640 港湾都市リゼントへ
馬車の中で、アンジェとセラがしみじみと語る。
「でもなんか、アレよね。私、この旅で、魔物に対する考え方が、すごく変わった気がする」
「そうですね……。わたくしも、まさか魔物と共に食事をする日が来るとは思いもよりませんでした」
「……けっこう可愛いかったわよね、トカゲ」
「はい。可愛かったですね」
ランチの後。
トカゲくんたちにお礼とお別れをして、私たちは再び空の上に戻っていた。
私は今、馬車の中にいる。
竜に戻ったフラウの横にはゼノが付いて飛んでいた。
「2人とも、それについては某も同感ですが――。あくまでフラウ殿にゼノ殿、なにより店長がいればこそであることは、お忘れなきよう。普通は近づいただけで襲われてしまうものです」
「はい。その点については、誤解しないように気をつけます」
ヒオリさんの忠告に、セラが素直にうなずく。
ゼノが外から馬車の窓を叩いた。
「どしたの?」
窓を開けてたずねると――。
「下の森。ニンゲンがニンゲンに襲いかかってるけど、どうする?」
「もち行く!」
私は窓から飛び出した。
この旅始めての、トラブルらしいトラブルだ。
「クウちゃん、気をつけてっ!」
「うん。任せて、セラ」
姿を消して、鬱蒼と茂った森の中に入ると――。
なるほど。
小さな商隊の前に、いかにもな強盗団が立ちはだかっていた。
商隊には4人の護衛の冒険者がいるけど、どう見ても新人だ。
剣を持つ手が震えている。
対して強盗たちは、余裕綽々。
「へへ。おまえら、運がなかったなぁ。よりにもよって、俺達ウツボ団が潜んでいる時に通りかかるなんてよ」
「積荷は俺らが売りさばいてやるから、大人しく死んじまいな」
「だ、黙れっ! 思い通りにいくと思うなよっ!」
おお。
新人くんが、逃げずに吠えた。
だけどダメだ。
森の中から弓で狙われていることに気づいていない。
まあ、うん。
私が弓使いは昏倒させたから平気だけど。
「うおおおおお!」
ほとんど自棄のように、新人くんが先手必勝で斬りかかる。
だけどその動きは、強盗に完全に見切られている。
強盗は、余裕ある仕草で剣を弾き返して――。
新人くんはよろめいた。
強盗が、返す刀でトドメの一撃を――。
与えることはできなかった。
私は森の中から、こっそり魔法をかけた。
バタリ。
と、強盗は倒れた。
まあ、いいか。
面倒なので、強盗は全員、昏睡させた。
新人くんたちは、いきなりの出来事に呆然としていたけど――。
しばしの沈黙を挟んで――。
「……おわったのですか?」
馬車の中から、おそるおそる商人が出てきて――。
「す、すごい! 倒されたのですね! 正直、もうダメかと思いましたが、みなさん素晴らしい腕前なのですね!」
倒れて動かない強盗たちを目にすると、全力で新人くんたちを称賛した。
新人くんたちは、戸惑った後……。
その賞賛を受け取ったぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!
いい気になったぁぁぁぁぁ!
まあ、いいけど。
強盗たちをロープでぐるぐる巻にするところまで見て。
私とゼノは空の上に戻った。
「いいニンゲンが助かってよかったけど、もう少し敵が強くないと、なんかこう面白くはないね」
「まあねー。張り合いはないねー」
まあ、とはいえ……。
私とゼノが本気で挑まなければならない相手なんていたら、人間社会は崩壊してしまうだろう。
とりあえず、助けることができてよかった。
ゼノ、ナイス発見。
森を抜けてしばらく進むと、街道は一気に賑やかになった。
十字路の左右に町があるのだろう。
魔力感知すると、魔石をたくさん積んだ馬車もいるから、ダンジョンがあるのかも知れない。
気になるところだけど――。
街道をまっすぐに進み、港町リゼントを目指そう。
まあ、私たちは空からだけど。
街道は、山と山の谷間を進んでリゼントへと入る。
私たちは山を越えて、山頂からリゼントに入った。
港町――。
というか、正確には港湾都市であるリゼントは、サウス辺境伯家の治める帝国南部で最大の都市だ。
山頂からは都市を一望することができる。
山の斜面から平野を挟んで海にまで、たくさんの建物が立ち並んでいる。
港には、船が何隻も停泊しているのを見て取ることができた。
なかなかの発展ぶりだ。
安全に着地できる大岩の上で、フラウには幼女の姿に戻ってもらった。
馬車からみんなにも出てきてもらう。
ここから先は、私の銀魔法『重力操作』と『透明化』で、浮かんで密かに中央の広場まで行く予定だ。
まあ、うん。
去年と同じ侵入ルートだねっ!
「あの、クウちゃん」
「ん? どしたの、セラ」
「今年は普通に検問を受けて町に入りませんか?」
「どして? めんどくない?」
「わたくしたちが来たことは、わかるようにした方が良いかと。キアードくんとは知己ですし。もしかしたら連絡が行っていて、わたくしたちが来るのを待っているかも知れませんし」
なるほど。
というわけで今年は、普通に入ることになった。
街道脇の空き地に着地して、あとはみんなで普通に歩いた。
都市へとつづく門の前には行列があった。
貴族特権を使えばスルーできるけど……。
目立つのは嫌だし、帝都の大門と比べればそんなに長い行列でもなかったので普通に並ぶことにした。
都市には、ほぼ問題なく入ることができた。
検問の兵士には、
「こここ、皇女様ぁぁぁぁ!?」
なんて叫ばれて、やや目立ってしまったけど……。
すぐに別室に入って、後は静かに処理してくれた。
さあ。
一年ぶりのリゼントだ!
門をくぐれば、そこは、人と馬車の行き交う広いロータリーだ。
大いに賑わっている。
「ねえ、アンジェ」
「ん? どうしたの、クウ」
「この一年でさ、この町、もしかしてすごく変わったのかな」
「……そうね。そうかも」
ロータリーには、大きな看板があった。
ようこそ!
カメ様の里、リゼントへ!
と描かれている。
脇にはたくさんの、丸いイガイガの……たぶんウニを表現しているだろう彫像が置かれていて……。
たくさんの「のぼり」も立てられていて……。
そこにも、カメ様の里、と文字があって……。
屋台を見れば、「カメ様ペンダント」や「カメ様タペストリー」といった多くのカメ様お土産が売られていた。
もちろんお約束の、「カメ様まんじゅう」みたいな食べ物もあった。
大々的にカメ様の里であることをアピールしつつ……。
ロータリーの真ん中には、無数の針金で作られた、まさに巨大なウニのモニュメントがあった。
どれも去年には見かけなかったものだ。
カメ様の里なのに、ウニ。
ウニ。
「ねえ、アンジェ」
「いいたいことはわかるわ、クウ」
よかった!
と思ったら……。
「キアード君、頑張っているみたいね。カメ様で都市の活性化」
他のみんなも口々に感心する。
カメ様の都市として、アピール頑張っているね、と。
スオナまでもが、
「なるほど。このモニュメントは、まさにカメ様の輝きを表しているんだね」
と、納得していた。
いや、ちがうよね!?
ただのウニだよね!?
どこから!
どう見ても!
ウ!
ニ!
と、私は心の底から叫びたかった……。
叫ばなかったけどね……。
だって、うん。
みんなは、真面目に言っている。
私はちゃんと空気が読めるのだ。




