621 私に任せてっ!
私に気づいたロックさんがこちらに歩いてきてくれた。
今日のロックさんは戦闘装備だ。
動きやすさと防御力を両立させたハーフプレートアーマーを身に着けて、背中には弓と矢筒があった。
腰には2本の剣を差している。
どれもダンジョンのドロップ品というミスリル配合の逸品だ。
加えて、以前にメンテナンスを依頼された時に、強化加工と称して私が魔法付与をつけてあげた。
Sランク冒険者として恥ずかしくない見事な武装だ。
「……クウ。おまえ、本気でどこにでもいるな」
ロックさんに呆れた顔で言われた。
「そっちもねー」
まさに、お互い様だ。
「まあ、いいけどよ。にしても、こんなところに何の用だ?」
「農場の見学だよー」
「って、ああ。エミリーもいるのか」
「こんにちはっ! ロックさん!」
ロックさんの目が向いたところで、エミリーちゃんが元気よく挨拶する。
「おう。こんにちは。ここはエミリーんとこの農場だもんな。なるほど珍しくクウが普通にいるわけか」
「まあねー」
わっはっはー。
と、いつものように笑い合う。
にしても、ブリジットさんたちが来てくれない。
来たのはロックさん1人だ。
私に手は振ってくれたけど――。
残念ながら、森の方に行ってしまった。
なんで?
とロックさんにたずねたら――。
「獣と魔獣の警戒さ」
と、言われた。
「獣はわかるけど……。魔獣なんてこのあたりに出るんだ?」
「森の奥にワイバーンが住み着いちまったらしくてな。迂闊に森に入ったヤツが威嚇されて怪我したってさ」
「……ていうか、殺されなくてよかったね」
ワイバーンは、一般的にはAランクに指定される凶悪な魔物だ。
一般人が襲われれば一溜まりもない。
「襲われたわけじゃなくて、威嚇されてビビって、逃げる途中で盛大に転んだだけみたいだしな」
「追われなかったんだ?」
「幸運にも、その時は逃してもらえたみたいだな」
「なるほど。……まあ、でも、危険だね」
「ああ。しかも、ワイバーンにびびって逃げ出した黒狼やら牙猪が、こっちに来ちまってな。何度も農園に入り込まれて、大騒ぎだったらしいぜ。それで俺らに依頼が来たってわけよ」
「天下のSランクなのに、獣からの護衛なんてやるんだねー」
「バカ言え。そんなもんは他の連中の仕事さ。俺らは、森に居着いたワイバーンの退治に来たのよ」
「あー、なるほどー」
「ま、俺らにかかれば森の中のワイバーンなんてイチコロよ! ルルが居場所を突き止めてきたから夕方までには片付けてやるぜ」
「これから行くんだ?」
「そんなに深くない、歩いて1時間くらいの泉のほとりだしな」
ロックさんは自信満々だ。
実際、荒野で戦うとなれば飛ばれて大変だろうけど……。
森の中なら密かに接近もできるだろうし、ロックさんたちなら本当に簡単に退治してしまいそうだ。
と、ここでアンジェが緊張した面持ちで、ずいと前に出てきた。
「ロックさん、お久しぶりです! 私、アーレの町で前に助けてもらったアンジェリカって言います!」
「おう! 路地裏でクウと一緒にいた子だよな。ちゃんと覚えてるぞ」
「ホントですか、ありがとうございます!」
「一年ぶりくらいか? すっかり見違えて綺麗になったな」
「ええっ!? そ、そんな……」
あら。
アンジェともあろう者が、ころっとテレテレになった。
まあ、うん。
アンジェは去年、私と出会った頃から、新進気鋭のパーティー『赤き翼』に憧れていたからね。
主に憧れていたのは火の魔術師のノーラさんとはいえ――。
これは、やむなしか。
「セラちゃんも久しぶりだな」
「はい。ご無沙汰しております」
ロックさんは、以前に私の工房でセラと会っている。
……お忍びでアルバイトをしていたセラと。
ロックさんは、式典等でセラフィーヌ殿下とは何度も会っているはずなのに未だに結びついていないのだ。
面白いので、私から伝えるつもりはないっ!
「ヒオリちゃんは……。ぜんぜん久しぶりじゃねーか」
「そうですね。つい先日も『陽気な白猫亭』でご一緒でしたし」
ロックさんは、ヒオリさんを未だに私と同年代の子供だと思っている。
これも、まあ……。
訂正するほどのことでもないし、そのままでいいよね。
ヒオリさんも気にしていないし。
ちなみにフラウとゼノは、まだ空の上だ。
ここにはいない。
ちなみにマリエちゃんは……。
うん。
はい。
私たちから3メートル離れて、静かにニコニコとしている。
声をかけるには遠い――。
でも、一応は一緒にいる――。
まさに絶妙な距離だ。
確実にいつもの、空気の極意だっけ……。
を発動して、騒ぎには関わらないようにしているので、そっとしておいてあげることにした。
ロックさんの目がスオナに向いた。
「スオナも元気そうだ。よかったぜ」
「はい。お陰様で。お久しぶりです、ロックさん。その節は本当に、いろいろとお世話になりました」
「気にするな。みんなも待ってるから、またいつでも遊びに来いよ」
「はい。ありがとうございます」
ロックさんとスオナには面識がある。
まだスオナの問題が、何も解決していなかった頃――。
スオナは、ロックさんが昔住んでいて今でも縁の深いバロット孤児院に、身を寄せていたことがあるのだ。
「ロックさんのことは、アンジェやクウから聞いていました」
スオナが笑顔で言う。
「ほお。どんなことを聞いていたんだ?」
「クウからは、よく夕食を共にしていると。アンジェからは――」
「あーっ!」
どうしたアンジェ!
「ねえ、クウ! それよりもさ、私たちも手伝おうよ!」
「ん? なにを?」
「ワイバーン退治よ! ワイバーン退治!」
アンジェが喚くように言った。
「あー、そのことかー。――ねえ、ロックさん」
「ん? どうした、クウ?」
「ワイバーン退治なんだけどさ、悪いけど、ちょっと待ってて。というか明日にしてくれないかな」
「はぁ? なんでだよ」
「ね。お願い」
ワイバーンくんとは話が通じるのだ。
……私なら。
むざむざ殺させてしまうのは、正直、忍びない。
私が手を合わせて上目遣いで頭を下げると――。
ロックさんはぶっきらぼうに顔を逸らし、髪の毛をかきながら、
「……まあ、いいけどよ。明日でいいんだな?」
と、了承してくれた。
「うん。ありがと」
「え、あの、そんな簡単に了承しちゃっていいんですかっ!?」
「こらアンジェ。なに言ってるの」
せっかく話がまとまったのに。
「あ、うん。ごめん、そうよね、でも、いきなり子供に頼まれてSランク冒険者が予定を変えるなんて――」
ここでセラが、アンジェの肩にそっと触れた。
「クウちゃんに任せておけばいいんです。クウちゃんなら、すべて、うまく解決してくれるのですから」
「うんっ! そうだねっ! クウちゃんなら安心だよっ!」
すかさずエミリーちゃんが同意した。
「ですね」
腕組みしてヒオリさんもうなずく。
「アンジェ、よくわからないけれど、クウがやるというなら、任せておけば問題はないと思うよ」
スオナもそう言った。
「……ええ。そうね。そうよね」
アンジェもわかってくれた。
よかったよかった。
そんな私たちの様子を見たロックさんが、しみじみと私のことを見た。
「クウ、おまえ、無駄に人望があるな……」
「無駄だけ余分です!」
ともかく急いで、ワイバーンくんに話を聞かねば!




