65 ネミエの町で一泊
オダンさんを見送ってから、抱きついたままのエミリーちゃんの頭をなでなでしつつヒオリさんに話しかける。
「それで、私に何か用なの?」
「……用とは?」
「私に聞かれても。用がないならそれでいいけど」
「あ、いやっ! いえ! 用がないわけではないのです! まずはお会いして、お会いして……それでそれから……」
これ、今、必死に考えてるやつだ。
「そう! ぜひにお仕えさせていただきたく思い!」
「ごめん。無理」
「なぜですか!」
「だって私、エルフ好きじゃないし」
ゲームでは、いつも精霊はエルフの下位互換とバカにされてきたしね。
「……い、今なんと?」
「だって私、エルフ好きじゃないし」
「……そんなバカな。……クウ様は精霊なのですよね?」
「そのはずだけど……?」
何度も確認されると、違う気もしてくる。
「……エ、エルフ族はそもそも、風の大精霊様の眷属であり、この自然界において最も精霊に近き人族なのですよ……? 好きじゃないとか……言われたら……一族が滅びます……きっと」
ヒオリさんが椅子から崩れ落ちてしまった。
「私個人の話だからね? 他の精霊は大好きだと思うよ? 知らないけど」
「おわりだぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「クウちゃん、わたしね、冗談はそれくらいにしてあげたほうがいいと思うの」
「そ、そうだね。あはは」
大人なエミリーちゃんに諭されて、私は笑って誤魔化した。
「じょ、冗談……?」
「う、うん?」
「なんだ! そうでしたか! これは某、一本取られましたねっ!」
ヒオリさん、立ち上がって大笑い。
立ち直り早っ!
「いやー、考えてみれば、そうに決まっていますよね! 精霊は陽気でイタズラ好きだと長老も言っていましたそういえば!」
「そ、そうなんだー」
「では今後とも、どうぞよろしくお願いします」
「え?」
いやそれは。
と、言おうとしたらオダンさんが早くも戻ってきた。
「せいれいさんだー」
「姫様、久しぶりだな。元気だったか?」
「わーい」
近所の人たちも一緒だった。
「みんな、クウちゃんが来たって言ったら会いたがってな。迷惑だったか?」
「そんなことはないよ。久しぶりー」
「それでよかったら、どうだ? 今夜、前にみたいに騒がないか?」
「宴会? いいよ!」
宴会は大好きだ。
幸いにも、明日も予定はないしね。
いやお店はあるけど。
「よし、なら決まりだな。みんな、いいってよ!」
よしなら準備だ!
と、外のみんながわっと盛り上がる。
「準備ですか。それならばクウ様の従者として某も手伝いましょう! こう見えて力仕事は得意なのです!」
「いや従者じゃないからね!?」
という私の声は、たぶんエミリーちゃんにしか聞こえていなかった。
ヒオリさんは風の速さで外に出ていったし。
「エルフの嬢ちゃんにはほら、パンも持ってきてやったぞ」
「これはありがたい! 力が漲ります!」
「従者じゃないぞー?」
うん、もう聞いていないね。
外は外で盛り上がってしまっている。
「ねえ、クウちゃん、わたし、少しでも早く勉強をしてみたいの。魔術書、一緒に読んでもらってもいい?」
「いいよー」
何もしてないけど疲れたので、気分転換も兼ねてエミリーちゃんの読書を手伝ってあげることにした。
エミリーちゃんは、頑張って文字を勉強していたようだ。
魔術書もそれなりに読めた。
正直、感心してしまった。
宴会は楽しくおわった。
事件の後もオダンさんたちは普通に暮らせている様子でよかった。
夜はぐっすり寝た。
朝食も、お母さんの手作りのスープを美味しくいただいた。
オダンさんには、エミリーちゃんにはバレないようにパンと果実と干し肉をプレゼントして断られたけど強引に渡した。
あと、私のお店のちらしも渡しておいた。
住所が載ってるしね。
そしてお別れの時間。
エミリーちゃんを先頭に、大勢が見送りに来てくれた。
私の隣には当然のような顔をして、和風な旅姿のヒオリさんがいた。
「さあ、参りましょう」
「私は帰るけどね? ヒオリさんも旅、気をつけてね?」
「道中の護衛はお任せください。こう見えて某、剣と弓には自信があります」
「剣も弓も持ってないよね?」
「恥ずかしながら取られてしまいまして」
はにかんだ笑みを浮かべても、可愛いけど可愛くないからね?
「エルフの里って遠そうだし、気をつけてね?」
「ご安心を。里帰りは当分しません」
「……気をつけて帰ってね?」
「お任せください!」
話が通じないけど、私は知らないよ?
「みんなも、またね!」
最後にエミリーちゃんともお別れ。
「エミリーちゃんもまたね」
「勉強、がんばるね。本、ありがとう」
「うん。応援しているよ。また来るね」
「クウちゃんもがんばってね? ……いろいろ大変になると思うけど」
ちらりとヒオリさんを見て、エミリーちゃんは囁いた。
大丈夫。
逃げるからっ!
「じゃあ!」
私は『透化』して『浮遊』した。
さらば。
私はお店を開けたいので、のんびり歩いては帰れないのだ。
1人で飛んで帰る。
昼前には帝都に戻って、お昼にはお店を開けた。
オープンしたばかりなんだから、できるだけ営業していかないとね。
私は日常に戻る。
しかし。
平和は長く続かなかった。
ぬいぐるみを作りつつまったり店番をしていると店のドアが開いて、息を切らせたヒオリさんが現れた。




