642 キアードくんとのお話
「さあ、今夜は俺の奢りだ! 遠慮なく全部食ってくれ!」
「坊ちゃま、屋敷に招いておいて奢りも何もありません。バカだと思われるだけなのでご自重下さい」
少年領主のキアードくんと猫耳メイドなティセさんのコンビは、一年経っても健在のようだ。
というわけで。
こんばんは、クウちゃんさまです。
私たちは今、サウス辺境伯家のお屋敷に来ていた。
テーブルに並ぶのは、大量の海鮮料理。
実に豪快。
どれも美味しそうだ。
キアードくんがしみじみと言う。
「帝都から連絡を受けて、俺はカメの子とエミリー、それに皇女の御一行が来るのを楽しみにしていたんだ」
ちなみにカメの子とは私のことだ。
私の青い髪が、カメ様の青色と同じだからという理由で――。
キアードくんが勝手に私をカメ様の仲間だと思い込んで――。
去年、そう呼び始めた。
まだその呼び方を覚えているとは……。
まあ、いいけど。
「で、皇女の御一行が来たって連絡を受けて、俺は大忙しの中、馬に乗って自ら迎えに出たわけだ。感謝しろ」
「一年中が夏休みの坊ちゃまだからこその早業でしたね」
「うむ。その通りだ!」
ティセさんの毒舌を気にせず、キアードくんは大げさにうなずいた。
私たちは観光していたところをキアードくんに見つかり、そのままお屋敷に連れて来られたのだった。
「とにかく食え! そして、今夜は泊まっていけ! 明日からは思いっきり遊ぶから覚悟しておけよ!」
キアードくんは、一年経っても、中身は変わっていないようだ。
外見は成長して、男っぽくなっている気もするけど。
うん。
私たちは全員、女の子なんだけどね。
しかも美少女揃い。
なのに、そんなことは意識する様子もなく、普通に友達として、一緒に遊ぶつもりのようだ。
「明日はいいけど、明日だけね」
私は言った。
「なんでだ? 今年は、そんなに早く帰るのか?」
「私たち、島に行く予定なんだよ」
「島?」
「うん。ここから南に行ってね」
俺も行く!
って言われるかなーと思っていたんだけど。
キアードくんの反応は違った。
「……外洋に出るのはやめといたほうがいいぞ。今、海賊がいるし」
腕組みして、顔をしかめてそう言った。
「へー。いるんだ」
「ウツボ団って言ってな……。アヤシーナ商会の生き残りとトリスティンから流れてきた奴隷商人崩れが徒党を組んだらしくて、最近、このあたりで好き放題してて迷惑してるんだよ」
ウツボ団……。
今日の昼に森にいた連中が、そう名乗っていた気がするね……。
「そんなの、とっとと殲滅すればいいでしょー」
「うーん。うちの連中ってさー、みんな、腕っぷしは強くて、戦いとなれば勇猛果敢で頼りになるんだけどさー。細かい調査とかがなぁー。だから、何がどうなってるのかわかんねーんだよ。もちろん、頑張ってはいるぞ。今日だって、山賊まがいのことをしていた連中を何人か捕まえたからな」
「残念ながら、当家は完全に舐められているのが現状でございます。好き勝手やられております」
ぼやくキアードくんの言葉にティセさんが付け加える。
「だからおまえら、俺と遊ぶぞ!」
「いや、遊んでいる場合じゃないよね!? 特にキアードくんは!」
領主なんだし!
「うぐ。それはそうなんだけどな……。少しくらいはいいだろ。そもそも戦士には休息が必要なんだよ」
「もしかして、遊びを囮にして敵を誘い出す作戦?」
エミリーちゃんが、キアードくんの考えをとっても好意的に捉えた、なかなかに前向きな質問をした。
「おう。その通り! さすがは俺の弟子だな。一年経っても俺の天才的な思考をよくわかっているじゃないか、エミリー!」
すかさず乗っかってくるキアードくんはさすがだ。
「なるほど。それも手だね」
私はうなずいた。
美少女様御一行が無防備に遊んでいれば、襲ってくるかも知れない。
するとゼノが言った。
「ねえ、クウ。そんなことしなくてもさ、これから町に行けば、ささっと潰せるよね前の時みたいに。アヤシーナ商会を裸にするのけっこう面白かったし、ボクまた悪党で遊んでもいいよ?」
「いや、うん。それはそうなんだけどね。でもさ、この町のことを、私たちだけで簡単に解決するっていうのはねー」
矜持というか、そういうのを傷つけるよね。
と、私は思ったのだけど。
ティセさんを始めとする、食堂に居合わせた人たち全員が、一斉に深々と頭を下げてきた。
「「「「ぜひとも、お願い致します、カメの子様」」」」
おお。
声が揃っている。
お見事。
「……キアードくん的にはどうなの?」
「そんなもん決まってるだろ! 俺達のことは俺達で解決する! おまえらの力なんて必要ない――。うぐ。うぐぐぐぐ」
「ぜひとも、お願い致します」
キアードくんの口を押さえて、ティセさんが再びお願いしてくる。
「まあ、いいですけど」
「なら、クウ。これ食べたら行こうか」
「だねー。せっかくここまで来たんだから、明日から気持ちよく遊べるように今夜でおわらせちゃおー」
「「「「ありがとうございますっ!」」」」
キアードくんの家人一同に、一斉にお礼を言われた。
いや、うん。
いいけど、自前の調査能力も磨こうね。
「ところで、どうしてトリスティンの奴隷商人が、ここで海賊に……?」
セラがたずねる。
「おまえら知らねーのか? 獣人軍の宣言」
ティセさんから開放されたキアードくんが教えてくれるようだ。
「宣言……ですか?」
「まだ帝都には届いていねーのかな。
獣将ナオ・ダ・リムが全獣人奴隷解放を宣言したんだよ。
これ以上、トリスティン貴族共の、のらりくらりとした時間稼ぎに付き合うことはできない、ってな。
次の日にはトリスティンの王都に獣人軍の部隊が現れてな――」
なんとびっくり。
白昼堂々、トリスティンの王都に数多く存在していた奴隷商館を、ことごとく瓦礫の山に変えたらしい。
奴隷商館には大勢の傭兵がいたけど、手も足も出ずに四散。
王都在住の王国軍も蹴散らされた。
衛兵は遠巻きに見ているだけだったそうだ。
その部隊は、白狼族と黒狼族、少数の銀狼族で構成されていて、ナオが自ら率いていたそうだ。
その名も風魔衆。
忍びか!
まったく忍んでいないけど、忍びだね!
いやー、しかし。
ナオも頑張っているのか。
ついに、奴隷にされていたみんなを助け出したのかな。
ともかく。
結果。
奴隷商人は財産をなくして、落ちぶれたようだ。
「ちなみにこの情報は、帝都では規制されていると思われます。できるだけ口外なさらぬようにお願い致します」
最後にティセさんが付け加えた。
話を聞いて私は思った。
「……なんか、恨みの力で、邪神とか呼び出してそうだね、奴隷商人」
「クウちゃん、気をつけて下さいね」
セラが不安そうに言う。
「うん。油断はしないよ」




