62 エミリーちゃんに会いに行く
「――なるほど、地図で見るとわかりやすいね」
私は朝一番で冒険者ギルドに来ていた。
リリアさんにお願いして、大陸の地図を見せてもらっている。
「ねえ、この地図って買える?」
「地図は戦略品なのよ。社会的信用がきちんとあること――商業ギルドの正会員でもなければ無理ね」
「なら私、買えるよ。ほら」
商業ギルドの会員カードを見せた。
「……ああ、そうだったね。なら、商業ギルドで買えると思うよ」
地図があれば便利になること請け合いだ。
あとで買いに行こう。
今はとりあえず、せっかく見せてもらっているので、ざっくりと学ぶ。
まず大陸。
四方を海に囲まれていて、前世の知識を参照するなら、日本の四国に近いような形をしている。
スケールとしては、ずっと大きいけど。
少なくとも、オーストラリア大陸くらいはありそうだ。
その大陸の約半分、ザニデア山脈で縦に仕切られた西側をすべて支配しているのが私が居を構えるバスティール帝国。
帝都ファナスは、国土の中央やや西寄りに位置している。
アンジェが住む帝国第二の都市アーレは、ファナスとザニデア山脈の中間あたりに存在している。
エミリーちゃんの住むネミエの町は、地図で見れば帝都ファナスのとなりだ。
帝国の全土を見れば、北と南と西の海岸にも大きな都市がある。
南に広がる森や草原には、エルフや獣人部族の自治区があるようだ。
ザニデア山脈の北側には、ドワーフの自治区があるようだ。
機会があれば行ってみたいものだ。
特に海。
新鮮な魚介類が食べたい。
ザニデア山脈を越えた東側には、たくさんの国があった。
ザニデア山脈に接する北から中央にかけてを領土とするのは、幼なじみのエリカが王女として存在するジルドリア王国。
ジルドリア王国は、東側では一番に大きな国だった。
南部には、ナオの国を滅ぼし、獣人や亜人を奴隷として扱い、邪悪な儀式で悪魔と取り引きしているトリスティン王国がある。
トリスティン王国の東側には、無の領域が広がる。
かつてギザス王国が存在し、今では草木一本生えることのない死に絶えた大地だ。
ジルドリア王国の東側にはリゼス聖国が存在する。
リゼス聖国は、国土で見ればジルドリアの三分の一以下しかない小さな国だ。
しかし、大陸全土で信仰される精霊神教の総本山であり、その影響力は迂闊に手出しできないほどに大きい。
聖王という存在が国のトップとして、総大司教という存在が宗教のトップとしてそれぞれに存在しているらしい。
ただ、リリアさんが言うには現在ではどちらも影が薄く、聖女の言葉のみが絶対とされているそうだ。
「……聖女って、まだ11歳だよね?」
「でも、そういう話なのよねえ。もっとも、私が見たわけではないけどね」
「そかー」
……ユイ、いったい、どれだけ愛されているんだろう。
私なら愛されすぎて逃げ出すところだ。
東側には他にもいくつかの小国と、沿岸に自治都市群が存在する。
自治都市群と帝国には海路での取り引きがあるそうだ。
いいね。
いつか船にも乗ってみたいものだ。
ダンジョンについては別の地図だった。
帝国にあるダンジョンは10個。
それぞれにAからFの難易度がついている。
難易度が高いほど危険が増すかわりに良質の魔石が採れる。
最高峰は、唯一のAランク、ザニデア山脈のダンジョン。
ザニデアの大迷宮。
オリビアさんのアニキ、本当に無謀だったんだね。
彼、今頃は何をしているか。
生きていればいいけど。
帝都に近いダンジョンはFランク。
初心者は、まずここで腕を鍛えるといいらしい。
ここはたぶん、門の順番待ちで知り合った獣人のおじさんとおばさんが食べ物を売りに行っているところだね。
あの2人は、元気でやっているのかな。
城郭都市アーレの近くにもダンジョンがある。
こちらもFランク。
都市は、攻略の容易いダンジョンの近郊で発展しやすいようだ。
ここの転移陣は優先的に探して開放して、アンジェのところに気軽に遊びに行けるようにしたいね。
ダンジョンは記載以外にも国営のものがあるらしいけど、そちらは立入禁止で地図には記されていなかった。
一通りの話を聞いたらリリアさんにお礼を言って冒険者ギルドから出て、今度は商業ギルドで地図を買う。
金貨1枚を取られた。
高いけど、今の私には痛くも痒くもない。
お金持ちになったものだ。
商業ギルドでは、使いにくそうな聖星貨の両替もお願いした。
20枚全部を金貨に。
身分確認とか、いろいろ面倒かなーと思ったけど、びっくりするほどスムーズに両替作業は完了した。
間違いなく、陛下やバルターさんがいろいろ取り計らってくれたおかげだ。
ありがたや。
両替が済んだところでエミリーちゃんに魔術の入門書を届けに行く。
きっと喜んでくれるだろう。
頑張って勉強して、一人前の魔術師になってほしいものだ。
お昼すぎに帝都を出た。
高速で飛べるけど疲れる『飛行』とゆっくりだけど休憩できる『浮遊』を交互に使って日が明るい内に到着。
オダンさんの家の前に行くと、オダンさんが誰かともめていた。
相手は、私の情報を貴族に売った裏切り者のトムだ。
「どうして教えたんだ!」
「だから言っただろ……。おまえが取りに行くと思ったんだよ……。普通、子供が行くなんて思わないぞ……」
「どうしたの?」
近づいて聞いてみた。
「クウちゃんか! 久しぶりだな!」
「うん。久しぶりー。それで、どうしたの?」
「ああ、実はな……」
オダンさんから話を聴いてみれば大事だった。
まだ8歳のエミリーちゃんが、おそらく1人で森に行ってしまった。
トムが、薬草を摘みたいから摘める場所を教えてほしいとエミリーちゃんに聞かれて教えてしまったのだと言う。
家からは、背負いカゴと鎌がなくなっていた。
「……エミリーは、どうしても魔術書がほしいと言っていてな。でもうちが貧乏なのはよく知っているから、自分で働いて買いたいと言っていたんだ。でも、8歳の女の子が働ける場所なんて限られているしなぁ。いい仕事もなく、悶々としていたんだよ。俺も心配はしていたんだが……」
「俺は悪くねぇよ! 勘弁してくれよ! ちゃんと教えただろ!」
「なら探すのを手伝え」
「わ、わかったから!」
どうやら私、タイミングが悪かった。
ギルドには行かず、朝からこっちに来ればよかったか。
そうすればエミリーちゃんに魔術書を渡せた。
「森の場所、教えて。私も行くよ」
ここは手助けだね。
「しかし、森には危険が――」
「うん。私、自分で言うのもなんだけど、強いから平気だよ」
「そうか。そうだな。頼む」




