66 エルフの女の子はしつこい
「い、いらっしゃいませ……?」
「ハァハァ……。さ、さすがの某も帝都まで一気に走るのは疲れました……」
「走ってきたんだ?」
「某、風の魔術を使えるので、風の力を借りて」
「なるほど」
たいしたものだ。
「とりあえず、お水でも飲む?」
「はい。ぜひに」
いつか来るとは思っていたけど……。
でも、あきらめてくれるといいなぁというわずかな望みは、その日の内に断たれた。
驚いて、思わずもてなしてしまった。
水を飲み干したヒオリさんが一息をついたところで、お願いはする。
「用がないなら帰ってね?」
少なくとも私に用はない。
「お、お待ちくださいっ! 某は精霊と会うために旅をしてきたのです」
「会えたよね? おめでとう」
「会えたからには交流を……」
「交流、昨日したよね。一緒に宴会で盛り上がったよね」
「できればしばらくおそばで……」
「無理。私、仕事あるし」
「それならば、そのお手伝いをさせていただきたくっ!」
しつこい。
「ここはお店だから、剣とか弓とかできてもダメなんです。必要なのは、計算とか商売とかの知識なんです」
「あ、それならば某、むしろ得意です」
「うそだー」
ヒオリさん、どう考えても脳筋だよ。
「本当です。某、最近でこそ森に引きこもっていましたが、10年と少し前まで知人に頼まれて帝都の学校で魔術の教師をしていたのです。その時に、人間の社会に存在する様々な知識を学んだのです」
「ヒオリさん、どう見ても13とか14歳だよね?」
「某は今年で413歳です」
「……400って、帝国の歴史よりも長生きしていることになるけど」
「はい。そうですね」
「…………」
怪しい。
プラス400って、まさに取ってつけた感じだ。
「証拠に帝国の商法をば諳んじます」
本当に言い始めた。
言葉の意味はわからないけど、暗記しているのはわかる。
「……ヒオリさん、すごいんだね」
「お役に立ちます。なので、どうかどうかっ!」
「くっつくなー!」
抱きついてきたヒオリさんを押しのけて、私はため息をついた。
「ご主人様、主様、店長、社長、どの呼び方にしましょうか」
「どれもパス」
「では無難にクウ様と」
「……まさかとは思うけど、うちに居つく気?」
「で、できますれば……。いや、しかし、では別の場所に泊まりますので、日帰りという形ではどうですか」
「ちなみにどこに泊まるの?」
一文無しだよね、ヒオリさん。
「橋の下に」
私か!
「……ちゃんと言っとくけど、私、普通の精霊とはちがうからね? そんな期待されても困るんだよ本当に」
「大丈夫です。某、これ以上の見返りなど求めてはいません。こうしておそばにいるだけで満ち足りた気持ちになるのです。まさにこれが精霊の温もりかと、ようやく理解することができて感涙なのです」
フラウと似たようなことを言う。
普通の人間には感じられない何かが、精霊になった今の私にはあるのかな。
「……しばらくの間だけだからね」
「そ、それでは!」
「しばらくして満足したら、ちゃんとエルフの里に帰るんだよ?」
正直、ものすごく放り出したいけど、ここで放り出したらどうなることか。
それこそ橋の下に住んで毎日来かねない。
「おおおおお! ありがとうございます!」
「あーもうひっつくな! 埃臭い!」
「誠意、勤めさせていただきます! なんなりとご指示ください!」
「まずはお風呂に入って?」
幸いにも我が家は魔石のお風呂完備だ。
とりあえず綺麗になってもらおう。
ヒオリさんを更衣室に案内する。
「さあ、脱いだ脱いだ」
「クウ様は入らないのですか?」
「わたしは仕事中だからいいよ。それより服は少し預かるね。出てくるまでに綺麗にしておくから」
「……見られながら服を脱ぐのは恥ずかしいです」
「いいから早くっ」
衣服は、ヒオリさんがお風呂場に入ってからアイテム欄に放り込んだ。
アイテム名を確認すると「ハイエルフの旅装束」で一式そろっていた。
普通のエルフかと思ったけど、ハイエルフだったんだねー。
品質は最高級。
すべてに防御力強化の付与がされていた。
服だけで、チェインメイル以上の硬さがありそうだ。
これは相当な逸品ではなかろうか。
まあ、ハイエルフって貴族階級とも聞いたし、ヒオリさんは特別な存在らしいから当然なのだろうか。
アイテム欄から取り出すと衣服は綺麗になっていた。
相変わらず素晴らしい性能だ。
服をカゴに置いて、私はお店のカウンターに戻った。
今は営業中なのだ。
ちゃんと店員さんとして、お客さんが来たら出迎えないとね。
……来ないけど。
「お風呂、ありがとうございました」
お客さんが来るより先にヒオリさんが戻ってきた。
「服も感謝です。わずかな時間に新品同様とは。さすがはクウ様です」
「様はやめてー。ちゃんでいいよー」
「いえさすがにそれは。……では、店長で」
「まあ、それならいいか。じゃあ、私は店長ってことで!」
「はい店長。よろしくお願いします」
「うむ」
偉そうにうなずいてしまった。
呼ばれ方ひとつで、けっこう気分がちがうもんだね。
まあ、仕方がない。
当分の間、私が面倒を見てあげますか。
と、思っていた瞬間が、たしかに私にもありました。
「早速ですが店長、このお店の経営規模と取扱可能商品を確認したいので、営業許可証を見せていただけますか?」
「えっと……。あれかな……?」
壁に飾った商業ギルドのプレートを私は指差した。
「あれは会員証ですね。あと、商品の原価と在庫、それにこの店舗の家賃と維持費を教えてください。税金は支払い済みなのでしょうか?」
そこからは夕方近くまで、ヒオリさんに多くの事柄について噛み砕いて説明を受けながら聞かれたことに答えた。
原価はゼロだよね。
人件費?
輸送費?
タダでいいよ、私だし。
素材は、そういえば市場で買った分もあったかな。
いくらで買ったかなんて聞かれても、もう覚えていないです。
在庫はなし。
あ、でも、素材はたくさんあります。
え?
それも記録しておく必要がある?
あと今まで売った数なんて、もう覚えてないよ?
3個だっけ。
4個だっけ。
たぶん、それくらい。
書類はどこ?
さあ。
もらったはずと言われても。
あ、そういえば、商業ギルドで封筒をもらったっけ。それかな?
家賃はタダというか、この家、もらいました。
魔石代? 税金?
さあ……。
どうなっているのか私は知りません。
「……なるほど。よくわかりました。つまりこのお店は国営なのですね」
「そかー」
すでに私の頭は真っ白だったので、他に言葉が出ない。
「某、感服しました。さすがは店長です。書類でも確かめましたが、とりあえず売上を管理しておけば十分なのですね」
「そかー」
帳簿はヒオリさんがつけてくれるそうだ。
私は売れた商品の値段と数を紙に書いておけばいいらしい。
よかった。
結局、お客さんは来なかった。
閉店。
うぐぐ。
夜、『陽気な白猫亭』でヒオリさんと作戦会議をする。
「対策を練ろうっ!」
「それよりも某、一文なしなのですが……」
「奢ってあげるからいいよ」
「大変に申し訳なく……」
「押しかけてきといて、何を今さら」
「それはそうですね! 感謝感激雨あられです!」
「メアリーさーん! 注文おねがーい!」
「はいはーい。あらクウちゃん、今日はエルフのお友だちと一緒なんだね」
「某、ヒオリと申します。どうぞよろしくお願いします」
「うん。よろしくー」
「ヒオリさん、すんごい食べるから5人分くらいお願い」
「そんなに?」
「ぜひに!」
料理はすぐに運ばれてくる。
ガツガツ食べるヒオリさんを前に、私はサラダをつまみつつ悩む。
「……私的には、そんなに大人気になっても困るけど、誰も来ないというのも悲しいんだよねえ。今のところ知り合いが何人か来てくれただけだし。このままではさすがにいけないと思うわけなのよ」
「ほれよろもむひろ」
「食べてからね?」
「ふぁい」
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