622 閑話・冒険者ロックは農園にいた
話がおわると、クウは森の方にすっ飛んでいった。
青空に溶けるような長い髪をなびかせて、それこそ放たれた矢のように。
まさに、飛ぶように。
いや気のせいか、普通に地面から足が離れている気もするが、俺の気のせいということにしておく。
俺は、ロック・バロット。
帝国で唯一のSランク冒険者パーティーのリーダー。
今まで数々の修羅場をくぐり抜けてきた男だ。
多少のことで動じたりはしない。
まあ、それ以前に、エミリーたちも平然と見送っているしな。
クウについては、ああいうモンなんだろう。
今さら驚いたり疑問に思うのは、野暮というものだ。
クウの姿が森の中に消えた。
「あーあ。行っちゃったぁ。私も行きたかったのにー」
赤毛の勝ち気そうな少女――。
アンジェリカがぼやいた。
「そうですね。わたくしもワイバーンを見てみたかったです」
金髪のおっとりしたお嬢様――。
セラが同意する。
「いや、おまえら、死ぬぞ」
俺は呆れた。
ワイバーンに加えて黒狼や牙猪と言った危険な獣が気を荒らげている今の森に小娘が入るのは、まさに自殺行為だ。
まあ、それを言ったら、クウもだが……。
不思議とクウのことは心配する気にもならないので放っておく。
「平気ですよ、私たち強いし。ねー」
アンジェリカが笑顔でセラに同意を求める。
「……アンジェリカ。おまえ、去年とまったく変わってねーな。それでゴロツキに攫われそうになっただろうが」
「あはは。そうでした。その節はお世話になりました」
「あんま心配させんなよ?」
「え。あ、はい……。ありがとうございます……。あっ! 私、ノーラさんにも挨拶してきていいですかっ!?」
「おう。いいけど、森には入るなよー」
「はーいっ!」
赤い髪をなびかせて、アンジェリカが走っていく。
はやっ!
まさに風のような俊足だった。
俺は正直、思いっきり驚いたが、少女たちの前で醜態は晒さない。
俺は天下のSランク冒険者だからな。
態度に余裕は持たねーと。
「そういやエミリー、おまえらって南に行くんじゃなかったか? どうして東側のネミエに来ているんだ?」
たしかクウは、夏は南の方にバカンスに行くと言っていたが。
「わたしたち、最初はアーレの町に行くんだー」
「おお。そうなのか」
「うん。アーレでお呼ばれして、それから南に飛ぶのー」
飛ぶ?
俺はその言葉に疑問を感じたが、エミリーはまだ10歳にもならない子供だ。
「そうかそうか。いい旅になるといいな」
俺は気にせず、エミリーの頭を撫でてやった。
「……っても、おまえらだけなのか? 大人もいるんだよな?」
ここには10代前半の娘しかいないが。
「いるよー」
「まあ、そりゃそうか」
「フラウちゃん」
「は?」
おっといかん。
威嚇のような声を出しちまった。
「わたしたちの中では、フラウちゃんが一番の大人だよー」
「コホン」
俺は軽く咳をしつつ、
「そういえばそうだったな」
フラウは、今年の春からクウの工房に居着いた店員の幼女だ。
見た目的には5歳くらいだが、本人が言うには1000歳を超えている謎の亜人なのだそうだ。
謎の……というのが意味不明だが――。
フラウは正式な帝国の長期滞在許可証を持っている。
つまりは、少なくとも『女神の瞳』での鑑定は受けていて、素性もはっきりしている存在というわけだ。
俺たちには、言おうとしていないだけで。
まあ、実際、見た目は完全に幼女だが、言動はちゃんとしている。
店員としての仕事ぶりは確かだ。
ただ、少女たちの旅をまとめる大人としては……。
かなーり……。
不安のある大人だと思うが……。
なにしろ幼女だしな。
「……セラちゃん、本当に大丈夫なのか?」
俺は念のため、セラにたずねてみた。
この子も素性は不明だが、どこかのお嬢さまであることは間違いない。
無謀な旅には出て来ないだろう。
「はいっ! もちろんですっ! ……あの、ロックさん」
「ん? どうした?」
「クウちゃんが言っていましたけど……。ロックさんは帝国でも最強クラスの剣士なんですよね?」
なんだクウのヤツ、いつもはおくびにも出さないが、実は俺のことを尊敬して止まないってか!
ダチにまで俺の自慢をするとは!
「まあな」
俺はいい気になって、大いにうなずいた。
「あの、お願いがあるんですけど……」
「いいぞ。なんでも言ってみろ」
サインか?
握手か?
「実はわたくしも剣を習っていて――。少しだけでいいので、今ここで打ち合ってもらえますか?」
まさかのお願いだった。
たしかにセラは、腰から細身の剣をぶらさげているが。
「いいけどよ……。木剣なんて持ってきてねーしな……」
仕方がないのでブリジットを呼んで、保護魔術を掛けてもらうか――。
と思っていると――。
腰まで届いた長い黒髪の少女――。
スオナが、それなら保護魔術をかけると言ってきた。
彼女もブリジットと同じ水の魔力の持ち主で、帝都中央学院の魔術科でいろいろと学んでいるらしい。
スオナの魔術は見事なものだった。
剣と体が、しっかりと保護された。
「すげーな、スオナちゃん。もうここまでやれるとは驚いた」
「ありがとうございます。ただ、『赤き翼』のブリジットさんは、僕と同じでまだ10代なのに、すでに大聖堂の上位神官クラスだと聞いています。僕なんて、まだまだ未熟で恥ずかしいです」
「まあ、それは、な。でも、本気ですごいと思うぞ」
さあ。
セラと打ち合うことになった。
可愛いオママゴトだろうが、いっちょ、軽く付き合ってやるか――。
と思ったのだが――。
おっとぉぉぉぉ!
あぶねぇぇぇ!
セラの打ち込んできた初手が、あやうく直撃しかけたぁぁぁ!
いや、なんだ!?
セラが次から次へとショートソードで攻撃を繰り出してくる。
俺はそれを――。
余裕の表情で躱していたが――。
内心ではガチだ。
本気で頑張って避けていた。
なにしろ速い!
まるで風だ!
さっきのアンジェリカといい、今の帝都中央学院ってこんなハイレベルの生徒を育てているのかよぉぉぉぉぉ!
こりゃ、うかうかしていたら、俺のSランクもあっという間に――。
と言いたいところだが――。
俺はすぐ落ち着いた。
そこからは、軽々といなして、適度に反撃もしてやる。
冷静になって観察すればセラの動きは単調だ。
4つの動作を繰り返しているに過ぎない。
「ほいっと。これで5撃目な。そろそろいいだろ?」
「ううううう……。はい。ご指導、ありがとうございましたぁ……。手も足も出ませんでしたぁ」
剣を下ろしてセラがうなだれる。
「はははっ! 落ち込むなって。俺に攻撃できただけ立派だと思うぞ」
いや……。
真面目な話……。
すごすぎだろ……。
単調とは言っても、そこいらの冒険者よりは確実に強いぞ……。
とは思ったが、口にはしない。
なにしろ俺はクウの憧れの男らしいからな!
堂々と上にいてやるのさ!
「ロックさんって、本当に強かったんだね……。わたし、びっくりしたよ」
エミリーが言う。
「おいおい。俺のこと、どう見てたんだよ」
「姫様ドッグの店員さん」
「ああ。そうだな」
それはそうか。
エミリーと会う時は、だいたい姫様ドッグの店員としてだったわ。
しばらくそうして遊んでいると――。
森の上の空から、1人の幼女がこちらに飛んできた。
俺は正直、自分の目を疑って、それから内心で驚いたが――。
エミリーたちは、みんな、平然としている。
なので頑張って俺も当然のような顔をして、飛んできたフラウが俺たちの前に着地するのを見ていた。
「話がついたのである。もうすぐここにワイバーンが来るから、襲わないように冒険者に伝えるのである」
「……話って、ワイバーンとか?」
相手は凶悪な魔獣だぞ……。
話なんて出来るのか?
「そう言っているのである。早くするのである」




