648 閑話・アンジェリカは朝の浜辺でくつろぐ
朝。
日の出より早い時間に私は目が覚めた。
まだ灰色がかった空の下、テントから外に出た。
サンダルを履いて白い砂を踏む。
私、アンジェリカ・フォーンが、このランウエルの砂浜に来るのは、去年に続いてこれで2度目。
普通なら一生来ることのない、まさに異世界のような場所だ。
クウが連れてきてくれた。
クウと友達になったのは、去年の5月――。
アーレでのお祭りの時だった。
あれから1年と少し。
クウとは昔からの友達のような気がしているけど――。
まだ、そんなに多くの時間は過ぎていない。
もっとも、密度は凄いけど。
「んー」
背伸びをして、黎明の潮風を吸い込む。
旅の最中だけど、髪も体も服も、すべてさっぱりとしている。
なので純粋に心地良かった。
寝る前にスオナが洗浄の魔術をかけてくれたおかげだ。
水の魔術は便利で羨ましい。
砂浜は綺麗だった。
薄暗い夜明け前の空の下でも、ちゃんと白いとわかる。
昨夜のバーベキューの跡は、もうどこにもない。
いつの間にか、キアード様のメイドさんたちが綺麗に片付けてくれた。
メイドさんたちはクルーザーでお休み中だ。
砂浜の隅に桟橋があって、クルーザーはそこに停泊している。
海も綺麗だ。
こちらもまだ暗いけど、青い海の色が現れてきている。
砂浜には今、私、1人。
と思ったら――。
「おはようございます、アンジェちゃん」
砂を踏んで、同じテントで寝ていたセラがやってきた。
「おはよう。ごめんね、起こしちゃった?」
「いいえ。わたくしも普通に目が覚めました。静かで綺麗な景色ですね」
「うん。ホント」
一昨日までこの海には、ウツボ団という凶暴な海賊組織がいて普通の人たちに迷惑をかけていた。
だけど、多分、もう現れない。
アジトも船もボスも腹心も、たったの一晩でクウとゼノさんが消滅させた。
海は平和になった。
「……海賊って、領主の館に投げ込まれたのよね。どうなったのかな」
「どうなったんでしょうね」
セラがクスリと笑う。
きっと、楽しいことになっているだろう。
「だいたい逮捕されたよ」
「わっ!」
「おはよう、セラ、アンジェ」
いきなり目の前に浮遊したゼノさんが現れた。
びっくりした。
朝の挨拶を交わして、私はたずねた。
「逮捕って、やっぱり領主が保身に必死ってヤツですか?」
「そ。ボクたちのお遊びを、獣人軍の仕業だと勘違いしたみたいだね。奴隷を扱う連中は例外なく許さない的な?」
海賊は強い。
領主の兵は弱い。
だけど、海賊たちは無造作に投げ捨てられて、半殺し状態。
捕まえるのは簡単だったようだ。
領主は今、必死になって、自分がウツボ団とは無関係であることをアピールしているらしい。
「まあ、逮捕は形だけかも知れないし、最終的にはどうなるか知らないけど、あとは政治の問題だからボクたちには関係ないよ」
「それはそうですね」
私は肩をすくめた。
ずっとここにいて、ずっと関わるなら話は別だけど――。
私たちは、今日にはここを立ち去る。
次は島に行く。
今は、夏の旅行の途中なのだ。
あとはキアード様や、そのまわりの人たちに頑張ってもらおう。
「さあ、セラ、アンジェ!
そんなことより、朝食の準備をしてよ!
ボク、お腹が空いちゃってさー」
「はい。わかりました」
気を取り直すように、ひときわ明るくセラがうなずいた。
「と言っても、どうしよう……。なに作る?」
私にはパッと思いつくメニューがなかった。
するとセラが提案してくる。
「サンドイッチとスープなんてどうでしょうか?」
「あ、いいかも」
簡単だし。
「ゼノさんはどうですか?」
「任せるよー。みんなの作るモノは、どれも美味しいしねー。ボクは念の為に少し海を見てくるねー」
エミリーやヒオリさんが作るなら、ね……。
ゼノさんが海に飛んでいく。
私とセラは、普段の生活で料理をすることがない。
完全な素人だ。
とはいえ、さすがにサンドイッチやスープなら余裕だろう。
サンドイッチは挟むだけ。
スープは、鍋に水と具材を入れて沸騰させるだけ。
楽勝よね。
魔導コンロと、食材を山盛りに詰め込んだバスケットは、テント脇のシートの上に置いてあった。
クウが事前に、魔法の収納空間から出しておいてくれたものだ。
クウとマリエは、今日は昼まで寝ると言っていた。
2人共、さすがに体力の限界だったようだ。
まあ、うん。
ゆっくりしてもらおう。
エミリーとスオナとフラウさんとヒオリさんも、まだテントから出てこない。
朝食が出来たら起こしてあげよう。
キアード様もテントの中で寝ている。
もちろん1人でだ。
キアード様は、エミリーと一緒に寝ようとしていたけど……。
エミリーは、笑顔で了承していたけど……。
私たちで、ちゃんと、しっかりと、お断りさせていただいた。
キアード様のテントは、私たちは準備していなかったけど、いつの間にかメイドさんたちが立てていた。
「じゃあ、セラ。2人で作りましょうか」
「はい。美味しい朝食を準備して、みんなを笑顔にしちゃいましょう」
おー!




