612 閑話・冒険者マトの追跡
私はマト。
帝国南東の辺境都市マイゼールを根城にして、ダンジョンの探索で銀貨を稼いで暮らすDランクの冒険者だ。
猫人族の26歳。
女。
パーティーは組まず、1人で活動している。
普通なら無謀の極みであっさり死んでしまうのだろうが、今のところ、私はうまくやっている。
なにしろ敏捷性には自信があるし、隠密行動も得意だ。
戦うだけがダンジョン探索ではないのだ。
たまに発見できる宝箱からアイテムを入手して持ち帰るだけで、十分に酒を飲んで暮らすことはできる。
魔術のスクロールをゲットできれば、一ヶ月は豪遊だ。
今のところ、私はそれで満足だ。
私が活動しているのは、Cランクのダンジョン『ロロルト寺院』。
森林の奥――。
立ち並ぶ古代遺跡の中に、その入り口はある。
ここの遺跡群は、未だに謎に包まれている。
誰が、いつ、何を、信仰していたのか。
何もわかっていない。
ダンジョンは、その謎の遺跡の、在りし日の姿を映しているという。
ちなみにロロルトとは、単に森林の名前だ。
ロロルト森林。
そこにあったから、古代遺跡がロロルト寺院跡と呼ばれるようになり、それがそのままダンジョンの名前ともなった。
遺跡群は、小さなダンジョン町になっている。
私は、夜明けと共にマイゼールから出発した乗り合い馬車に乗って、2時間をかけてようやく到着した。
ロロルトのダンジョン町に賑わいはない。
何故なら、ここのダンジョンは冒険者に人気がないからだ。
なので私みたいな中途半端なヤツでも、アイテムを取ってこれる人材として重宝されている。
「おう、来たか、マト」
「おはよーさん。今日も午後まで探索してくるわ」
「ああ、気をつけてな。スクロールが出たらちゃんと教えろよ」
「わかってるって。高く買い取ってくれよ」
「おうとも!」
ダンジョンの入り口に立つ衛兵とも、すっかり顔なじみだ。
私は気負わず、ダンジョンに入った。
視野が暗転する。
次の瞬間には、そこはロロルト寺院のエントランス。
石で組まれた、広くて天井も高い荘厳たる空間だ。
エントランスには、正面の左右に2つの扉がある。
その2つの扉は、開かずの扉だ。
他の冒険者がどうにか開けようと四苦八苦するのは見てきたけど、開いた場面は見たことがない。
エントランスの左右には、広い通路が伸びている。
私はいつも左の通路を進んで、あちこちにいるモンスターをうまく躱しながら階段を上がって2階に行く。
2階のホールには隠し扉がある。
隠し扉から通路に入れば、寺院の奥にショートカットできる。
寺院の奥には通路沿いに小部屋がいくつもあり、運が良ければ小部屋の中に宝箱がポップしている。
もちろん、隠し扉のことは私だけの秘密だ。
さあ、今日もいつも通り行きますかー!
入ってすぐのエントランスにモンスターはポップしない。
なので余裕を持って準備運動をしていると――。
突然、エントランス正面の右の扉が開いた。
なんだ……?
その扉が開くのを、私は初めて見た。
エントランスには私しかいない。
なので扉は勝手に開いたか、内側から開けられたのだ。
私は咄嗟に柱のうしろに隠れて、様子を窺った。
どうやら扉は、内側から開けられたようだ。
鎧に身を包んだ強そうな男たちが、扉の内側から歩いて出てきた。
全員、手に武器を持っている。
警戒した様子だ。
……冒険者……ではないよね。
私の目には、訓練を受けた騎士たちのように見えた。
そして、さらに私は驚くことになる。
何故なら屈強な騎士たちに続いて、とても冒険者には見えない、まして騎士であるはずもない――。
貴族のご令嬢としか思えない少女たちが現れたのだ。
年齢は10代の半ばくらい――。
彼女たちも武装はしているけど――。
いや、青色の髪の女の子と黒色の髪の女の子なんて革鎧すら身に着けていない私服姿だ。
え。なに……?
どういう集団なの……?
私は完全に混乱して、とにかく物陰から様子を見た。
物好きな貴族のご令嬢たちが、夏休みのバカンスで、ダンジョン見学にでも来ているのだろうか……。
ただ、このロロルト寺院は、明らかに観光には向かない。
何故なら、寺院を徘徊する強力なガーディアンゴーレムがいるからだ。
襲われれば、いくら騎士でも無傷では済まない。
騎士と少女たちは、エントランスに出ると、何やら話し合って――。
え……?
二組に分かれた。
6人の騎士たちが、黒髪の少女に先導されて右の通路へと入る。
残った5人の少女と2人の騎士は左の通路に。
一体、どういうことなのか……。
私にはわけがわからなかった……。
私は迷った末、5人の少女の方を尾行することにした。
たった2人の騎士で5人の少女を守るのは不可能だ。
この子たちは、間違いなくガーディアンゴーレムに襲われて全滅する。
だから、せめて装備品は回収してやろうと思った。
まあ、遺族への手向け――。
ではなくて――。
単に、私の利益のためだが。




