623 閑話・冒険者ロックは見送った
クウが戻ってきた。
ワイバーンの背中にまたがって。
ワイバーンを連れてくることは、フラウから聞いていた。
クウのことだから、本当に連れてくるのだろうとは思っていたが……。
まさか、騎乗してくるとは。
ワイバーンと言えば、並の冒険者では太刀打ちできない、しかも、かなり好戦的で凶悪な魔獣だ。
さすがのこの俺――。
Sランク冒険者たるロック様でも、驚きは隠せない。
農園にいた連中には、すでにワイバーンが来ることは伝えた。
農園の護衛で来ていた冒険者連中と農園の作業員は、離れた場所から着地するワイバーンを見ている。
クウとワイバーンを農園の隅で出迎えるのは――。
俺たち『赤き翼』と。
クウの旅の仲間の、少女たちだ。
「やっほー」
着地したワイバーンの上から、クウがいつもとまるで変わらない能天気な笑顔で手を振ってくる。
「おまえなぁ……」
さすがの俺も呆れた。
「すげぇ。本物だよな、これ……」
仲間のルルが感嘆の声を漏らす。
「クウちゃーん!」
セラは明るい声をかけつつ、警戒心もなく近寄っていった。
制止はしない。
ワイバーンに敵意のないことは俺にも認識できる。
着地したワイバーンは、攻撃することも威嚇することもなく、翼を折りたたんで尻尾を丸め、首も下げている。
その姿は完全に、従順なペットのようだ。
実際、ワイバーンから降りたクウに、
「ありがとねー」
と、頭を撫でられて、「きゅるるる」と嬉しそうにしている。
どう見ても懐いている。
「クウちゃん! すごいですね! これが魔獣、ワイバーンですか?」
「うん。そうだよー」
「なんだか可愛いですねっ!」
「だねー」
手を取り合って、クウとセラが陽気に笑う。
その様子を見て、エミリーやアンジェリカ、それにスオナという少女もワイバーンに近づいた。
「皆、某が思うに、不用意に近づくのは危険かと……」
ヒオリちゃんだけは冷静だったが――。
「平気ですよー」
セラがそれを笑い飛ばした。
やがてクウに促されて、少女たちがワイバーンの頭や首に触れる。
ワイバーンは大人しくしている。
俺たちは、様子を見ていた。
武器を構えることまではしていないが、油断はしていない。
いつでも剣を抜いて、戦える姿勢でいた。
何故なら俺たちは、何度もワイバーンと戦ったことがある。
強敵であることは、よく知っているのだ。
護衛仕事でワイバーンに襲われて、殺された冒険者のことも知っている。
爪も、牙も、尻尾も。
その一撃で、並の人間なんて軽々と殺せる、飛竜や亜竜とも呼ばれるAランクに指定される魔獣だ。
「……な、なあ、クウちゃん」
「ん? どしたの、ルルさん」
「アタシもさ、ちょっとだけ触ってもいいか?」
「いいよー」
「お、おい、ルル!?」
俺は驚いて止めようとしたが、ルルのヤツはおそるおそるながらもワイバーンに近づいて、その頭に触れた。
ルルは金虎族の獣人で、帝都に来る以前は大森林で暮らしていた。
なので、魔獣には慣れているのだが、生きているワイバーンに直接触るのはこれが初めての様子だった。
「なあ、クウちゃん、ワイバーンって飼えるのか?」
「さあ。どうだろ」
「……すっごい懐いてるよな」
「まあねぇ……。でも、これは、アレだよ、アレ」
どうしてかクウの歯切れが悪い。
「こいつは、治癒されたにも関わらず生意気にも襲いかかってきたから、力で屈服させたのである。さすがはクウちゃんなのである」
フラウが自慢げに言った。
話を聞いて来れば――。
このワイバーンは、生意気盛りの若者で――。
力試しにグリフォンに喧嘩を売ったところ――。
あっさり撃退されて、それどころか殺されかけて――。
ほうほうの体で逃げて、逃げて……。
力尽きて。
でも運良く、森の中に落ちることができて、グリフォンからの追跡を逃れ、一命を取り留めたのだそうだ。
でも、翼を破られてしまっていて、自力で飛ぶことができず――。
そのままでは、死ぬだけだったそうだ。
そこをクウが、回復の魔法で助けてやったらしい。
で。
元気になったワイバーンが襲ってきたところを、ねじ伏せて――。
あとはフラウが、よく言って聞かせたらしい。
ワイバーンはわかってくれて、いい子になったのだそうだ。
俺の感想は……。
わけわかんねぇ!
そもそもワイバーンと会話できるのかよ!?
だったが――。
まあ、おう。
いつの間にかブリジットまでワイバーンに触っているし、あまり細かくは気にしないことにした。
「ワイバーンと言えば、東の山岳国が飼いならして、竜騎士団なるものを秘密裏に形成しているという噂がありますが……。この様子を見るに、本当のことかも知れませんね……」
俺のとなりにいた火の魔術師のノーラが言う。
ノーラは冒険者ながらも貴族令嬢で、俺たちの中では一番に博学だ。
「へえ……。他にもある話なんだな……」
「ええ――。東の山岳国は他国との交流をほとんど持っていないので、あくまで噂なんですけれどね」
「ねえ、クウちゃん! わたしもこの子に乗ってみたい!」
「いいよー」
エミリーがとんでもないことを言った。
クウが簡単に了承する。
「やったー!」
飛び跳ねて喜んだと思ったら――。
次の瞬間、ぴょいっと2メートルほど跳び上がって――。
そのままワイバーンの背中にエミリーは跨った。
はい……?
俺は我が目を疑った。
気のせいか、並の人間には不可能なジャンプ力だったが……。
まあ、とはいえ……。
獣人族なら、普通に跳べる程度か……。
俺でも跳べるしな……。
飛行については、俺は、さすがに危ねえだろと止めたが、クウは平気平気と笑うばかりだった。
「落ちたら死ぬぞ!?」
「あははー。平気だよー」
「いや、平気なわけねーだろー!」
「あははー」
こっの野郎!
だけど、平気だった。
エミリーを乗せて、ワイバーンが飛び立つ。
数分後……。
「楽しかったー! クウちゃん、ワイバーンくん、ありがとう!」
すっかり興奮したエミリーがワイバーンから降りると――。
今度はセラが、「わたくしもわたくしも!」 と、興奮して乗りたがった。
「ねえ、クウ。私もいい? せっかくだし」
「できれば僕もお願いしたいかな。他では不可能な経験だし」
さらには、アンジェリカとスオナも。
正直、3人が順番にワイバーンで空中散歩する様子を見ていて……。
俺も乗りたくなってしまった。
「……なあ、クウ。俺もいいか?」
「いいよー。ただ、落ちたら死ぬから、しっかりとワイバーンの首にしがみついて離れないでねー」
「さっき平気って言ってたよな……?」
「あははー」
こっの野郎!
「クウちゃん、アタシも! アタシもいいかっ!?」
ルルも乗りたいようだ。
というわけで、俺たちも順番に乗せてもらった。
乗る時、なにか不思議な力がかかった。
これは――。
防御系の魔術か?
まあ、いい。
俺は、細かいことは気にしない。
というか、気にしている余裕などなかった。
広げた翼をはためかせて、「きゅるるー!」と元気よく鳴いて、ワイバーンが俺を背に乗せて飛び立つ。
「うおおおおお!」
あっという間に離れていく地面に、俺は完全に興奮した。
今まで冒険者として幾多の旅をしてきたが――。
そんな俺でも、魔獣に乗って空を飛ぶのは、これが初めての経験だった。
「すげー! ワイバーンくん、すげーな!」
「きゅるー!」
「ワイバーンくん! もっと高く! 高く行こうぜ!」
「きゅるー!」
俺は年甲斐もなく、すっかりはしゃいでしまった。
危険?
そんなものは、途中から忘れた。
時間にすればほんの10分ほどだったが――。
最高の体験だった。
乗りたいヤツを乗せた後、ワイバーンくんは空に飛び去っていった。
クウは、こうしてワイバーンくんが森から立ち去る姿を見せるために、わざわざ連れてきたようだ。
「元気でなー!」
俺たちは笑顔でそれを見送った。
見送りつつ、ルルがしみじみとつぶやいた。
「……わかりあえるモンなんだなぁ」
と。
「だなぁ……」
それには俺も同意だ。
ただ、それを聞いたヒオリちゃんが、しみじみと言った。
「店長とフラウ殿が特別なだけなので、冒険者としては、今後の参考にはされない方がいいかと思います」
「それはそうだな」
俺は肩をすくめた。




