637 夜。寝る前の……。
「……マリエは一体、どこから来て、どこに行くんだろうね」
「あのー、クウちゃん。私は、どこにも行く予定はないからね? 変な場所に連れて行かないでね?」
「スオナは、魔道の果てに行くのかなぁ」
「どうだろうね……。果てまで行ければ嬉しいけど」
夜。
あとは寝るだけの時間。
ローゼントさんが用意してくれたいくつかの客室に、私たちはくじ引きでそれぞれに別れて入室した。
私は、マリエとスオナと一緒だ。
なかなかに珍しい組み合わせな気がする。
部屋にはベッドが3つあったけど、かなり大きかったので、3人で1つのベッドに寝転んでいる。
その方が旅感があっていいよね。
「クウは、どこに行くつもりなんだい?」
ランプが灯す小さな明かりの中――。
私の方に顔を向けて、スオナが聞いてくる。
「とりあえずは、南の島かなー」
「僕たちもそうだね」
「だねー」
私は同意した。
あはは。
「……あの、クウちゃん。人生のことを話していたんじゃないの? そうでないなら私は、帝都から来て帝都に帰るだけだよ?」
「え、そうなの?」
そんなバカな。
「なんで驚いてるのー」
「いやー、だって、マリエはマリーエ様として世界の審判を――」
「しないからねっ!?」
「しかし、まさか、噂の審判者様がこんな近くにいたとは本当に驚いた、というか笑ってしまったよ」
「だよねー。私も笑ったよー。あははー」
マリエが気楽に笑う。
「自分のことなのに?」
「クウちゃんには言われたくありませんー」
「あはは」
これには私も笑った。
まあ、たしかにね!
「でも、ありがとね、クウちゃん。こんなすごい旅に連れて来てくれて。普通なら一生縁がなかったよ」
「本当にね。僕も楽しみだよ。海なんて生まれて初めてだから」
「私も」
「海って、どんな感じなんだろうね」
「波とかねー」
マリエが言う。
「見せてあげよっか?」
私はベッドから身を起こした。
「なにを……?」
マリエが疑わしそうにたずねてくる。
「波だよ、波」
「ここで?」
「うん」
「あの、クウちゃん……」
「ささ、マリエもスオナも身を起こしてー。寝転んだままだと、ちゃんと波が見えないよー」
波と聞いては、このクウちゃんさま、黙ってはいられないのだ。
私は魔法の光『ライトボール』を浮かべた。
部屋が白く染まる。
「よくわからないけど、せっかくだし見せてもらおうか。クウの水の力、勉強にさせてもらうよ」
「……ここ、ご領主様の家なんだからね? クウちゃん、壊したり濡らしたりしたらダメだからね?」
スオナとマリエが身を起こしてくれる。
では。
ひさびさのー。
一発芸。
アリスちゃんの誕生日会で披露して以来だ。
両腕を左右に広げて。
力を抜いて。
タイミングよくゆらゆらと揺らして、表現する――。
「なみ、ざばざば~」
ざばざば~。
ざばざば~。
どやぁ!
◇
【閑話・セラフィーヌのおやすみ前】
わたくし、セラフィーヌは、寝る前なのに緊張してしまっています。
くじ引きの結果……。
わたくしはゼノさんと同じ部屋になりました。
2人きりです。
…………。
……。
他の部屋は、クウちゃん、スオナちゃん、マリエさん。
はい。
わたくしもクウちゃんと一緒がよかったです。
もうひとつの部屋は、エミリーちゃん、ヒオリさん、フラウさん。
はい。
クウちゃんの工房で暮らしている皆さんですよね。
エミリーちゃんは、正確には暮らしているわけではありませんけど、暮らしているようなものです。
きっと、いつも通りですね。
そして、わたくしとゼノさん。
アンジェちゃんは夜も遅かったのですが、自宅に帰りました。
地元ですものね。
今夜は久しぶりに自分の部屋で寝て、明日の朝、再合流の予定です。
ゼノさんは闇の大精霊です。
クウちゃんとは仲が良くて、2人であちこちに出かけては事件を解決したりしているみたいです。
クウちゃんのお友だちは、わたくしのお友だちです。
なのでゼノさんともお友だちなのですが……。
正直、これまで、あまり絡んだことはありませんでした。
なぜなら、わたくしは光の属性。
光と闇は、対立しているわけではなく、ゼノさんは光の大精霊のリトさんとも仲はいいですけど――。
でも、違和感はどうしてもあります。
今もとなりのベッドに闇の気配を感じてしまって――。
いえ、はい……。
感じるも何も、そのままゼノさんがいるのですけれども……。
妙に意識してしまいます。
眠る前に、同じ部屋ですし……。
何か少しはおしゃべりするべきだとも思うのですけれど……。
内容も思い浮かびません……。
ゼノさんはマイペースな方なので、べつに無理におしゃべりなんてしなくても平気だと思いますけれど……。
わたくしは、なんだか気になってしまいます。
でも正直……。
自分から話しかけるのは苦手です。
以前の、始めてのお茶会の時も、頭が真っ白になってしまって――。
自分から何をしゃべっていいのかもわからなくて――。
ただひたすら、参加してくれた皆さんに、学院での生活を聞くばかりになってしまいました。
幸いにも……。
皆さん、おしゃべり上手で……。
わたくしは聞くだけでも、会話は途切れませんでしたが……。
そうだ。
わたくしは思い切って話しかけてみました。
「……ゼノさん、アリスちゃんとの生活はどうですか?」
闇の魔力を持つアリスちゃんとは、以前にクウちゃんのおうちで開かれたお茶会で会っています。
大人しくて人見知りな子でした。
それこそ、わたくしよりも人付き合いが苦手そうな――。
普段はどんな子なのでしょうか。
「ん? 興味あるの?」
「はい」
「……なら教えてあげてもいいけど。ボク、アリスの家では猫として暮らしているんだよね、真っ黒な猫。なんでだと思う?」
この後、ゼノさんからアリスちゃんとの生活をたくさん聞きました。
夢中になって話すゼノさんは可愛らしかったです。
逆に聞かれて、わたくしもクウちゃんとの日々を話しました。
クウちゃんのことなら、いくらでも話せます。
この夜。
眠る前の一時。
わたくしたちは、お互いの好きな相手のことで、大いに盛り上がりました。
わたくしたちは、光と闇。
正反対の属性ですが――。
違和感は、いつの間にか消えていました。
おかげで気持ちよく、わたくしは眠りにつくことができました。
ベッドの中でわたくしは思います。
やはり、そうなのです。
脳が震えるほどの強さで、わたくしは改めて確信します。
クウちゃんこそが至高。
クウちゃんこそが究極。
クウちゃんの話さえできれば、わたくし、誰とでも仲良くなれるのです。
クウちゃんこそが、帝国一、宇宙一、世界一、大陸一に可愛い、至高で究極で最高の存在なのです。
ああ、でも!
いけませんっ!
最近のクウちゃんは、可愛さに増して――。
どんどん綺麗になって――。
いいえ、ちがいますね。
綺麗なのは最初からですね。
どんどん神秘的になって――。
それこそ、不敬を承知で表現するのであれば、まさに女神様のような神々しさすら持ち始めています。
いけません。
このままでは、クウちゃんを適切に表現する言葉が――。
なくなってしまいます。
女神様はダメです。
クウちゃんは、創造神アシスシェーラを信奉しています。
女神様なんて呼んだら、きっと怒られます。
考えねば、なりません。
クウちゃんに相応しい、クウちゃんを永遠に称えることのできる――。
究極で至高の呼び名を――。




