610 エルフの少女と森の中
面倒なので、とりあえず魔法。
「昏睡」
「あう」
意識をなくしたサクナを、私はよいしょと肩に担いだ。
「あの、クウちゃん?」
「こんにちは。お久しぶりです、リリアさん」
「ええ。そうね。それで、その子は……」
「すいません、迷惑かけちゃって。これ、友達なんで連れて帰りますね」
「ええ……。そうしてくれると助かるけど……」
「では」
ぺこりとお辞儀して私は冒険者ギルドから出た。
ふむ。
どうしたものか。
サクナが何をしようとしていたのかは、わかる。
より強くなるために、冒険者として本気の戦いがしたかったのだろう。
それこそ命懸けの。
獅子男のギザに負けたことが、相当ショックだったみたいだし。
まあ、さっきの態度から見るに……。
はっきり言って、ただの自棄には見えるけど。
なんにしても……。
「はぁ。面倒だけど、このまま放置はできないかぁ……」
危険なことをしそうだし。
怪我ならともかく、死なれたらさすがに寝心地が悪い。
どうしたものか。
まずは落ち着いてもらえるといいんだけど……。
「あ、そうだ」
いいことを思いついた。
サクナはエルフだ。
エルフと言えば、風の大精霊の眷属。
森の中で暮らす民。
私はサクナごと姿を消して、空を飛んで――。
青空の中、帝都を出た。
田園を超えれば、もうそこは大自然。
丘陵地帯が広がる。
今日も街道は、たくさんの商人や旅人で賑わっていた。
帝都は好景気のようだ。
私は街道から外れた森の中に入った。
最初の頃、薬草を探して半日ほどこもっていた森だ。
ここには今でもたまに来る。
この森には、精霊界に通じる泉があるのだ。
緑に囲まれた泉のほとりに、私は着地した。
精霊界に通じる場所とあって、泉のほとりは、ただでさえ緑豊かな森の中で更に自然の息吹が満ちている。
特に、風と水の魔力の強い場所だった。
青く澄んだ水が湧き出ている。
木々の隙間からは風が集まって、泉の上で踊るように交わっている。
サクナを私のとなりに座らせて、魔法を解いた。
すぐにサクナは目を覚ます。
サクナは数秒ほど、ぼんやりと周囲の景色を眺めた後、瞬きして、何が起きたのか理解できない様子でつぶやいた。
「こ、ここは……」
「ごめん。ココアはないなー。ほしいなら紅茶なら出すけど」
「いや、飲み物の話では……。君はマイヤか?」
「うん。やっほー」
「私は冒険者ギルドにいたはずだが――。いや、君も来たのか? どうして私たちはこんなところにいるんだ?」
サクナは混乱する。
無理はないけどね。
「それよりどう? 感じない?」
私は笑いかけた。
「感じる――。何を――。いや、これは――」
サクナはすぐに気づいたようだ。
立ち上がると手を伸ばして、
「なんと美しい――。風が、水が、こんなにも息吹いているなんて――」
「でしょー。私のお気に入りの場所なんだー」
「ここはまさか――。夢幻の森?」
「夢幻の森?」
私は聞き返した。
聞いたことのあるような……ないような。
「ああ……。私は、帝都育ちのエルフなので、行ったことがないが――。エルフが住まうという幻想の里――」
あー、わかった。
ヒオリさんの故郷だねっ!
「世界の狭間――。ちがうのか? ここは夢幻の森ではないのか?」
「ちがうよー。ここは帝都から出て、すぐの森の中だよ」
「そうなのか……。たしかに言われてみれば、ここは普通の森の中か……。こんな場所があるなんて知らなかったよ」
「普段は森には来るの?」
「いや――。全然――」
「それなら知っているわけがないよねー」
私は笑った。
「それはそうか。……そうだな」
どうやら落ち着いてくれたようだ。
サクナが座り直したところで、私は本題に入った。
「それで、冒険者ギルドで騒いでいたのって、やっぱり強くなるため?」
「当たり前だ! 私はあんなヤツに負けてしまったんだぞ! このままで済ませることなどできるわけがないっ!」
「落ち着いて。そんなに怒鳴ると精霊さんが驚いちゃうよ」
「……精霊?」
「すぐそばに、居そうだよね」
「ああ……。そうだな……。すまない」
この後はいろいろと話した。
肉体への魔力浸透のことも教えてあげた。
サクナは、すでに風の魔力をそれなりに使いこなしている。
母親から教わったそうだ。
だけど、その魔力を肉体の内側に浸透させる術は知らなかった。
サクナは強化魔術を知っていたけど――。
それは風を体にまとわせて、まるでパワードスーツみたいに肉体能力を向上させるものだった。
この世界では、それが一般的な強化魔術なのだ。
なので普通ではあるんだけど。
魔力浸透は、そうした着るような強化魔法とは異なる術だ。
魔力浸透は訓練すれば強度をコントロールできるし、持続性も増して長時間の稼働も可能になる。
こちらの世界では、コントロール不可、数分で限界の、一発芸のような技として軽視されていたようだけど……。
まあ、実際のところは、ある意味、その通りで……。
私やリト、ゼノといった精霊の手ほどき、または魔道具がないと、なかなか実用の域には達しない技なんだけども……。
私は最初の一歩として、サクナに強化魔法をかけてあげた。
今までの経験でハッキリしているけど、私の強化魔法を受けることが肉体への魔力浸透を理解する早道だ。
エルフは人間よりも魔力適正が高い。
サクナはすぐに、これがそうなのかと理解することができたようだ。
あとは根気よく訓練していけば、やがて習得できるはずだ。
まあ、もっとも――。
魔術禁止の戦いで、使っていいのかまで私は知らない。
それも駄目!
と、言われる可能性はある。
現状ではお姉さまたちが普通に使っているし、肉体を賦活させる技術という認識でいいとは思うけど。
ともかく。
サクナは、ギザに対抗する術を得て、大いに喜んだ。
私も大いに感謝された。
その後で、神妙な態度で質問された。
「マイヤ――。
いや、マイヤ様は、一体、何者なのですか?
その魔力――。
明らかにエルフである私よりも巨大で――。
清らかで美しい――。
まるで、この聖なる泉そのものであるかのように――。
マイヤ様は、異国の姫君であり、人間だとアヤからは聞きましたが――。
実は、ハイエルフの方なのでしょうか?
申し訳ないのですが――。
私は、帝都育ち故、同族のことには詳しくなく――。
だとすれば、今までのご無礼、どうかお許し下さい」
「あー、うん。ホントに違うからご無礼とかはないよー。気にしないでー」
あははー。
私が適当に笑ってやり過ごそうとしていると――。
精霊界へと続いた泉の水面が輝いた。
つたない声が聞こえる。
――ヒメサマ。
ヒメサマノコエ、スル――。
――イク?
――イク。
ヒメサマ、アウ――。
あー!
私の気配を感じて、精霊ちゃんたちが出てきてしまったぁぁぁ!
青と緑、水と風の小さな玉くんたちだ。
ヒメサマ、ヒメサマ。
と、私のまわりを楽しそうにくるくる回り始める。
「こ、これは――!
まさか――。
でも、この気配は――。
この息吹は――。
私にもわかる――。
精霊様が……この世界に現れた……!?」
ひっくり返ったサクナが驚きのあまりつぶやくと――。
コンニチハ――。
カゼノコ――。
精霊ちゃんたちが言葉を返してしまった。
「精霊様……。姫様……?」
サクナが私に目を向けた。
ヒメサマ――。
ヒメサマ――。
青と緑の精霊ちゃんたちが私のまわりで踊っている。
次の瞬間……。
「は、ははーっ!」
何を思ったのか、サクナは勢いよく平伏した。
うん。
「昏睡」
さすがに精霊ちゃんたちは、マズイ。
サクナのことはまだよく知らないし、すべてを話すつもりはない。
大事にされたら本気で困る。
なのでもう、これしかない!
作戦、D!
すべては、夢だったのさ!
精霊ちゃんたちには帰ってもらって――。
ごめんねー。
今日はちょーっと忙しいから、また今度、遊びに行くねー!
私はサクナを担ぎ、帝都の――。
どこにしようか――。
どこか昼寝していても問題なさげな場所――。
中央広場のベンチでいいや!
に、飛んで戻った。
あとは、あれだ。
私も一緒に寝ていたことにして――。
起きて、起こす。
夢でも見てたのー?
すべてはね、夢だったんだよー?
あははー!
うん。
はい。
なんとかギリギリでごまかすことはできましたっ!
なにしろ木漏れ日が綺麗です。
木漏れ日の中に精霊を感じたとしても、何も不思議はないのです!
ただサクナには、白昼夢をよく思い出して、頑張って肉体への魔力浸透を身に着けてほしいものだ。
「じゃあ、私はこれでっ! またねっ!」
よし、退散!
なんかうしろで拝まれている気もするけど……。
気にしないでおこうっ!




