644 こっそりと話を聞く
こんばんは、クウちゃんさまです。
私は今、ゼノと2人、港湾都市リゼントの上空にいます。
夜です。
世界には、星と月が輝いていて綺麗です。
「クウ、どこから行く?」
「んー。そだねー」
意識を高めて、敵感知を都市全体に広げてみる。
ぽつりぽつりと反応はある。
その中で――。
私は1番強い反応を探した。
さあ。
これから私たちは大捕物だ。
この港町に巣食う悪党を今夜で根こそぎ掃除するのだ。
そのためには――。
ちゃんと組織のボスと、そして、おそらくその裏にいるだろう真の悪党を捕まえる必要がある。
実行犯なんて雑草と同じだ。
摘み取ったところで、また生えてくる。
「よし。あそこからにしよう。この町で1番に敵反応が強いし」
「オーケー」
私が最初に選んだ場所は、超高級レストランの最上階だった。
ゼノと2人、姿を消して中に入り込む。
豪華な個室には、いかにも貴族っぽい20代の優男と、いかにも大商人っぽい高慢な顔つきの中年男性がいた。
2人きりだ。
敵反応は、その2人から出ていた。
ひときわ大きな反応は、大商人っぽい男の方かな。
貴族っぽい優男がウィスキーの入ったグラスを片手に笑う。
「ははは。何を言っているのですか、エチ・ゴーヤ殿。この私、キドリー侯爵家の次期当主イイヒトが、奴隷の密売? するはずがないではありませんか」
「そうでしたな。これは失言でした」
優男はキドリー家のイイヒト。
大商人っぽい男はエチ・ゴーヤというようだ。
「発言には、気をつけるといいでしょう。近頃では、どこに誰の目があるのかわかりませんからね」
「……左様で御座いますな。しかし、憎らしいではありませんか。近頃では獣人風情がやりたい放題。先日の王都襲撃など……! たった1日にして我が兄の商会が破滅に追い込まれたのですぞ!」
エチ・ゴーヤの兄は奴隷商人だったのかな。
ナオがトリスティンの王都で奴隷商館を破壊し尽くしたって話だし。
「では、悪魔でも呼び出して、契約しますか? 闇の魔導書であれば、心当たりがなくもありませんが」
「いえ……。そこまででは……」
「まあ、それがいいでしょう。そんなことをしたところで、すぐに聖女様のお怒りに触れるだけです」
「……聖女様も何をお考えなのか。我らがここまでの被害を受けているというのに声明ひとつ出されないとは」
「その答えはとっくに出ているでしょう? あのソードが獣人軍に手を貸しているのですから」
ふむ。
ソードとは、恥ずかしながら私のことだ。
手を貸した記憶はないけど……。
あ、でも、前に遊びに行ったことはあるか……。
「いまいましいっ! このままでは本当に飲み込まれますぞ!」
「……そうですね。このままでは遠からず、トリスティン王国は大陸から消滅することでしょう」
「キドリー様にはトリスティン貴族としての矜持がないのですか!?」
「ありますよ。だからこそ、ここにいるのです」
「そうでしたな……。失礼しました……」
聞いていると――。
横からゼノが囁きかけてくる。
「……ねえ、クウ。いつまで聞いてるの? 時間の無駄じゃない?」
ふむ。
興味深い会話ではあるけど、たしかにそれはそうか。
夜明けまではおわらせたいし。
というわけで、さくっと全員、眠らせた。
そして、キドリーにゼノが催眠をかける。
結果、いろいろと判明。
まず、私たちが第一の敵としていたウツボ団という海賊は、エチ・ゴーヤを含んだトリスティンの大商人たちが密かに資金援助して生まれた。
リーダーは、アヤシーナ商会の元幹部。
去年、私とゼノがアヤシーナ商会を潰した時、たまたまトリスティンにいて難を逃れたらしい。
帝国への復讐に燃えているようだ。
なので帝国領なら、なにをするのも自由!ということで、次から次へとゴロツキを集めているらしい。
本拠地は、トリスティン南部の港湾都市カクレミーノ。
大商人たちの黙認の下、マフィアのように港や町の一部を支配して、好き放題にしているようだ。
奪ってきた品物は、様々なルートから町の市場に流して、大商人たちと利益を共有する仕組みになっているようだ。
キドリー侯爵家は、カクレミーノを含んだトリスティンの南部を領有する歴史ある名門の貴族家。
カクレミーノの領主は、キドリー家とは血縁関係のない寄子の男爵。
酒と賭け事にしか興味のない無能のようだ。
イイヒトは、あくまでもアドバイザーとして、その無能領主に助言だけ与える立場のようだ。
実際には、すべてを誘導しているのは、イイヒト。
ただし、決して現場には出ることなく、直接的な指示を出すこともなく、あくまでも間接的に行っている。
聖女や獣将に目を付けられたりしたら、即座に全責任を領主になすりつける準備は万端のようだ。
大商人たちも、自分では決して手を汚さず――。
すべてをウツボ団にやらせて、美味しいところだけを頂戴している。
奴隷の需要は、上がるばかりのようだ。
「で、クウ、どうする?」
「ふむ」
話を聞いて、私は困った。
つまり、どうすればいいんだろうか。
目の前にいるイイヒト・キドリーとかいう貴族が、いろいろと暗躍している張本人のようだけど……。
狡猾なことに、彼自身は手を汚していない。
エチ・ゴーヤも同じだ。
彼らがリゼントに来ているのも、ただの商談のため……。
実際には、自分たちに警備の目を集めさせて、その隙にウツボ団の連中が出入りするためみたいだけど……。
「こういう地位の高いニンゲンってさ、このまま衛兵に突き出しても対処するのが難しいんだよね?」
「しかも、他国の人間だしねえ……」
確実に政治問題だ。
「ならテキトーに人格をイジっとく?」
「うーむ」
正直、人格の強制変更は、あまりにお手軽で、あまりに強い。
今回の問題も即座に解決できるだろう。
とはいえ……。
トリスティンの貴族には、すでに使っている手段だ。
1度目は、第一王子のリバースに。
2度目は、旧ド・ミ国を領有する大貴族ヘルハインと、その配下に。
3度目は……。
さすがに怪しむ人間が出てくる気がする。
いくらなんでも変だと。
帝国の策略だと思われたら大変だ。
確実に怒られる。
それは避けたい。
私は、いい子のクウちゃんでいたいのだ。
今回は、別の方法……。
相手は、どれだけ大物気取りをしていても、完全に小物だ。
力づくでいい気もする。
うん。
その方がいいかな。
そうするかー。
私は決めた。




