655 閑話・悪魔フォグの野望、南島編
結果として、大陸を離れ、南洋の島に来たのは正解でした。
私はフォグ。
囁きの悪魔。
闇から闇へと渡り、人間の心に渦巻く邪悪を嗅ぎつけ、それを解放させてあげることを生業としています。
今までに多くの人間を狂気へと陥れ、周囲の人間も含めて最高の絶望と死を与えてきました。
それは私にとっては、まさに熟した果実。
充実した生活でした。
ですが最近は、ほとんど、その果実を食すことができていません。
それもこれも――。
帝国における我々悪魔の計画を壊滅させ――。
我々の良き手駒であったトリスティン王家の人間を解放し――。
夜の海辺で――。
古代ギザス王国の遺跡で――。
我々の邪魔をしてきた、あの忌々しき空色髪のせいです。
許せるものではありません。
ありませんが――。
相手は凶悪にして凶暴。
我々の存在を認識するや否や、話し合いすら求めず、問答無用で、どこからともなく現れて攻撃を放ってきます。
あの空色髪の前では、残念ですが我々もただの雑兵同然です。
手も足も出ません。
あれは、可憐な少女の皮を被った正真正銘のバケモノです。
あれのせいで、呼び出された悪魔たちが長い年月をかけて製作してきた数多くの呪具も多くが破壊されてしまいました。
実にもったいない話です。
ただ、私は冷静でした。
報復を叫ぶ仲間のメティネイルをなだめ、逃亡を選択したのです。
大陸から離れた、南の島々へと。
南の島々は、大陸とは、ほとんど交流がありません。
風光明媚な熱帯の地域ではあるのですが――。
道中の海には魔物がいます。
渡り鳥のように長距離飛行でも出来ない限り、バカンス気分で大陸から気軽に来れる場所ではないのです。
南の島々には数多くの古代遺跡があります。
私はそこに、空色髪を葬るための何かを求めました。
そして、見つけたのです。
その島は――。
現地人から「悪魔の島」と呼ばれて恐れられている島でした。
密林の島であり、そこにはひしめくほどの魔物がいました。
時折、海を渡っては、近辺の島々に上がって、現地人に襲いかかり、大きな被害を出しているようです。
なぜ、こんな島に、ここまでの魔物が――。
と私も驚く程でした。
その答えは、島の中央の遺跡にありました。
遺跡の地下に、地底湖のようにたゆたう魔素溜まりを見つけたのです。
普通なら凝縮してコアとなり、ダンジョンを形成するほどの密度と量でした。
魔物は、その魔素溜まりの影響を受けて発生しているようでした。
私とメティは、その魔素溜まりを利用することに決めました。
そして――。
我々は慎重に研究を重ね――。
術式を構築し――。
トリスティン王国で共に行動していた悪魔の仲間の内の、2人を呼び出すことに成功したのです。
1人は、悪魔ゼルデスバイト。
アンデッドの製作能力には定評のある知性派。
もう1人は、悪魔ビスクブレイズ。
堂々たる殺戮を好む武闘派。
2人とも、一度は敗れて魔界に強制送還となったとはいえ――。
頼りになる悪魔です。
残念ながら魔素はそこで尽きてしまい、次の悪魔を呼び出すためにはまた魔素が貯まるのを待たねばなりませんが――。
怨嗟や血肉なしに召喚できたのですから、十分な成果です。
「よっ! ゼルにビス、久しぶり! 元気してた?」
メティが陽気に声をかけると――。
まずはゼルが、以前と変わらないニヒルさで肩をすくめました。
「お陰さまで退屈していました。呼んでいただき感謝します。とはいえ、やや特殊な環境のようですね。まずは現状をご説明下さい」
次にビスが炎を撒き散らして吠える。
「クソがよぉぉぉ! 前回は不意打ちで聖女にやられちまったが、今度こそは人間共を八つ裂きにしてやるぜぇぇ!」
「まずは冷静に。ビスも魔界で話くらいは聞いたでしょう? あまり力を発揮すると、いくら遠方でも空色髪に気づかれる可能性があります。一応、結界は張ってありますがね」
私は、ここに至るまでの経緯を話しました。
話を聞き終えたゼルが唸ります。
「……噂以上ということですか。さて、その最悪のバケモノを、どう陥れるか。知恵の見せ所ですね」
「ぶち殺せばいいだろうがよ!」
「ビス、ぶち殺すための環境をどう作るかが問題なのです。相手は、ダンジョンすら破壊するバケモノ……。かつ、我々の存在どころか、魔道具や呪いすら感知して無効化してしまう……。本当に信じられませんが――。現状から考えても、それは事実なのでしょうね……」
「ええ、ゼル。事実です」
私はゼルのつぶやきにうなずきました。
「このメティちゃんの呪具も壊されちゃってね! もうサイアク! 1万回はブチ殺してやりたい! あの空色!」
「俺が今から行って、ぶち殺して来てやるぜ!」
「各個撃破は避けねばなりません。皆で協力して事には当たりましょう」
私の言葉に、ゼルとメティは同意してくれました。
ビスは最初、不満顔でしたが――。
「慎重な奴らだぜ。まあ、いいさ。俺は呼ばれた身。とりあえず、しばらくは大人しくしておいてやるさ」
乱雑に髪を掻きつつ、仕方なくながらも同意してくれました。
「さあ、みなさん。とっておきの品がありますよ。これで再会を祝しましょう」
私は異次元収納から、両手で抱えるくらいの宝箱を取り出します。
中には――。
以前、私達が隆盛を極め、何でも好きに出来ていた頃――。
トリスティンの国王から頂戴した逸品が入っています。
何か素晴らしい出来事があった時、その逸品でそれを祝おうと、私は今まで大切に保管してきました。
まさに今、開けるべきでしょう。
おっと。
いけません。
私は一旦、宝箱を床に起きました。
宝箱を開けるのは、せめてテーブルと椅子を準備してからですね。
ちょちょい、と、魔術で生成しましょう。
メティが威勢よく、殺意と共に拳を振り上げました。
「メティちゃんたちの殺戮は、これからだぁ!」
悪魔たちの前回の出番。
フォグとメティ:544 閑話・悪魔フォグの危機。
知性派ゼルデスバイト:325 闇の中の光(ギルガ視点)。
武闘派ビクスブレイズ:341 閑話・漢メガモウ、夜の死闘。




