657 悪魔フォグの宝箱/悪魔フォグの野望、その後
魔法が発動する。
南洋の青空に、赤い亀裂が走った。
そこから巨大な炎の不死鳥――フェニックスが姿を現す。
フェニックスが翼を広げると、空一面に赤い輝きが広がった。
それはまるで――。
世界が幻想に包まれて――。
真紅の宝石となってしまったかのような――。
美しくも荘厳な光景だった。
そして――。
フェニックスが咆哮する。
大気を震わせて。
強烈な魔力を乗せて。
それは、すべての敵を灰へと変える――。
究極魔法の攻撃だ。
クリムゾン・ジャッジメント――。
かつて、お遊び専用と言われたその魔法は、今、この異世界で、その本当の破壊力を見せつけた。
不死鳥の咆哮を浴びて――。
眼下に無数にあった敵反応は綺麗に消えた。
見事にゼロになった。
まさに究極魔法と呼ぶに相応しい、必殺の一撃だった。
役割を終えたフェニックスが、最後にもう一度、高らかに咆哮する。
そして、帰還していった。
幻想が解かれる。
世界には、やがて青空が戻った。
「……なに、今の?」
ゼノがおそるおそるといった様子でたずねてくる。
「フェニックス。伝説の火の鳥だねー」
「精霊じゃないよね……?」
「んー。どうだろー。詳しくは知らないかなー」
「知らないのに使役してるんだ?」
「うん」
なにしろ、そういうものだからね。
深く考えても仕方ないのだ。
ちなみにゼノは無傷だ。
当然だけど、敵ではないしね。
敵じゃなくてよかった!
「じゃあ、あとは島の真ん中にある魔力溜まりだっけ? そこをなんとかして作業は終わりにしようか」
「リョーカイ。それはボクがやるね」
「うん。お願いね」
私だと、破壊することしかできないし。
私たちは崩れた古代遺跡を『透化』ですり抜けて、地下へと降りた。
魔力溜まりはすぐに見つかる。
地下の広場で、七色の光をにじませてたゆたっていた。
ただ、かなり枯渇している。
水位が低かった。
壁の侵食の具合からして、最近までもっと水位はあったと思えるけど。
「誰かが、何かをしていたのかな?」
私は疑問を口にする。
「ここにも魔物はいたみたいだね――。たぶん、4体」
ゼノが広場を見渡して言う。
「――だね」
広場には、隣接して4つの灰の山があった。
そして、そこには――。
なぜか一緒に、木箱が落ちていた。
ぽつんと。
ひとつだけ。
装飾の施された高価そうな木箱だった。
サイズは、ミカン箱くらい。
それなりに大きい。
不穏な気配はない。
少なくとも、呪いや邪悪な力は感じられない。
魔力感知してみても反応はなかった。
ただの豪華な――。
普通の宝箱だ。
……宝箱という時点で、「普通の」ではないかも知れないけど。
「なんだろね、これ」
私は近づいて、近くで見つめた。
「鍵はかかっていないね……。開けてみよっか?」
しゃがんで、触れようとすると――。
「やめときなよ。遺跡の罠にでも連動していたらどうするの」
ゼノが顔をしかめた。
「んー。でもさー。放っておくのも、ねえ」
「一旦、しまっておけば? 開けるのなら、もっとここから離れた、何か起きても安全に対処できる場所にしようよ。こんなところにポツンと落ちている時点でただの箱ではないだろうし」
そうすることにした。
私は、アイテム欄に宝箱のような木箱を入れた。
早速、アイテム欄の説明文を見ると――。
悪魔フォグの宝箱。
何が入っているのかは、開けてみるまでわからない。
と、あった。
ゲームのランダムボックスか!
思わずツッコミを入れるところだったけど、ぐっと我慢した。
「ねえ、ゼノ。悪魔フォグの宝箱だって。今の」
「ほら、開けなくてよかった」
「……フォグってさ、私の記憶が確かならば、私が追っていた転移魔法を使う悪魔の名前なんだよね」
「もしかしたら、ここにいたのかも知れないね」
「偶然にも倒した?」
「かも。わからないけどね。……ただ、この灰の山が悪魔の残骸と言われればそんな気もするかな」
灰の山からは、ハッキリとした魔力を感じることはできなかった。
なので断定はできないけど……。
悪魔の残骸っぽい気はする……。
とはいえ、私は懐疑的だった。
「どうなんだろうねえ……。こんな辺鄙な場所にはいないと思うけど……。あいつら人間を襲うのが大好きみたいだし……」
「ま、それはそっか」
「んー。とはいえ、まったく無関係に、悪魔フォグの宝箱なんてアイテムが落ちてるわけがないよねえ」
本当に、よくわからない話だ。
「まあ、とりあえず、やることやっちゃうね。この魔素溜まりは、3分の1くらいに活性の度合いを弱めておくよ」
「封印はしないんだ?」
「それはやめたほうがいいね。地脈のバランスが崩れて他に影響が出る。下手をすれば噴火や地震につながるよ」
ふむ。
なるほど。
私、お気軽に破壊しなくてよかったね……。
「こういう強い魔素溜まりって、実はあちこちにあったりするの?」
「レアだと思うよ。強い魔素溜まりは、だいたい凝縮して、周囲の残留思念を取り込んでダンジョンのコアになるし」
「へー。そうなんだー。じゃあ、ここもダンジョンにできるの?」
「そうしようとすればね」
自作のダンジョン……。
面白そうだ……。
今度、機会と時間があれば挑戦してみよう……。
ただ今は、みんなが待っている。
旅行の途中なのだ。
のんびりとアレコレやっている時間はない。
できれば、ここの探索もしたいけど……。
「よし。完了っと。できたよ。これでこの島に魔物が溢れ返るようなことは、もうないと思うよ」
「お疲れさまー」
ゼノの作業が終わる。
フォグの宝箱は、一旦、アイテム欄で眠らせておくことにした。
旅の途中だしね。
私たちは、みんなのところに戻ることにした。
【悪魔フォグの野望、その後】
私はフォグ。
空色髪の魔の手から逃れて、南の島で再起をはかっていた1人の悪魔です。
すべては順調でした。
魔素溜まりを使って、仲間の2人の召喚に成功もしました。
共に逃げてきたメティネイルも、大変に喜んで、
「メティちゃんたちの殺戮は、これからだぁ!」
なんていう気勢を上げています。
思わず私も、口元を緩めてしまいました。
ここは南の島。
さすがの空色髪も、こんな遠くにまで探知の糸を伸ばすことはできない――できるはずもありません。
ここで我々は勢力を取り戻し、十分に態勢を整えるのです。
そうすれば、あの空色髪とて敵ではありません。
絡めて、絡めて。
身動きできなくしてしまえばいいのです。
それが悪魔の流儀というものです。
圧倒的な力があるのに、何も出来ない。
その状況で涙目になる空色髪を見るのが今から楽しみでなりません。
新しく戻ってきた2人の仲間――。
ゼルデスバイトとビスクブレイズも大いにやる気です。
ですが――。
とっておきのアイテムで再会を祝うため――。
まずはテーブルや椅子を魔術で作ろうとしていた最中でした――。
突然、遥か上空に――。
身の毛もよだつような魔力が、爆発的に広がりました。
次の瞬間には――。
甲高い咆哮が鳴り響き――。
私の体を――。
まるでそれが鎖であるかのように、がんじがらめに縛り付けました。
灼熱のような鎖が――。
私の体を一瞬で感覚のないものへと変えます。
「え。なに、これ」
目の前にいたメティが戸惑う声をあげます。
そして……。
「え。やだ。ちょっと……!」
私の目の前で、メティの体が崩れ、灰へと変わっていきました。
状況を確認する暇もありませんでした。
何故ならば、自分の腕を見てみれば、私の腕もまた、すでに灰へと変わって朽ち落ちるところでした。
灼熱の中――。
ゼルとビスの怒号と悲鳴も聞こえます。
…………。
……。
気づいた時――。
私は――。
赤黒い空の下、荒野に1人で佇んでいました。
ああ……。
どうやら私は殺されて――。
魔界に帰ってきたようです……。
一体、何が起きたのか。
まるで理解できません。
まさか、あるいは。
またもや空色髪の仕業でしょうか――。
あの圧倒的な力――。
他には心当たりがありません。
話し合いすら求めてこない破壊の化身が相手では、私の囁く者としての能力も発揮しようがありませんね……。
せっかくの逸品を楽しむことなく残してきてしまったのも……。
無念です……。
アレが空色髪の手に渡ってしまったとするなら……。
実に悔しい……。
本当に、復讐してやりたいですね……。




