627 閑話・マリエは囲まれた
こんばんは、私、マリエです。
私は今、クウちゃんたちと一緒に、街道から遠く外れた深い森の中――。
きらきらと輝く綺麗な川の流れる、砂利の川原にいます。
時刻は、すでに深夜……。
夜空にはいっぱいの星と、真っ白な月。
そして川の上には、たくさんの金色のきらめき――。
妖精郷からクウちゃんたちに会いに来た妖精さんたちがいるので、ちっとも暗くはありません。
「そうか。マリエはクウちゃんさまたちと同じ町にいるんだべか」
「美味しいものがたくさんあるんだべ?」
「羨ましいだ」
「マリエは、いつもはどんなものを食べているだべ?」
「あはは……。えーと……」
私は何故か……。
緑色の肌をした、小柄な亜人のみなさん……。
ホブゴブリンのみなさんに囲まれて、おしゃべりをしています。
私、ゴブリンのことは知っています。
町やその近郊で遭遇することはありませんが……。
野外で活動する人たちの天敵です。
突然、森から現れて、襲われて、大きな怪我をしたり殺されたりする人は毎年少なからずいます。
あまり強くはないけど……。
とにかく凶暴で……。
しかも、それなりにずる賢くて、不意打ちや奇襲が得意……。
そんな魔物です。
ホブゴブリンさんは、妖精のカテゴリーに入る存在だと言いますが……。
見た目的には、まさにゴブリンです。
私は自分の目でゴブリンを見たことはありませんが、ゴブリンがどんな魔物なのかくらいは知っています。
「いつもは、地味にパンとスープくらいですよぉ。あはは」
「どんなパンだべ?」
「どんなスープだべ?」
顔が近いです。
私の話になんでも興味を持って、ぐいぐい来ます。
正直、次の瞬間にも襲いかかられて……。
口から伸びた2本の牙で食いつかれて、体を千切られそうで……。
すごく怖いですっ!
だけど、誰も助けてくれません!
だってみんな……。
川の上で浮遊して、妖精さんたちと遊んでいますからぁぁぁぁ!
金色のキラキラに囲まれていますからぁぁぁぁ!
川原には、私1人しかいませんからぁぁぁぁ!
…………。
……。
私も一応、妖精さんたちとの遊びには誘われたんです。
でも、クウちゃんに誘われた時――。
あたりはすごく平和で、ホブゴブリンさんたちもいなかったから――。
ここは、見ているだけなのが無難だよね。
私は、見学者マリエになろうっ!
それが平和だよねっ!
って、判断して。
「私はいいよー。あははー」
なんて遠慮したのが失敗でしたぁぁぁぁ!
ああ……。
クウちゃんたちの笑い声が、川のせせらぎに混じって聞こえます。
楽しそうです。
普段は物静かなスオナさんも、久しぶりにお友だちの妖精と会えて、ものすごく無邪気に笑っています。
はっ!
いけないけないっ!
これではホブゴブリンさんたちに失礼ですよねっ!
クウちゃんが信頼しているヒトたちなのです!
危険なんてないですよね!
ここはひとつ、私がニンゲン代表として、ちゃんと応対しないと!
と――。
森がガサガサと揺れました。
私がそちらに目を向けると――。
森の暗闇の中から、ギラリ――と赤い光が輝きました。
ひぃぃぃぃぃ!
私はあやうく悲鳴を上げかけました。
だって、それって、間違いなく凶悪な魔物の目です!
殺意を殺気を感じます!
「おお。来ただべか」
ただ、どうやら、ホブゴブリンのアルさんのお知り合いのようです。
現れたのは……。
たくさんの飾り物を身につけた、いかにもゴブリンの中で高い地位についていそうなゴブリンでした。
つづけて、革鎧を身に着けた大柄で筋肉質のゴブリン。
ゴブリンなのに妙に風格を感じます。
…………。
……。
あー、なるほど、です。
私は妙に冷静に、納得しました。
比べてみると、アルさんたちホブゴブリンが、妖精のカテゴリーに入る存在なのだとわかります。
現れたゴブリンとアルさんたちだと、路地裏にいる怖いお兄さんとクラスメイトの男子ほどの違いがあります。
「マリエ、こちらはこの森の奥に住んでいる、ゴブリン・シャーマンのサザンとゴブリン・チャンピオンのナザンだべ。この2人はゴブリンの中でも、ちゃんと話のわかるヤツだから安心してもいいだ」
「え。あ、はい」
「――こちらはマリエ。精霊様の御使い様だべ。ニンゲンだけども失礼があっちゃなんねえお方だぞ」
「ワカッテ、イル。オレ、アイサツ、キタ」
「オレタチ、女王、オコラセタ。アヤマル」
女王とは、ゼノさんのことですね。
たしか以前にクウちゃんから、魔物にとって闇の大精霊は、まさに支配者に等しい存在だって聞いたし。
夕食の前に追い返したって話をゼノさんがしていたし。
「あ、えっと。それなら……」
私はゼノさんを探しました。
クウちゃんでもいいけど。
2人は……。
いませんでした……。
というか、みんな……。
ふと気づけば、妖精さんと一緒に空の上の方に行っちゃってますね……。
私、ふと気づけば孤立無援です……。
森からは、わらわらと……。
ゴブリンが出てきます。
私、完全に包囲されてしまいましたね。
次の瞬間に食らい尽くされても、まるでおかしくありませんね。
あはは。
「マリエ、申し訳ないけど、許してあげてほしいだ」
私に言われてもぉぉぉぉぉ!
ああ……。
なんかゴブリンたちが、みんな、私に頭を下げています……。
御使い様って誰のことなんでしょうね。
きっとクウちゃんが、適当なことを言ったんですね……。
でも、うん。
御使い様じゃないと私、食べられちゃいますよね……。
「わかりました。許します」
私がそう言うと、ゴブリンたちが本気でホッとした顔をしました。
この後は……。
ゴブリンたちがたくさんの山の幸を捧げてくれました。
私の目の前に、あれやこれやと置かれます。
アルさんが耳打ちしてきます。
「……マリエ。なにかあげてほしいだ」
「そ、そんなこと言われても……」
渡せるものなんて……。
私が困っていると、耳元からクウちゃんの声が聞こえました。
「……ごめんね気づくの遅れて。これあげて。防御効果のあるアイテムだよ。あとはよろしくねー」
ふと気づけば……。
私の手には2枚の長い布がありました。
鮮やかな紫色のスカーフです。
クウちゃんの姿は見えません。
姿を消しているのでしょう。
あの、クウちゃん……。
気づいて来てくれたのなら、クウちゃんが相手してあげてよ……。
と私は心から思ったのだけど……。
もうクウちゃんは行ってしまったようです。
私がやるしかないみたいです。
「サザンさんとナザンさんにはこれを差し上げます。
精霊の加護のある布です。
身に着けていれば、きっと貴方たちを守ってくれるでしょう」
ああ、なんて偉そうな私。
思わずマリーエ様っぽい感じで言ってしまいました。
「マリエ、カンシャ」
「マリエ、カンシャ」
2人はうやうやしく受け取ってくれました。
…………。
……。
正直、私、ゴブリンとかの魔物って、思考とかなんにもない、本能だけで生きているバケモノってイメージだったけど。
そうじゃないんだね……。
ゴブリンたちが帰った後、再びアルさんたちと世間話をしながら――。
私はしみじみとそう思うのでした。




