611 ダンジョン特訓の朝
今日は7月10日!
今日は、お兄さま、お姉さまを始めとした、年上のお友だちとダンジョン特訓の開催日だ。
「ねえ、クウ。またボクのことを手軽に使おうとしていない?」
「またまたー。今日は楽しいダンジョンツアーだよ? 楽しいから誘ったのにどうして疑うのかなー? 嫌ならフラウに頼むけど……」
「行くけどねっ! 面白そうだし!」
というわけでゼノにも来てもらって準備は万端だ。
集合場所は、いつもの奥庭園の願いの泉。
転移魔法と帰還魔法で往復して参加者を運ぶので、私の帰還ポイントであるここを指定させてもらった。
私とゼノが空から降りると、すでに参加者たちと見送りが揃っていた。
見送りには、まだ朝も早いのに陛下と皇妃様の姿がある。
セラとバルターさんもいた。
まずは見送りの人たちに挨拶して、言葉を交わす。
その後でお兄さまたちに向き合う。
お兄さまと男性のみなさんは、みんな、鉄の鎧を身に着けていた。
フルプレートではないけど、それなりに重量はありそうだ。
背中にはそれぞれ、盾や弓やバックパックを背負っている。
腰のベルトには武器だけでなく、ポーションが入っているらしき革のポーチがつけられていた。
アリーシャお姉さまたち女性陣は、革鎧に武器だけという軽装だ。
「お兄さまたち、今日は夜まで動きますけど――。鉄の鎧なんて着ていると体力的にキツイかも知れませんよ?」
「安心しろ。普通よりも軽量化された特別な鎧だ。それに、体力回復用のポーションも多めに持ってきた」
私が心配すると、腰のポーチに触れてお兄さまは言った。
つづけてウェイスさんが笑って言う。
「騎士は、現場では鎧を着るからな。ちゃんと慣れておかねーと」
「あー、それはそうですね」
たしかに。
さて。
今日の参加メンバーなのですが、こんな感じです。
女性陣は――。
アリーシャお姉さま、メイヴィスさん、ブレンダさん、レイリさん。
レイリさんはメイヴィスさんの友人で、生徒会のメンバー。
水の魔力の持ち主だ。
ダンジョンツアーへの参加は、これが2回目。
男性陣は――。
お兄さま、ウェイスさん。
あと、お久しぶりのロディマスさんがいた。
ロディマスさんは、お兄さまより1つ年上。
すでに学院を卒業して、現在は中央騎士団に所属している。
他の5人の男性は、さらに年上の方々だ。
といっても、最年長でも20代の半ばくらいなんだけれど。
皆さん、中央騎士団に所属しているらしい。
お兄さまが見込んだ人たちとのことだった。
お兄さまが言う。
「俺は近い将来、ロディマスとこの5人を中核として――。明日、クウに鍛えてもらう予定の若手も加えて、ディシニア高原で失われたままとなっている近衛隊を復活させようと思っているのだ」
ディシニア高原は、かつて魔物の大発生が起きた場所だ。
大発生に巻き込まれて、今の陛下の父親に当たる前皇帝を始めとして、多くの人が亡くなっている。
皇帝直属の部隊もその時に壊滅した。
「へー。そうなんですねー。あ、それなら、ローゼントさんのところの黒騎士隊と対にして、白騎士隊なんていいんじゃないですか?」
「気が合うな。実は俺もそう思っていた」
お兄さまと笑い合っていると、陛下が口を挟んできた。
「最近では、ホーリー・シールドやローズ・レイピアと言った他国の超人集団が帝国でも人気を博している」
「そうですね。本当に人気のようです」
陛下と皇妃様の視線が、アリーシャお姉さまに向けられた。
はい。
お姉さまは、聖国のソード様の必殺技スーパースペシャルマックスバスターに夢中でしたね。
「帝国にも同様の集団が必要だとカイストに訴えられてな。俺としては、あまり皇帝直下の武力は持ちたくなかったが――。とはいえ、昨今の世情を考えればやむなしと判断したわけだ。ちょうど先日の学院祭で、白騎士と黒騎士についてはアピールできているしな。そんなわけだからクウ君、今日と明日は、カイストと共に彼らを一人前にしてやってくれ。頼む」
陛下がそう言うと、5人の参加者が「よろしくお願いします!」と一斉に私に頭を下げてきた。
「じゃあ、早速だけどチーム分けしますか。クウちゃんチームとゼノちゃんチームなんですけど……」
クウちゃんチームは安全第一。
死者ゼロを目指します。
お休みは少ないけど、笑顔の絶えない職場です。
ゼノちゃんチームは煉獄無双。
ほぼ死にます。
心が壊れても強制的にリセットです。
下手をすると別人になりますが、一気に強くなれます。
希望を募ったところ――。
迷うことなく、ロディマスさんと5人の男性たちが、ゼノちゃんの超ハードモードに名乗りを上げた。
私のチームは、いつものメンバーということだね。
では、しゅっぱーつ!
まずはゼノたちを送る。
「転移! ロロルト寺院! エントランス!」
そしてすぐに戻って。
今度はお兄さまたちと一緒に転移すれば、冒険の始まりだ。
今日のダンジョンは、相談の結果――。
最初は他国に行く予定だったけど――。
バルターさんからの提案もあって、帝国のCランクダンジョンに決まった。
そこは、帝国の西南――。
森林地帯の奥――。
古代遺跡群の中に生まれた秘境のダンジョンだった。
そこは、私もバルターさんから場所を聞いて、精霊界経由でさくっと開通させただけのダンジョンなので――。
転移陣は、入り口すぐ近くにあって、あっさり開通できた――。
本格的な探索は、今日が初めてとなる。
ロロルト寺院は、人気のないダンジョンらしい。
ちゃんとダンジョン町があって、最寄りの都市まで街道が敷かれて、冒険の環境は整っているのに。
ロロルト寺院では、他ではなかなかお目にかかることのできない魔術スクロールが一定の確率でドロップする。
死者蘇生や無敵化などの超レアなスクロールも出るそうだ。
それならば――。
一攫千金を狙った冒険者で賑わいそうな気もするけど――。
寺院を徘徊するガーディアンゴーレムが凶悪で、もしも見つかれば凄まじい速度で追いかけてくるという。
ガーディアンゴーレムは、迷宮のボスよりも強くて、Aランクに指定されているほどの難敵らしい。
しかも複数体がいて、迷宮の浅い階層にまで普通に歩いてくる。
倒しても1時間もしない内にリポップ。
なるほど、厄介だ。
見つからなければ稼げるんだけど……。
結局、ベテラン冒険者ほどリスクを嫌ってここは避けているようだ。
「せっかくなので、スクロールを取ってきていただけますと。クウちゃんや闇の大精霊殿であればAランク程度の敵など一撃ですよね」
バルターさんには笑顔で言われた。
Aランクの敵とは、Aランクの冒険者パーティーならたぶん死者なしで倒すことのできる敵という意味だ。
まあ、はい。
私とゼノなら楽勝だね。
意外と、お兄さまたちの力試しにもちょうどいい敵かも知れない。
ともかく。
なかなかにクセのありそうなダンジョンだ。
どんな攻略になるのか。
私も楽しもう!
「じゃあ、いってきまーす!」
「クウちゃーん! お気をつけてー! お兄さまたちも全力で精一杯、戦ってきてくださーいっ!」
最後にセラの声を聞いて――。
転移。
私の視野は暗転した。




