651 あ、さて。さて。
「なあ、カメの子! 本当にもう行くのか! 本当に!?」
「うん」
「じゃあ、アレはどうするんだよ! アレは!」
「アレって?」
なんのことだかわからないので私が首をひねると――。
「芸大会に決まってるだろ! 今年もやると思って用意してきたのによ! 披露もさせずにおわりかよっ!」
おお……。
なんとキアードくん、そんな用意までしていたのか。
そういえば去年のキャンプでは、芸祭りをしたよね。
今年はもう、なんか、いろいろありすぎて、体力的にもキツかったし、すっかり失念していました、私。
というわけで。
昼食の後。
後片付けもおわって、いよいよお別れの時間が来たのですが。
「あと町にも帰らないって……。船もなしに、どうやって南に行くんだよ!」
「それは、まぁ、秘密のすごい魔道具でね」
私たち、皇女様御一行だし?
「土産もあるんだぞ! おまえらのために、カメ様まんじゅうやらカメ様の木彫りとかいろいろ用意していたのによ!」
「へえ、ありがとう。じゃあ、今、もらうよ」
「家にあるんだよ!」
「そかー」
「ねえ、クウ。いいかい?」
「どうしたの、スオナ」
「今年は、つまり、芸祭りはないのかい?」
「気のせいか残念そうだけど、スオナってお笑いとか好きだっけ?」
むしろ逆のタイプに見えるけど。
するとアンジェが言った。
「やると思って、2人で密かに練習していたのよ」
「へー。そうなんだー」
「やろうぜ! リゼントに帰って、今夜にでもよ!」
「残念ですが坊ちゃまは仕事です」
「仕事なんて明日からでいいだろ!」
「ダメです。昨日、明日ということで十分に遊びました。今日は明日です」
「くううううう」
「クウちゃんだけに?」
地団駄を踏むキアードくんに私はたずねた。
「は? なに言ってんだおまえ」
「いや、うん」
なにと言われると困りますが。
「キアードさん! なんですかその失礼なものの言い様は!」
いきなりセラがキレた。
「貴方、クウちゃんだけにくうううは、神聖にして不可侵な、まさに精霊様の啓示に等しい至高の言葉なのですよ! それをわかって言っているのですか! 海より優しいクウちゃんが空より広い心で認めて、自らクウちゃんだけにしてくれているというのに……。なんて羨ましい! わたくしだって――。わたくしだって、クウちゃんだけになんてしてもらったことがないのに! 貴方はわかっているのですか! 感謝をしなさい! 感謝を!」
「お、おう……。ありがとな、カメの子……」
セラの剣幕に怖気づいて、キアードくんが素直に謝る。
「……いいでしょう。次からは気をつけなさい。いくら辺境伯といえど許されないこともあるのですよ」
「えっと、セラさん……。そこまでのものではないですよ、うん……」
いや、ホントに。
ここでメイドのティセさんが言った。
「――カメの子様、こういうのはいかがでしょう」
提案されたのは、とりあえずキアードくんと一緒にクルーザーでリゼントまで戻るということだった。
帰りの船上で芸を披露して――。
リゼントについたら、お土産を受け取ってお別れ。
キアードくんは、私たちへのお土産を、けっこう頑張って揃えたらしい。
ぜひ受け取ってほしいとティセさんにも言われた。
まあ、いいか。
というわけで、そういうことになった。
クルーザーに乗って海に出る。
さらば、ランウエル海岸!
白い砂浜!
今年も綺麗だったよ!
「……そういえば、カメ様は元気かな」
「まだ休眠中だったのである」
「そかー」
ふと思い出してつぶやくと、フラウが教えてくれた。
フラウは昨夜、様子を見に行ったらしい。
カメ様は、力を取り戻すために、去年からずっと寝ているようだ。
「会いたいのなら案内するのである。クウちゃんが来たとなれば、喜んで起きると思うのである」
「寝ているならいいよー。申し訳ないし」
「わかったのである」
やがて、クルーザーは沖に出た。
航行が安定したところで、甲板にみんなで集まる。
芸大会の始まりだ。
「じゃあ、1番! 俺が行くぜ!」
キアードくんが勇んで私たちの前に出た。
わー。
拍手でお出迎えする。
去年はたしか、サウス辺境伯家の伝統芸、腹踊りだったよね。
今年はなにを見せてくれるのだろうか。
キアードくんの手にはすだれがある。
すだれとは、細く切った竹を横に並べて、上下の部分を紐で編んだものだ。
普通は日よけのために吊り下げて使われる。
それを丸めて手に持っていた。
ふむ。
私は、それを使った芸を知っている。
前世の記憶だけど。
「これから見せるのは、リゼントの伝統芸! リゼント玉すだれだ!」
おお。
ほぼ前世の記憶そのままの名称だ。
「あ、さて。さて。さてさてさてさて♪ さてはリゼント玉すだれ♪」
音頭までまんまだぁぁぁぁぁぁぁ!
内容もまんまだった。
キアードくんが、すだれを巧みに操って、伸ばして釣り竿にしたり、丸めて宝珠にしたり、アーチ状にして橋にしたりする。
その度にエミリーちゃんたちが湧いた。
私も感心した。
前世の記憶と比べても大きくは見劣りしない、見事な芸だった。
ただの素人にできる動きではない。
これは、うん。
相当に練習を重ねているね……。
「それでは皆様、お達者でー♪ あらエッサッサ〜♪」
最後に陽気に飛び跳ねて、キアードくんの芸はおわった。
わー!
私たちは歓声と拍手で讃えた。




