630 閑話・騎士の子テオルドは確信していた
楽団と黒騎士隊の先導を受けて、セラフィーヌ殿下の乗るオープンタイプの馬車が俺達の前を通り過ぎていった。
俺はテオルド。
黒騎士隊の隊長であるゴードンの息子。
「……セラフィーヌ殿下、ちらっとしか見えなかったけど、まるで妖精みたいに可愛らしかったな」
「フォーン先輩は、ますます綺麗になってたな」
一緒にパレードを見学していた仲間達が呑気に会話する。
「来年、学院に入ったらさ、お2人に挨拶する機会とかあるのかな」
「ねーだろ。俺らじゃ近づけもしねーって」
「俺はあるかも。フォーン先輩とは去年、学校の委員会が一緒でさ、けっこう一緒に仕事した仲なんだよな」
「うおー。いいなー。その時には俺にも紹介してくれよー」
仲間達は俺と同じで11歳。
俺と揃いの黒服を着ている。
その黒服は、共に黒騎士を目指す仲間の証として作ったものだ。
少年騎士団――。
なんて、俺達は勝手に名乗っている。
「おい、行くぞ」
俺は呑気な仲間達に一瞥をくれて、身を返した。
群衆から離れる。
「なあ、テオルドはどっちが良かった?」
「こいつは、どっちもちげーって。セラフィーヌ様のメイドさんだろ」
「あー、そうだったな」
「今年も来てるのか? なんて子だっけ?」
仲間達は付いてきた。
だが、会話が本当に緊張感ゼロで、俺はイラつく。
ちなみに「なんて子」の名前はエミリーだ。
去年、セラフィーヌ殿下のメイドとしてアーレに来ていたが、今年も来ているかどうかは知らない。
エミリーについては去年、父上の許可も得て大宮殿に問い合わせたが、素性は教えてもらえなかった。
つまり俺は相手として、相応しくなかったということだ。
なのですでに諦めている。
ただ今年も、会うことができれば嬉しいとは思う。
きっと――。
いや、間違いなく――。
セラフィーヌ殿下やアンジェリカよりも綺麗になっていることだろう。
いや、ちがう。
俺は、仲間の会話に流されて、緊張感を失いかけた自分を強く律した。
今は――。
それどころではないのだ――。
路地を抜けて次の通りに出る。
「おまえら――。あの中には悪魔がいるんだぞ。もっと真面目にしろ」
歩きつつ、俺は言った。
「わかってるって。青い髪の少女なんだろ?」
「だけどそれって、去年のパーティーにもいた子だよな。セラフィーヌ様ともご領主様とも仲が良かったよな」
仲間達は、未だに半信半疑のようだったが――。
「おまえらだって見ただろ? 帝都から帰ってきた父上達の様子を。完全に洗脳されてるじゃねーか」
「それは……。まあ……な……」
「ご領主様だってそうだ。みんな、悪魔に洗脳されたんだよ」
俺には確信があった。
帝都に行く前、父上はいつも通りだった。
己の肉体と経験、それに剣を信じる、騎士の中の騎士だった。
それが帰ってきてからはどうだ。
まるで、熱に浮かされたように、こんなことをつぶやくのだ。
――光を。
――もっと強い光を。
父上、どうかされたのですか?
俺が心配してたずねると、父上が乱暴に腕を振るってきた。
「うおおおおおおおおっ!」
「ち、父上!?」
「……テオルドか。すまん。幻覚だったようだ」
「大丈夫なのですか……?」
「ああ……。気にするな……。ふ。ふふ……。くくく……。俺の中には、まだ眠る力があるのだ……。目覚めさせなければ……」
「父上!」
「ああ……。左腕が疼く。この腕で、光を……。青い光を掴むのだ……」
父上は左利きだ。
左手は、父上の命とも言うべき、剣を握る手だ。
その手首を押さえて、父上は低く笑う。
目にはどこか――。
尋常ではない、異様な光があった――。
そして――。
それは――。
父上だけではなく、ご領主様の護衛で帝都ファナスに行っていた、他の黒騎士達も同じだった。
皆、異様な様子で言うのだ。
俺には眠る力がある――。
目覚めさせなければ――。
もっと強い光を――。
青い光を――。
それを見て、ご領主様は実に満足した表情を浮かべていた。
ご領主様は言った。
「本当に素晴らしい――。これで黒騎士隊は、次の領域へと行ける――」
俺はその時、無礼を承知で、それは何なのかとたずねた。
ご領主様はこう答えた。
「――クウちゃん様が導いて下さる、本当の強さだ」
と。
「クウちゃん様?」
「君も去年、パーティーで会っただろう? 青い髪をした少女――。この世界に現れて我らを導いて下さる精霊様だ」
…………。
……。
俺はそれ以上の質問をしなかった。
何故ならご領主様も、熱にうかされたような表情をしていたからだ。
今、世には悪魔が現れ――。
世の陰から、世を乱しているという――。
聖国の聖女様も悪魔の存在を認め、人間の団結を説いていた。
俺は確信していた。
父上達は、悪魔の囁きを受けてしまったのだ――と。
だからこそ、俺は仲間達に言った。
「俺達がなんとかするしかない。みんな、力を貸してくれ。今夜のパーティーで青い髪の悪魔に聖水をかけて、正体を露見させよう。そうすれば、きっと、父上達も正気に戻るはずだ」
「……聖水は、あるんだよな?」
「もちろんだ。神殿からすでに買ってある」
「俺の親父も、ご領主様の護衛で帝都に行ってたんだけどさ――。帰ってから確かに少し変なんだよな――」
「俺達、少年騎士団の出番か……」
「なあ、テオルド。俺らは、気を引けばいいんだよな?」
「ああ。その隙に、俺がうしろから、青い髪の悪魔に聖水をかける」
「――わかった。俺、やるぜ」
1人がうなずくと、俺も、俺も――。
と――。
全員が作戦に同意してくれた。
「やろう! 父上達を救おう! 青い髪の悪魔の正体を暴いて、このアーレから追い出すぞ!」
俺は拳を振り上げた。
「「「「おう!」」」」
仲間達が続いてくれる。
その時だった――。
「あのう……。それ、私なんですけれどもお……」
いきなり。
何の前触れもなく。
俺達の目の前に、青い髪をした少女が現れた。
少女は、よく晴れた空の色に似た青い髪を揺らめかせて――。
膝を折り曲げた格好で――。
まるで幽霊のように、地面から足を離して、空中に浮かんでいた。
「ひいいいいいいいいいいいいいいいいい!」
仲間の1人が悲鳴を上げて倒れる。
「で、で、出た……」
もう1人の仲間も、よろめくようにして尻餅をついた。
「悪魔……」
「悪魔だ……青色の……」
他の2人は硬直した。
「いえ、えっと。あのね……。私、ふわふわのクウちゃんと申しまして……。敵意を感じたので来てみたのですが……。見ての通り、私、ただの可愛らしい女の子でありまして、ね?」
悪魔が何かを語り始めた。
まさか俺達も、洗脳しようというのか!?
俺は――。
恐怖に身を震わせながらも、必死にどうすべきか考えた。
俺達はまだ子供だ。
悪魔と正面から戦うだけの力はない。
ならば――。
俺は腹の底から叫んだ。
「悪魔だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!
悪魔が出たぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!
助けてくれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」




