裕あるしー」
「他のどこかが悪いのですか?」
「ふふ。あはは」
「なにかあったのですか……?」
「ううんー。大したことじゃないからー。気にしないでー。あははー」
ものすごく気になります。
心配です。
だけどクウちゃんは、気を取り直すように背伸びすると――。
「ふー」
長く息を吐いて――。
「よし! よしよしよし!」
何度もうなずいて――。
「おはよう、セラ!」
「はい。おはようございます、クウちゃん」
クウちゃんがいつも通りの青空みたいな笑顔を見せてくれたので、わたくしも笑顔でうなずきました。
「さー! がんばるぞー!」
そこから先はいつものクウちゃんに戻りました。
きらきらした空色の長い髪をなびかせて、陽気に踊り出します。
綺麗な声で、歌も歌い始めました。
「さーけが飲みたいー♪
ららら♪
さーけが飲みたいー♪
さーけが飲みたい飲みたーいーよー♪
さけが飲みたーい♪」
…………。
……。
さけって、お酒のことですよね……。
クウちゃんって、お酒が大好きなんでしょうか……。
たしかにクウちゃんは、夜のお店でよく食事をしているようですけど……。
お酒を飲んだなんて話は、聞いたことがありません……。
でも、思い出してみれば……。
昔、出会った頃……。
お酒を欲しがっていたことも、あったような気がします……。
「あの、クウちゃん」
「なぁに、セラ」
「クウちゃんって、お酒が大好きなんですか?」
「えー。あははー。まさかー」
「でも、今……」
「どうしたの?」
「お酒が飲みたいって、歌っていましたよ……」
私が指摘すると――。
クウちゃんの動きが、ぴたりと止まりました。
「あは」
クウちゃんが小さく笑います。
そして……。
「あははは。やだなー! もー! 私ったら! 陽気な白猫亭でみんなが歌ってるから、つい、無意識に歌っちゃってたよー。私のことじゃないからねー。あははははははは」
「なーんだ。そうなんですねー。わたくし、クウちゃんがお酒に取り憑かれているのかと心配しちゃいましたー」
ほっとして、わたくしも笑います。
「まっさかー! あははー! さあ、セラ、下に行こうか!」
「はいっ!」
そうですね。
大事件が起きているのでした。




