64 エルフの女の子はよく食べる
もったいぶってもしょうがないので、オダンさんの家に戻って、エルフの子を椅子に置いたところでエミリーちゃんに魔術書を渡した。
「……これ、いくらだったの?」
受け取って、エミリーちゃんがおそるおそる聞いてくる。
「いくらだったかなぁ。すぐに買えたし、思ったより高くなかったよ」
「そうなの?」
「うん」
実際、今の私にとっては端金だ。
なにしろ金貨3万枚ある。
「……クウちゃん、知ってる? タダより怖いものはないんだよ?」
「お友だちの場合は別だよね? 助け合っているだけなんだから」
「悪い人は、最初だけ優しいのがお約束なんだよ?」
「私、悪い人?」
たずねると、全力で首を横に振ってくれた。
よかった。
「なら問題ないよね」
「……本当にもらっていいの?」
「うん。いいよ」
「ありがとう! うれしい! わたし、いっぱい勉強するね!」
「頑張ってね」
「うん。がんばるがんばるがんばるっ!」
やっと笑ってくれた。
よかったよかった。
さて、緑色の髪をしたエルフの子だ。
オダンさんがパンと水を持ってくるや否や目覚め、一気に水を飲み干し、爆速でパンを食べ始めた。
あっという間に食べおわってしまう。
「ふう。生き返りました。ありがとうございます」
「お、おう……」
あまりの食べっぷりにオダンさんは引いている。
「まだ食うなら持ってくるが……」
「ぜひに!」
追加分もすぐに食べきった。
さらにオダンさんが持ってきてくれた果実と干し肉も平らげる。
ちなみに奥さんはいない。
今日は夕方まで裁縫の仕事に出ているそうだ。
「某、まだいけます」
「……すまんな。すぐに食べられるものはもうないんだ」
オダンさん、いい人だな。
食べ物ならアイテム欄にいくらでもあるし、秘密にしておくつもりだったけど、やっぱり後で補填してあげよう。
「そうですか……」
「まだ食べたりないの?」
私は呆れ半分に聞いた。
だって今だけで、私の1日分より食べていた。
「はい。これでも某は夢幻の森の出身だけに無限の胃袋を――」
言いかけて、エルフの子の口が止まった。
私をじっと見つめる。
「どうしたの?」
「某の霊視眼が強烈に反応しています。眩しいほどなのですが、貴女はまさか名のある悪霊ですか?」
「まさか」
「そうですよね。そうは見えません」
「ところで、私はクウ。こっちがエミリーちゃんで、こっちがオダンさん」
トムはもういない。
町についたところで別れた。
「これは失礼をば。某はヒオリと申します」
和風な名前だ。
「ヒオリさん、どうして森の中で倒れていたの?」
「実は恥ずかしながら、旅の最中で仲良くなった御仁に所持品を持ち逃げされてしまいまして。それでやむを得ず、森で食べ物を探していたのですが、そもそも空腹だったので上手くいかず、ついに限界を迎えて――」
「バタン、と?」
「はい」
「世の中は世知辛いね」
エミリーちゃんがしみじみと言った。
「しかし、捨てる神あれば拾う神ありです。この度は危ないところを助けて頂き、誠にありがとうございました」
ヒオリさんは頭を下げて、それから再び私をまじまじと見つめた。
「えっと、あの……」
「某の霊視眼が強烈に反応しています。眩しいほどなのですが――」
「私、悪霊じゃないからね? ただの精霊だし」
「……今、なんと?」
「ただの精霊」
どうしたというんだろう。
ひたすら見つめられて、少し恥ずかしい。
「実は某、大きな目的を持って旅をしていたのです」
「というと?」
「実は今から1ヶ月ほど前、我らの長老が夢を見まして。長老は巫女でもあり、その夢はよく未来に重なるのです」
予知夢というものだろうか。
「曰く、夜空に光が降り注ぎ、1000年の時を経て精霊が現れる、と」
「おお、帝都の話だな。俺は1日、間に合わなかったんだよなぁ」
「やはり帝都の噂は真実なのですね?」
「俺はこの眼で見たぞ。帝都の連中が祝福の力でみんな元気になって、浮かれて騒いでいるところを」
ヒオリさんに問われて、オダンさんがうなずく。
「某は、ぜひとも精霊に会いたかったのです。生まれてこのかた、精霊を見ることのできる霊視眼を持ちながらも一度としてまともに使う機会はなく、見えるものと言えば淀み沈んだ悪霊の類ばかり……」
よほど嫌な思い出なのか、ヒオリさんはうつむいて拳を握る。
「それで急ぎ森を出て、ひたすらに歩いて手がかりを探していたところ、帝都での噂を聞きつけまして――」
「えっと。とりあえず、おめでとう?」
目の前にいるしね。私。
「精霊というのは普通の人間には認識できず、霊視眼を持つ選ばれし者にのみ見ることのできる存在だと聞いてきたのですが……」
「そかー」
「クウ様は、普通にここにいますよね?」
「様じゃないけどねー」
「普通にここの人間たちと言葉を交わしていますよね?」
「おしゃべり好きだしね」
「わたし、クウちゃんの友だちだよっ!」
横からエミリーちゃんがくっついてきた。
「そだねー」
抱き止めて、子犬みたいに髪をわしゃわしゃしてあげる。
「そうですかぁ……」
なぜかヒオリさんはずどーんと落ち込んだ。
「どうしたの?」
「いえ……。夢幻の森では某と長老だけが霊視眼を持っていたもので……。某は精霊を見ることのできる者だとチヤホヤされてきたもので……。某も、自分は選ばれた者なのだと信じて生きてきたもので……」
「そかー」
「クウ様は、精霊なのですよね?」
「精霊だよ?」
異世界からのコンバート精霊だけど、精霊なのは確かだ。
ステータスにもそうあるし。
「いえ、疑っているわけではないのです……。某の眼にも、クウ様は自然の輝きそのものとして映っています。それはまさに長老から教えられた、霊視眼でのみ見ることのできる精霊の姿そのもの……」
「話はわかんねえが、まだ食べたりないなら、食いもん買ってきてやろうか?」
「ぜひともお願いしますっ!」
急に元気になって、ヒオリさんがオダンさんに頭を下げた。
「オダンさん、大丈夫? ――お金とか」
「おう。任せろ。それよりクウちゃん、エミリーに魔術書をありがとな。それに比べればたいしたもんじゃないが、お礼をさせてくれ。クウちゃんの分も買ってくるから、ぜひ食べていってくれよ」
「うん。ありがと」
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