653 アンジェとスオナのショートコント
「3番! 寮生コンビ! 行きます!」
アンジェが元気よく手を上げると、つづけてスオナが、
「ショートコント、ねぐせ」
と、真顔で言った。
わー。
ぱちぱちぱち。
というわけで。
私は今、クルーザーの船上で、アンジェとスオナの芸を見ようとしていた。
いやー、なんというか。
アンジェとスオナって、人前で芸なんてやるタイプではないよねえ。
まあ、うん。
アンジェの芸はもう何度か見たけど。
なんか感慨深い。
「ふぁー。おはよー、アンジェ」
「おはよう、スオナ。って、すごい寝癖ね!」
うお。
スオナの長いストレートの黒髪が、いきなり豪快に広がった!
髪に魔力を通したんだねぇ。
相変わらず器用だ。
「あれ? そうかい?」
スオナは寝癖に気づいていない設定のようだ。
「……まるでウニみたいよ?」
「ふふふ。バレてしまったか」
「え。まさかっ!」
「そう。この僕こそが、噂のウニの妖怪だったのさ」
…………。
……。
いや、カメ様だよね。
それ。
ウニだけに。
「妖怪!」
「ふふ。その通りのさ」
いや、違うよね。
カメ様は、大いなる海の守り手、水の大妖精だよ。
「そんな……。妖怪なんて………。妖怪なんて……」
アンジェは戸惑い、そして……。
こう言った。
「なんかようかい?」
と。
「なんちゃって」
アンジェが可愛らしく、頭を自分で叩いた。
船上が笑いに包まれる。
私は、アレだ。
そのギャグは、前世に私も思いついたことがある。
思いついて、ぐぐってみたところ……。
なんとびっくり、そういうタイトルの漫画が存在していた。
なので封印した。
まあ、うん。
こっちの世界には関係ない話だけど。
ハッ!
い、いかんっ!
さっきからなにを他事ばかり考えているのだ私は!
ちゃんとコントに集中せねば!
「くくく。用なんて決まっている。この世界をウニで覆い尽くす。それこそがこの僕の大いなる野望さ」
「お願い! やめて! そんなことをされたら歩く度にトゲトゲが足に刺さって大変なことになるわ!」
「それ、ウニを撒いてやろう」
「イヤー! なんとかしないと! 世界が大変なことに!」
アンジェはあたりを見回して――。
「こうなったら――! たまたま落ちていた、この本で!」
床に落ちていた一冊の本をアンジェは拾い上げた。
本を掲げて。
「えーい!」
ぽか。
軽く、本でスオナを叩いた。
「ぎゃー」
あ、スオナが苦しんで、膝をついた……。
「な、なぜ、僕の弱点が本だと……。気づいたんだ……」
「え。そうなの?」
「ああ……。そうなんだ……」
「本当に?」
あ。
まさか。
アンジェが私たちに向き直った。
手に持った本を私たちに向ける。
「本と」
そして、今度はスオナを見た。
「ウニ」
うん。
スオナはウニだったね。
「ほんと、うに。本当に?」
「本当に」
ダジャレぇぇぇぇぇ!
「「本当に! 本当に! ほんと、うに!」」
あはは!
なんか、うん。
ダジャレだけならセラーってなるところだけど……。
フリと勢いがよくて笑えるねこれは!
「「ありがとうございましたー!」」
お辞儀して、2人は下がる。
「おもしろかったよー」
私は拍手と笑顔で2人を迎えた。
「いやー。正直、とても恥ずかしかったよ。君たちはいつも、こんなことをしているんだよね」
「安心して、スオナ。その内に慣れるから」
アンジェは達観しているね。
偉い偉いっ!
この後は、ひおりんとぜのりんのお約束コンビ。
更にはフラウとエミリーちゃんの店員コンビが、それぞれにショートコントを披露してくれた。
どちらも面白かった。
そして。
みんなの目が、最後の1人に向かった。
「マリエ」
私は優しく呼びかけた。
「クウちゃん、私のことはお気になさらず」
「さあ。トリだよ」
「私は空気の子だし、私のことは、いないと思ってくれればいいよ」
「大丈夫。ほら、みんなちゃんと楽しみにしているよ」
私がそう言うと――。
みんなが笑顔でマリエに温かい声をかける。
今日は誰もマリエのことを忘れていないよ。
期待している。
キ・タ・イ。
キ・タ・イ。
ああ、懐かしい!
ナオの手拍子が聞こえてくるようだ!
「ほら」
私は優しくマリエの背中を押した。
「もー。勘弁してよー!」
マリエは悲鳴を上げるけど、結局、前に立った。
私たちは拍手で迎える。
「はぁ。もう」
マリエは肩の力を落としてため息をついた後、ぐっと顔を持ち上げて今度は堂々と左腕を上げた。
「最後! マリエ! なにかやります!」
わー。
さすがはマリエ!
この諦めの速さと対応の速さは、他に類を見ない!
さすがは世界の審判者!
さすがはディレーナさんとユイナちゃんのお世話係だけのことはある!
宣言の後、マリエは目を閉じた。
ネタを考えているのだろう。
私たちは静かに、マリエが動き始めるのを待った。
やがて――。
マリエが、カッと目を見開く。
始まる!
さあ!
来いっ!
 




